マヤと行く! 4
気が付くと、わたし達は仰向けに寝転んで青空を見ていた。視界の中に旧校舎が入っていなければ、屋上で見た景色そのままの青空に思えただろう。
ここは、校舎の下にあるアスファルトだった。
「和美、聞こえてるぅ?」
隣で寝転んでいるマヤが、話しかけてきた。
「あれ?」
わたし達は、生きていた。体中が痛いから、地面に確かに激突したのだろう。その時の記憶は、なかったけど。
マヤがヨロヨロと力なく立ち上がるのを見て、わたしも立ち上がった。不思議なことに、立ち上がれない程の大きい怪我はしていなかった。
「どうやら、助かったみたいね」
「え、ええ」
助かったのは嬉しいんだけど、今のわたし達の状態は、マヤの水を操る力では説明がつかない。ただ、学校程度の高さの場合、落ちても助かる事も珍しくは無い。上手に受身を取れば、立って歩ける確率もかなり低いが無いわけではない。
目をつぶったのは、まずかった。まさか、自分でも何故助かったのか判らないとは。
「ねえ、マヤは何が起きたのかは、見てないの?」
「それが、あたしも肝心なときに目をつぶっていたから、判んないの」
手ですみませんのジェスチャーをしながら微笑んでいるマヤは、何か可愛かった。
「そうだ! 早く行きましょう!」
わたしの後ろに回ったマヤが、背中を押してせかした。確かに、わたし達が屋上から落ちたのは、新校舎や校庭からまる見えの筈だった。もしかしたら、心中しているように見えたかもしれない。
まだ誰もここに来ていないのが不思議なくらいだ。いや、不思議なんてものではない。明らかに変だ。
「そうね、早く学校から出ないと」
わたしがそう応えると、マヤがビックリした顔になった。
「ええっ? 体育館に行くに決まってるでしょっ?」
何とマヤは、まだ屋根に登るつもりだった。
一体どう言えばマヤが諦めるのかを考えていると、背後から声を掛けられた。
「いつまでこんな所にいるのよ!?」
わたしが振り返ると、そこには平岩部長が腕組をして立っていた。ここに来たのは偶然なわけはなく、わたし達に用があるのは明らかだった。
「あなた達は、ここでグズグズしていないで、早く学校から立ち去りなさい!」
校門の方を指して、部長がせかした。
「あたしは、嫌よ。体育館に行かなきゃいけないんだから」
マヤは、やっぱり体育館を諦める気にはならないようだ。
「今は行っちゃ駄目。体育館では緊急全校集会をしている所だから。私だって、あそこから抜け出すのは大変だったのよ」
どうも生徒達を見かけないと思ったら、そういう事だったのだ。そうすると、エフェメラさんみたいに目立っている人は、体育館からは絶対に出られないだろう。もしかすると、さっきの件で彼女まで叱られているかもしれない。いずれは、エフェメラさんにも謝らないと。
「体育館は逃げないんだから、また今度行きましょ」
そう言ってわたしは、マヤの右手を両手で持って引いた。二人の腕力には格段の差があったのだが、マヤはわたしに引っ張られてくれた。
「しょうがないわね。体育館はまた今度にするわ」
わたし達は、部長にお礼を言って学校を後にした。
この時、色々と感じた疑問点を、わたしは全部後回しにしてしまった。その事が、マヤの立場を益々悪くする事に思い至るべきだったのに。
*
学校を抜け出したわたし達だったが、これからどうすべきかなんて全く考えていなかった。マヤの提案で、コンビニに行ってお金をマヤのカードで引き落とせるのを確認したから、慌てて何かをする必要も今は無かった。
今は、弁当を学校に置きっ放しにしたわたしの為にマヤがおごってくれたオニギリとウーロン茶を、公園の東屋でくつろぎながらいただいている所だった。ケータイの電源は切ってあるので、二人の時間は誰にも邪魔されない。
ただ、マヤがお金を下ろした時に一つ気になる事があった。カードに刻印されている名前が、何となく長い気がしたのだ。見たのは一瞬だったし小さいローマ字だったので詳しくは読めなかったが、本当にマヤのカードだったのか気になってしまった。大抵の質問は宇宙人とエピクリマ大陸で説明してしまうマヤだったけど、カードまではそのせいにはしないだろう。
オニギリを平らげた後に、わたしはマヤにその事を聞いてみた。
「このカード? 面倒だから、お父さんの名前のままなの」
そう言ってマヤが出したカードには、たしかに男の名前が刻まれていた。
「父さんのカードを使って、大丈夫なの?」
マヤの言葉にある違和感が気になって、よせばいいのに更に聞いてしまった。
「大丈夫だと思うよ。お父さん、死んじゃっているし」
もっと早く気が付くべきだったと、後悔した。しかも、父親のカードを娘がそのまま使っているという事は、母親もいないのだと判ってしまった。
何と言ったらいいのか判らずに口ごもっているわたしに、マヤが猫がじゃれるように擦り寄ってきた。
「そんなに難しく考えなくて、いいの。あたしは、今のままでも充分に満足しているんだから。それに、あたし達は、折角友達になったんだから、もっとお互いの事を知った方がいいって思うの」
マヤが本心からそう言っているのは、わたしにも判った。ほんの愛想笑い程度だったけど、マヤの笑顔に感化されて、わたしも口元がほころんだ。
それから、わたし達はお互いについて中学の頃とか家族についてとかを夕方まで語り合った。そういえば、入学時のクラスメートとのの自己紹介では、マヤは先生に連れ出されていたのでその場にいなかったのを思い出した。
わたしが知ったのは、マヤが中二の時に男手一つで自分を育ててくれた父親が殺されたという事だった。そして、その犯人は既に死んでいるらしい。
思えば、キャンバスを破られた直後のミツル先生は、妙にマヤに過剰に親身になっていた。担任の立場として、相談する家族がいないマヤの境遇を知らされていたのだろう。
わたしの方はと言えば、母親は専業主婦で父親は商社の営業マンという、特に珍しくも無い普通の一人っ子だった。もっとも、マヤにとっての普通が明らかにわたしと異なるので、商社でどんな仕事をしているのかまで話す事になったけど。
マヤがFRマガジンを読むようになったのは去年の夏で、自分に特別な力があるのを知った事が切っ掛けだった。その力の意味を知りたくて超能力関係の本を読んでいたら、エピクリマ大陸と宇宙人の伝説を知ったのだ。マヤは、自分こそが大陸の双子の巫女の片割れで、もう一人を捜して来るべき宇宙人の再来に備える使命がある事を悟ったらしい。
夏休みでも受験勉強しかしていないわたしの中学時代とは、天地の開きがあった。
受験勉強といえば、マヤは特に何の勉強もしなくてもテストの答えが判るらしい。恐らく、エピクリマ大陸が沈んでから今までの間に何度も転生していたので、今までに生まれ変わった人達の知識が頭の中で眠っているらしい。確かに、エフェメラさんの母国語をマヤは何の学習もしていないのに話せていた。
マヤとわたしが互いの過去を語り終えた頃には、もう夕方になっていた。警察がわたし達を捜しているなら、とっくに見つかっていてもおかしくない頃だ。もしかすると、家にも堂々と帰っていいかもしれない。しかし、警官が家に張り込んでいる可能性もゼロではない。
どうしようか考えていると、マヤがベンチから立ち上がりながらわたしの手を引っ張った。
「そろそろ行きましょう、和美」
「行くって、どこへ?」
「決まってるじゃないの?」
マヤの屈託の無い笑顔を見ながら、わたしは考えた。マヤにとって当然の事といったらそれは宇宙人だ。最後にマヤが宇宙人の話をしたのは……。
「ヒューマンミューテレーション!」
「その通り! さあ、宇宙人を捜しに行くわよ」
それはつまり、殺人犯を捜すという事だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何の準備も無しで宇宙人に会うのは危険よ。こないだだって、カッターナイフで襲われたばかりじゃないの」
マヤに宇宙人を諦めさせる事は、初めから諦めてた。それでもわたしは、少しでもマヤを危険から遠ざけるための説得を試みた。
「うん、和美の言う事にも一理あるわね。よし、準備をしてから行きましょう」
どうやらマヤは、判ってくれたみたいなので、わたしはほっとした。




