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マヤにしてっ!  作者: 白沢 雄
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マヤになる! 2

 始まりは、夏休みの初めにまで遡る。

 何の趣味を持たずに勉学だけに励んで早宮女子のA組に入ったわたしは、入学してからも更に勉強をし続けた。

 夏休みに重い荷物を背負って都庁前公園に来たのも、そこからゼミが用意したバスに乗って合宿に行くからだった。

 この合宿には、A組のクラスメートが他にも何人か参加していたが、わたし達は軽い挨拶をした程度で、すぐにみんな自分の席について参考書や教科書を広げ出した。

 一学期の試験の成績は、中間も期末もわたしは学年五位だった。首位も夢ではないわたしに、両親の期待も大きかった。この合宿の費用も決して安いものではないので、わたしは何としても結果を出したかった。

「このバスは、路線バスじゃないよ!」

 運転手が、何か言い争っていた。どうやら、部外者がバスを間違えて乗ったようだ。レンタルしたバスと乗り合いバスを間違える人なんて珍しいとは思ったけど、わたしは問題集から目を離さなかった。

「なによこれ、ブクロにもジュクハラにも行かないの? つまんないわね」

 聞き覚えのある声に反応して問題集から目を移すと、そこに立っていたのはクラスメートだった。

「ぎ、銀墨さん?」

 彼女こそ、全科目満点の成績を誇る銀墨マヤだった。成績よりも奇行の方で学園の有名人だった彼女に、同じ学校の生徒達は皆まゆをひそめていた。

 背中まである黒髪に赤いフレームの眼鏡をかけた彼女は、白地に藤色の襟とラインが入ったワンピースを着ていた。肩から緑のポーチをぶら下げている姿は、ほぼ全員がそれぞれの高校の制服を着ている車内では、とても目立つというか浮いていた。

「このバスはこれから野木口に行くんだから、さっさと下りろ!」

「野木口って、野木口高原? あそこってUFOで有名な所じゃないの。楽しそうね」

「UFOなんて知るか!」

「あそこにはUFOしか見る物がないのに、何しに行くのよ? 本当につまんないわね」

 そう言いながら車内を見回したマヤと、わたしは一瞬だけ目が合った。それは、マヤがつまんないわねと言った、丁度その時だった。

 口調は陽気だったのに、その視線はとても冷めていて、わたしの心臓がその時一回だけ鼓動が全身を振るわせる程に強く爆発するように震えた。

 結局、マヤはゼミの先生達に腕をつかまれてバスから追い出された。

 わたしの周囲では、夏休みにまで彼女を見たくなかったとか、どうしてあんなのがトップなんだろうとかいったクラスメート達のグチが聞こえてきたが、それもバスが発車する頃には何事も無かったかのように静かになっていた。

 わたしも周囲に習って、黙って問題集を開いた。

 だけど、わたしの気持ちは問題には全く向けられていなかった。

『つまんないわね』

 二度も言ったマヤの言葉が、わたしの心にずっと引っ掛かっていたのだ。

 そんな訳は無いのに、まるでその言葉はわたしに向かって言われたような気がしたのだ。

 確かに、彼女から見たら夏休みだというのに灰色のセーラー服を着て勉強の為に遠出をするわたしなんてつまらない人間だろう。

 わたしの三つ編みは、ほどいてストレートにすれば彼女と大差ない長さだったが、時間をかけて手入れされたのが一目で判るあの艶のある長髪とは比べ物にならない。

 私服だって家にはあるが、全部母親から買い与えられた物で、自分で選んで買った事なんて無かった。

 自分と彼女を比べると、どんどん憂欝な気分になって行き、しまいには自分の黒縁メガネまでもが劣等感を生む原因になっていた。

 どうして、自分と彼女はこんなに違うのだろう? 学校では、振り向けばそこに座っているのが見える程に近い位置にいるというのに。

 マヤは、入学してから今までも、ずっとつまんないと思っていたのだろうか? それが、彼女にとっては口にするまでも無い当たり前の事実として。

 彼女の言葉なんて、聞かなければ良かった。そうすれば、自分がつまんない存在だという事実に、気付かないでいられたのに。


               *


 鉄筋コンクリートで作られた、まるで公立学校の校舎のように地味なホテルが、ゼミの合宿所だった。

 十人程度が寝泊りする大部屋のベッドは、鉄パイプで出来たとても硬いベッドで、寝心地は最悪だった。

 それでも、なんとか心を落ち着けて眠りに付いたわたしが見たのは、奇妙な夢だった。


               *


 わたしが立っていたのは、石造りの祭壇だった。灰色の舞台に立っているわたしの前には広場があり、質素だが個性のある服装をした何万もの人々が整然と並んでいた。

 周囲にある無数のかがり火で、状況はある程度判った。

 ここは、屋根付きの野球場や競技場を石で作ったような、巨大な建物の中だった。もっとも、客席に当たる壁際には、半裸の人間や様々な動物のレリーフを刻んだ塀しかないからスポーツを見る所ではないようだったが。

 星天図らしき幾何学模様が描かれた屋根がある事を除けば、歴史の教科書にあったエジプトだかインカだかの祭事を描いた挿絵に似ているなと思っていると、誰かがわたしの手を握った。

 この時に自分の腕を見るまで、わたしは気付かなかった。自分が着ている服は、目の前の人々と違った派手なものだという事を。

 わたしと、わたしの手を持っている目の前の少女は、紅白の幾何学模様が刺繍されたローブのようなゆったりとした上着を羽織っていたのだ。

 鏡が近くにないのをもどかしく思いながら確認すると、服だけではなく髪型も三編みではなく長髪をバレッタか何かでまとめたみたいになっていて、メガネもかけていなかったのに遠くまでぼやけずに見渡せていた。

 目の前に居るいる少女は、恐らくショートボブと思われる後頭部しか見えなかったが、何故かよく知っている人のような気がした。

 少女に手を引かれて舞台の前方に進むと、大勢の人々が両手を上げながら大声で叫んだ。

 何が起きているのかさっぱりわからないわたしが怯えていると、目の前の少女はこちらに振り返って微笑んだ。

 髪型は違うしメガネもしていなかったが、その少女の顔はマヤだった。


               *


 あまりにも寝心地と夢見が悪かったせいか、まだ薄暗いうちに目が覚めてしまった。

「どうして、わたしの夢にマヤが出てくるのよ?」

 夢の内容を思い出したわたしは、非現実的な光景まで歴史の教科書に例えてしまった事で軽い自己嫌悪におちいってしまった。本当にわたしは、つまらない人間だ。

 ぼうっとした頭でベッドから起き上がると、カーテンの隙間から何かが光るのが目に入った。日の出とは逆方向だし、時間もまだ早い。

「そういえば、UFOで有名だとか言っていたわね」

 勿論、光の正体はUFOではない。UFOを一目だけでも見たい観光客達が、虚空に向けてライトアップしてUFOを呼んでいるのだ。

 窓辺に寄ってカーテンを開けると、山地には似合わない灯台のような施設が輝いていて、UFOで町おこしをするシンボルとして建っていた。

 その灯台の周囲では、観光客達が持ち寄った懐中電灯やペンライトが地上を彩っていた。

 中には、キャンプファイヤーまでしている人達が居た。周囲にテントやキャンピングカーが見えるので、キャンプ場なのだろう。

「ん?」

 いや、キャンプファイヤーをしていたのは、一人だった。他の人達は、炎の明かりに便乗しようと集まっているだけだった。

 キャンプファイヤーに照らされた姿は、あんな遠いのに何故か見当がついた。

「ど、どうして彼女がいるのよ?」

 銀墨マヤが、炎の前で踊っているのだ。

 昨日と同じ格好をしているという事は、家には帰っていないという事だろうか?

 つまり、無性にUFOが見たくなった彼女は、バスを降りた後に即断してここまで来たのだ。そして、灯台の近所にあるキャンプ場で一人で丸太を集めて井桁を積み上げたのだ。結構大きい炎なので、管理者の許可もちゃんと取ったのだろう。

「これって、行動力があるっていうのかしらね」

 自分には絶対に真似が出来ない事だ。

「え?」

 わたしは、自身の内から湧き上がった気持ちに困惑した。

 真似? 真似したいの? キャンプファイヤーを。

 いや、そんな事じゃない。わたしが真似したいと思ったのは、マヤそのものだ。何事にも束縛されない、彼女の自由な心情が羨ましかったのだ。

 わたしがマヤみたいに生きられるなら、すぐにでもここを飛び出してキャンプ場まで走り出しただろう。しかし、そんな事はわたしには無理だった。

 どんなに羨ましくても、わたしはここからマヤを眺め続ける事しか出来ないのだ。こことキャンプ場はほぼ同じ高さにあるというのに、今のわたしは高嶺に咲く花を見上げているような気分だった。

 その振り付けは、一体どこで習ったのか。それとも創作なのか。マヤのダンスは、炎に照らされる姿が良く似合う激しくて可憐だった。

 そのマヤの舞いが、突然終った。踊りをやめたマヤは、こっちに向かって手を振り出した。

「まさか、わたしに気付いてるの?」

 いや、そうでは無かった。他の観光客も次々に空を見上げているという事は、UFOが出現したに違いなかった。

 それが、ほんとうにUFOなのか、飛行機か何かの見間違いなのかは、わたしには確認出来ない。マヤがこっちに向かって手を振っているという事は、UFOが出たのはこのホテルの真上なのだから、わたしからは見えないのだ。

 それでもわたしは、ずっとマヤを見続けていた。手を振っているマヤが、まるでわたしに向かって一緒に踊ろうと誘っているかのように見えたからだ。

 わたしは、あそこには行けない。それでもわたしはそんなマヤを見られただけでも、何故か嬉しくなった。

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