マヤと行く! 3
気がつくと、わたし達は旧校舎の屋上にいた。刑事達をまいたマヤとわたしは、ようやく一休み出来た。今は二人で、屋上の床に仰向けで寝転んで青空を眺めている所だ。わたしから見てマヤの位置は、脇腹の隣に頭が来ている。位置関係としては、二人はイの字みたいな形になっていた。
息切れしそうなわたしに比べて、マヤは今回も息をあまり乱していなかった。
勿論、こんな所にいたっていつかは見つかってしまうだろう。それでもマヤは、何の心配もしていないかのように笑っていたし、わたしもマヤが笑っていられるなら別に構わないと思った。
そんなマヤとは対照的に、わたしの心は沈んでいた。わたしには、どうしてもマヤに謝らなければいけない事があったのだ。
どうしてマヤに殺人の疑いがかけられたのか、正直に言わなければいけなかった。それで、もしマヤがわたしの事を嫌いになったらどうしようかと、とても不安だった。だけど、いつまでも隠しておけない事なのも承知している。
わたしは、意を決してマヤに全てを打ち明ける事にした。
「御免なさい、マヤ」
「ん、何が?」
マヤと目を合わせるのが恐くて、わたしは仰向けに青空を見上げたままでマヤに経緯を語った。
「あのイヤリング、マヤがデパートのゴミ箱に捨てたのを、わたしが勝手に持ち帰ってつけていたの」
「なんだ、そんな事か。別にいいわよ、あたしは要らないから捨てたんだし、かずみが欲しかったんなら、それで構わないわ」
イヤリングだけの事だと思ったから、マヤも簡単に許してくれたのだろう。でも、話すべき事は、これだけではない。
「でも、わたしがマヤの格好をしたがったったら、こんな事にはなったのよ」
「あたしの格好?」
「そうよ。わたしはね、マヤそっくりの洋服を着てマヤと同じイヤリングをつけるのが趣味なの。そういう事が大好きなのよ。だからわたし、町でマヤを見かけると、こっそり後をつけてマヤがどんなファッションをしているか観察していたのよ」
言ってしまった。わたしの秘密の趣味を包み隠さずに告白したのだ。マヤはわたしの事を嫌いになったり、気味悪がったりするかもしれない。マヤがわたしをどう思っているのか、とても不安だった。
「いいんじゃない。和美がそうしたいなら、好きにやればいいわよ」
マヤの言葉に、わたしは救われた気分になった。
「でもね、和美」
ところがマヤが更に言葉を続けたので、わたしは一瞬ドキリとした。何をマヤは言うつもりなのだろう?
「和美があたしの真似をして髪を切ったりするつもりなら、それはやめてね。和美の三つ編みがなくなるのは、あたしは寂しいから」
自分の髪はあっさりと切ったのに、マヤはわたしの髪を心配してくれていた。そんなマヤの言葉は、わたしの胸を暖かくしてくれる。
「ねえ、和美」
マヤが上半身だけ起き上がり、床に片手を突きながらこちらの方を振り向いた。その表情は、笑顔ではあったのだが楽しげだったさっきまでのと違い、炎天下にいる事を忘れさせてしまう程に涼しげだった。
マヤが何か言いたそうに見えたので、わたしも手を突いて上半身を起こした。
爽やかな笑顔をしたマヤの口元が微動して、これもまたガラスの風鈴のように涼しい音色の声を発した。
「和美は友達っていうのは、どんな人を言うのか知ってる?」
「え?」
即答しずらい質問に困っていると、マヤがわたしの目をじっと見ながら囁いた。
「友達っていうのはね、そばにいるだけで高潔な気持ちにさせてくれる。そんな人間を言うのよ」
その言葉を聞いて、わたしはマヤのこれまでの行いを思い出した。確かにマヤには奇行が目立つし、人の迷惑を考えなかったり図々しい所もある。しかし、その一方で黒い手に襲われた時は真っ先にわたしをかばい、傘を振り回して立ち向かった。しかも、悪いのは宇宙人だと言って、滝畑さんを怒らなかった。
彼女はわたし達とは価値観が異なるけど、その生き方はまっすぐで自分に対してウソが全く無い。その事に思い至った時、わたしはどうしてマヤのコスプレをしたがったのかを初めて自覚した。
そうだ、マヤはわたしを高潔な気持ちにさせてくれる人だったんだ。
それに比べて、わたしはどうだろう。自分より高い所にいるマヤを見て、羨ましがることしか出来ない。自分の思いを表現する唯一の手段だったコスプレでさえも、彼女に迷惑をかけただけだった。
そんな自分の最低な所を思い知って気が重くなったわたしに、マヤが右手を差し出した。
「校長室での和美は、とても素敵だったわ。あたしを助けたいという本気が、あたしの心を揺さぶったの。そしてあなたは、自分の隠れた趣味をあたしに打ち明けた。それはとってもつらい事だったのに、あなたはやりとげた。きっとあたし達は、素敵な友達になれるわ」
友達になれると、マヤが言った。その言葉は、わたしの救いになった。
「わたしも……わたしだって、マヤの友達になりたい!」
わたしは右手を伸ばして、マヤの右手を掴んだ。
「うん、あたし達は、もう友達よ」
互いの手を握り合いながら、わたし達は立ち上がった。
「マヤ、大好き」
「あたしもよ、和美」
マヤは、高架水槽のある塔屋を左手で指差した。
「あそこに、登りましょう」
一体何をマヤは考えているのか判らなかったが、わたしはマヤを信じて疑わなかった。マヤに続いて、わたしは搭屋の脇にあるはしごを上った。
塔屋に上がって水槽の脇を回ると、そこからは体育館の屋上が見えた。どうやらここは、美術部の真上という事らしい。
屋上を見下ろしながら、マヤが話しかけた。
「ねえ、あたしたちはきっと、エピクリマ大陸の双子の巫女の生まれ変わりなのよ」
警察に追われているかも知れない状況など全く気にしていないマヤが、いつかの話の続きを始めた。
わたしだって、もし本当にそうならどんなに素晴らしい事だろうと、信じたかった。それに、前に見た夢の事もある。だから、わたしもマヤの言葉を否定しなかった。
「きっとそうよ。だからわたしも、あの祭壇の夢を見たんだと思う」
マヤは、今度は体育館を指差した。
「一度、あそこに行ってみたいと思ったの。これから一緒に行ってみない?」
わざわざここまで登ったのに、これから一回まで戻るのかと思ったが、マヤの好きなようにすればいいと思って、わたしは首を縦に振った。
「ええ、行きましょう。でも、まだわたし達を捜している人がいるから、気をつけないと」
「それなら大丈夫よ」
そういうとマヤは、あろう事かそのまま前に一歩を踏み出そうとした。慌ててわたしは、マヤの手を引き戻した。バランスを崩したマヤは、その場で尻餅をついた。
「痛つつつ」
「早まっちゃ駄目ーっ!」
わたしに怒鳴られたマヤは、立ち上がりながら首をかしげた。
「早まるって、何を?」
「だってマヤ、今そこから飛び降りようとしたでしょ!?」
地面を見下ろしながら指すと、マヤはわたしの腕を掴んで少し上にズラした。マヤに修正された指先は、体育館の屋根に向けられていた。
「何言ってんのよ、あそこに行くって言ったでしょ。下から屋根に上る方法は無いんだから、他にどうやって行くのよ」
ようやく、わたしにもマヤの意図が理解出来た。マヤは、ここから体育館まで直接行くつもりなのだ。
「ええっ? そんな事が……」
途中まで言いかけて、マヤが超能力が使える事をわたしは思い出した。
「何だ、空を飛べるんなら最初から言ってよ」
「空を飛ぶ? 誰が?」
「え?」
マヤの返事に、わたしは呆けた。もしかして、何も考えてなかっただけなの?
「だ、だって、ここからあそこまで行くのよっ。空が飛べないなら、どうやって行くっていうのよっ?」
「歩いて」
マヤの答えは、とても簡単だったが無茶苦茶だった。
「そんなの、出来るわけないでしょ!」
「出来るわよ。和美と一緒だから」
「ええっ?」
明らかに根拠の無いことを言いながら、マヤはわたしの右手を左手で握った。
「あたしはね、和美と一緒ならこの程度の事なら簡単に出来るって、信じてる。和美は、あたしの事を信じてないの?」
真正面から刺すような視線で見つめられていたら、わたしの心にも自身が満ちてきた。わたしも、マヤとだったら何でも出来そうな気がしてきた。
「わたしも、マヤを信じてるわ」
マヤに掴まれている手を、わたしは固く握り返した。
「行きましょう、マヤ」
「ええ、和美」
わたし達の目の前には、空が広がっているだけだった。それなのに、不思議と恐怖は感じられなかった。ただ、マヤの暖かい手の感触だけが、いまのわたしの全てだった。
わたし達は、手を取り合って空中へと足を踏み出した。それは、とても自身に満ちた足取りだった。ちゃんと、何かを踏む事さえ出来れぱ。
わたしが全身で感じたのは、一瞬の浮遊感とそれに続く落下する感触だった。
隣のマヤを見ると、何か照れ笑いをしていた。やっぱり、出来もしない事を出来ると信じても、出来ないに決まっていたのね。そんなマヤの心が、手に取るように感じられた。
そうか、無理だったのね。
もうすぐ地面に激突するというのに、わたしは落ち着いていた。それはきっと、マヤの友達になれたというのが、わたしにとって大きな喜びだろう。マヤと信じあえたのなら、どんな結果になろうとわたしはそれを受け入れるつもりだ。
目をつぶると、マヤと出会ってから今までの出来事が、走馬灯のように浮かんで消えた。
*
そこは、いつもの祭壇のある舞台だった。前回は舞台の下にいる人々がいなくなっていたが、今度は屋根が消えていた。別に開閉式の屋根というわけではない。破壊されたのだ。
天上に開いた大きい穴から見える外の景色は、黒い空が広がっていた。穴の縁からは、崩れ落ちた石の粉がパラパラと降っていた。人々で埋め尽くされていた広場には、今は大小様々な瓦礫が散りばめられていた。
マヤに似た少女が、わたしの前で震えてた。今までわたしを導いてくれていた少女が、わたしの前で怯えた顔をしていたのだ。
そんな彼女を、わたしが両肩を掴んで引き寄せた。そのままわたしに抱きしめられた少女は、両腕を広げて抱きしめ返してきた。
まるで、この世の終わりが迫っているようだった。今のわたし達に出来る事といえば、互いの温もりを求め合って恐怖に耐える事だけだった。
もしここが本当にエピクリマ大陸だと言うなら、いつかは海の藻屑になる運命だった。それが今だというのだろうか。




