マヤになる! 15
滝畑さんの告白は、それで全てだった。弁当も、丁度食べ終わった頃合だった。
わたしを襲った理由を聞いた時には、彼女の前で無神経にサンドイッチを平らげていたわたしの方が、何か気まずくなってしまった。
「黒くなれ、か。殺せとか壊せといったあからさまな言葉でない分、罪悪感が薄くなる点が、余計にたちが悪いな」
エフェメラさんは、黒幕の狡猾さを思って不快な顔をした。
謎の声とか、カッターは誰が落としたのかとか、判らないことが更に増えてしまった。
新しい謎といえば、エフェメラさんの跳躍力も気になったが、その力に助けられた事もあってわたしは聞けなかった。マヤもその事については特に気にしていないらしくて、エフェメラさんに尋ねなかった。
しかし一人だけ、やたら喜んでいる人がいた。言うまでも無く、マヤだ。
「凄いわあなた。それって、宇宙人の命令電波よ!」
そう言って、マヤは滝畑さんの手を握った。
「宇宙人の本を見れた人は何人もいるけど、電波まで聞けたなんて、あなたが初めてよ。あたしも聞いてないっていうのに」
そういえば、わたしはマヤとは直接手を触れた事が無かった。一瞬、わたしの中で何かが沸き起こるのを感じて、慌てて首を振った。
思えば、マヤとエフェメラさんが互いを呼び捨てにしているのを見た時も、わたしはそんな気持ちになっていた。
なんとなく、滝畑さんの気持ちが判ってしまった。もしかしたら、危うくわたしもエフェメラさんを傷つけそうになっていたのかもしれない。そう思うと、どうしても彼女を憎めなくなってしまう。
「ねえ、マヤ。滝畑さんの事は、許してあげて」
出来るだけ自然な感じを装って、わたしは滝畑さんの手を握っているマヤの手にわたしの手を覆い被せた。
わたしの頼みを聞いて、マヤが首をかしげた。
「許すって、何を? 悪いのは、彼女を命令電波で操った宇宙人でしょ?」
マヤの価値観では、滝畑さんは悪くないそうだ。でも、宇宙人のせいにして事件を解決させるのも、悪くは無い。
「ええ、そうね。悪いのは宇宙人という事にして、禍根は断ちましょう。エフェメラさんも、それでいいですか?」
わたしに促され、エフェメラさんも腕組しながらうなずいた。
「しかし、この髪はどうするんだ?」
「もう、エフェメラって、どうしてそんなに髪にこだわるの?」
いや、マヤがこだわらなすぎるのだ。
「いいから、よく見てなさい!」
マヤが、床に落ちていたカッターナイフを拾い上げると、残っていた長髪を握って持ち上げた。何をするつもりなのか悟ったわたしは、思わず叫んだ。
「ダメーッ!」
しかしマヤは、カッターを持つ手を止めなかった。何の迷いも無くマヤは、残った長髪も全部バッサリと切り捨ててしまったのだ。
わたしの好きだった緑の黒髪が、今はマヤの手の中にあった。そんな衝撃的な光景にわたしが呆然としているのに、マヤは涼しい顔をしていた。
「ほら、あたしにとってはこんなものなのよ。だから、気にしなくていいわよ」
マヤがそう言って微笑むと、滝畑さんはボロボロと涙を流して床にへたりこんだ。
「あたしは怒ってないって言っているのに、どうしてこいつは泣いているの?」
マヤには、自分の方が変だという認識は、全く無かった。あの髪の毛が毎日入念に手入れされていたことは、黒髪なのに銀糸のように輝く一本一本を見れば誰の目にも明らかだというのに。
わたしもエフェメラさんも、何か言う度にマヤがとんでもない事をするんじゃないかし心配で、何も言えなかった。
エフェメラさんは、ハンカチを取り出して滝畑さんの涙をぬぐった。
「襲われた二人が許すと言うのなら、それでいいだろう。しかし、一つだけ滝畑さんにはすべき事がある。それを聞かなければ、私は納得できない」
エフェメラさんの言いたい事は、滝畑さんにも伝わったみたいだ。滝畑さんは、わたし達に頭を下げた。
「ご、御免なさい。私のせいで、キャンバスを破られたりカッターで切り付けられたりしてしまって。その上、銀墨さんの髪の毛まで切ってしまって。本当に御免なさい」
ちゃんと謝った滝畑さんを見て、エフェメラさんも納得してくれた。
宇宙人の仕業だと思っているマヤは、壊した物も別に弁償しなくていいと言ってくれた。
こうして、キャンバスが破られた件だけは解決した。全て宇宙人のせいにしているマヤだけは、何一つ謎だと思っていないようだったが。
しかも、一番大きな問題が残っていた。
とっくに昼休みは終って、五時間目が始まっていたのだ。
*
五時間目に四人揃って遅刻した事を、わたし達は先生に謝って席に着いた。
もっとも、クラスメート達はマヤを見てずっとざわめいていた。昼休み前まで長髪だったのが、いきなりショートヘアーになったのだから当然だ。
マヤが手で束ねて切り落としただけの髪型は流石に不恰好むだったので、エフェメラさんがカッターナイフのみを使って綺麗に散髪してくれたのだ。
ショートヘアーになったマヤを見て、わたしは何となく夢に出て来たマヤに似た少女を思い出した。やっぱり、夢の少女はマヤと何か関係あるのだろうか?
エフェメラさんは先生に何があったのかを聞かれても、ちょっとノンビリしすぎただけだとしか答えなかった。真面目な彼女の言葉なので、先生はそれで納得したみたいだった。
明らかに不自然なメンバーだったので、クラスメート達の中には昨日の事件と関係があると思っている人もいるみたいだ。まあ、本当にそうなんだけど。
どうせ黒い手が伸びてキャンバスを破ったなんて、誰に言っても信じないだろうし。数日黙っていれば、遅刻の一回や二回はみんな忘れてくれるだろう。
放課後になり、わたしとマヤはエフェメラさんの席に集まっていた。
「これを見てくれないか」
タブレットPCを取り出したエフェメラさんは、マヤが写っている画面を表示した。あの、部室の窓に奇妙な光景が映っていた時の画像だ。
「偏光レンズというのを知っているか。水面下の物体を、水面の反射に惑わされずに見られるレンズで、釣り人がメガネにして使う事もある。自然の世界では、水鳥のミサゴの目にも同じ機能があって魚を捕まえるのに役立てている。条件さえ揃えば、ごく稀だが人間の目でも備わる可能性のある能力だ。実際に百年以上昔には、海面の下の落し物を難なく見つけた女性がいる」
そう言いながらタブレットPCをエフェメラさんがいじっていると、画面のマヤの背後にある窓に何かが浮かんできた。
「映像をカメラのレンズも感知していたが、表示するには画像を加工する必要がある」
ぼんやりとしているが、船らしいものが浮かんできた。これが、エフェメラさんの見たものなのだろうか。
「どんなに画像を加工しても、これが限界か。二人の目にも、偏光機能はないし」
「あ。あたしは水面の下が見えるわよ」
本当に、マヤはそんな事が出来るのか。だけど、わたしは普通の人間だ。
「私は、わけあって偏光するコンタクトレンズを使っている。それでも、偏光レンズだけでは説明は出来ないのは同じだ。何の手がかりもないよりは、ましだがな」
エフェメラさんがタブレットPCをしまうと、わたし達は今日も美術部室に足を向けた。
マヤのように図太くないわたしは、結局部長から渡された入部届けにサインしてしまった。その隣でマヤは、絵画展の出品届けにサインしていた。
エフェメラさんは、事件が無事に解決してマヤと犯人は和解したとだけ部長と先生に伝えていた。どうやら先生は、わたし達が五時間目に遅刻したのを知っているみたいだったが、先生なりに事情を察したのか黙っていた。
正式な部員になった以上、今度からはわたしも自前の画材を用意しなければいけなくなった。今日は、わたしはモデル役なので絵は画かないけど。
前は部員達とは無関係に体育館を画いていたマヤが、今日は部員達と一緒にわたしを写生していたのが、何か恥かしかった。
スケッチブックではなく、キャンバスに直接デッサンをしている所が、マヤらしいと思った。マヤの隣にいる朝島先輩が、キャンバスが邪魔なのか画きにくそうにしていた。
そういえば、今日も颯爽先輩は欠席していた。やはり体調が悪いのだろう。
部活が終ると、わたしはまっすぐ家に帰った。勿論、一番の楽しみマヤのコスプレを早くしたいからだった。今日はゼミもないので、深夜まで楽しめる筈だった。




