マヤになる! 12
教室に入ると、包みを抱えたマヤと鉢合わせた。どうやら、キャンバスを先生に預けるつもりらしい。
「職員室に置いても、宇宙人には関係ないけどね」
そう言って、マヤは笑った。
確かに、あの黒い手が犯人なら金庫にしまっても破られるだろう。
「それじゃあ、部室にある絵も危ないんじゃないの?」
そう尋ねると、マヤは笑いながら首を横に振った。
「宇宙人が、どうして新品のキャンバスを破ったと思う? それは、宇宙人が透視を出来ないからよ。職員室の机の上では宇宙人も見る事が出来る。でも、部室のロッカーならそうはいかないわ」
犯人が宇宙人という前提条件さえ正しかったら、マヤの言うとおりだろう。しかし、宇宙人でもない別の未知の存在の可能性もある。
やっぱり不安なので、今日も部室に顔を出そう。
昼休みになり、わたしはマヤの後を追いかけた。小箱も今日はポシェットに入れて腰に下げたので、安心できる。
わたしが声をかける間も無くさっさと教室を出たマヤは、旧校舎の中に入って行った。どうやらゴミ捨て場でのお昼は昨日だけみたいで、今日は旧校舎の階段を屋上まで上って行った。
「あれ? 屋上は閉鎖されている筈よね」
不思議に思っていると、マヤは屋上のドアをガタガタゆすって簡単に開けてしまった。鍵が壊れているのをマヤは知っているみたいだ。
「マヤ!」
流石にそれはマズいだろうと、わたしはマヤを呼び止めた。
こっちを振り向いたマヤは、ただ笑って手招きするだけだった。どうしようか迷ったけど、折角の手作り弁当を無駄にしたくない気持ちが最後には勝ってしまった。
昨日の事もあって、ランチョンマットはわたしも用意していた。しかし、椅子も机も無い屋上でお昼を取るつもりだったマヤは、ハイキングで使うようなレジャーシートまで用意していた。しかも三枚。
あまり端によると隣の校舎から見られるというわたしのアドバイスを受け入れたマヤは、屋上の真ん中でレジャーシートを広げた。
まだ九月になったばかりなので、昼時の青空からは太陽がわたし達を見下ろしていた。昨日の校舎裏のゴミ捨て場は日陰になっていたが、この屋上には照りつける日差しをさえぎるものは無かった。
「和美も、これを使う?」
マヤが取り出したのは、緑の折り畳み傘だった。これをパラソルの代わり幾つも用意しているという事は、以前にもマヤがここで昼食を取った事があるに違いない。
マヤと向かい合ってシートに座ったわたしが弁当箱を広げようとすると、今度はエフェメラさんが屋上にやって来た。
「なんだ、こんな所にいたのか」
ここは立ち入り禁止だったというのに、特にとがめる様子も無く、エフェメラさんは屋上に入って来た。
エフェメラさんは、何かプリントみたいなものを取り出してマヤに渡した。
「絵画展の申し込み用紙だ。名前くらいは、自分で書こう」
マヤが用紙を仕舞うのを確認すると、エフェメラさんもシートに座ってお昼を取り出した。そうすると、今日もクラスメート達はエフェメラさんに断られてしまったのか。がっかりしているであろう彼女達が、何か気の毒になった。
あれ? もしかして、わたしって三日連続でエフェメラさんとお昼をとっているの? クラスメートに知られたら、恨まれるかもしんない。
エフェメラさんは洋食が基本だから当然だけど、今日もお弁当はサンドイッチだった。四つあったサンドは一種類だけでなく卵と蟹とレタスとツナと薄切りハムを色々組み合わせていた。どんな味なのかはともかく、昨日と比べて豪華そうではある。
マヤの方は、和風の弁当だった。というか、オニギリだった。昨日は焼却炉のオーブンだったので、急に質素になった感じがした。その理由は、すぐに判った。
片手を日傘に取られるから、残った手だけで食事をしなければいけないのだ。片手で食べられるオニギリと違い、普通の弁当はかなり手間が掛かった。暑いのを我慢して傘を置いたほうが、いいかもしれない。
「和美さん、良かったらその弁当と私のサンドイッチを交換してくれないか?」
エフェメラさんが、わたしが予想もしていなかった事を提案した。
「その格好では、食べにくいだろう。私は、別に日差しが苦にならないからな」
確かに、エフェメラさんはマヤから渡された傘をさしていなかった。見た感じは北国の人っぽいのに、暑さに強いとは意外だった。
一学期の家庭科の授業では箸をちゃんと使っていたのはわたしも見ていたから、弁当を食べるのには問題ないだろう。
「それじゃあ、お言葉に甘えていいかな」
そう言って、わたしは弁当箱をサンドイッチを取りかえっこした。
「ありがたく、いただきますね」
おとといも食べたから、エフェメラさんのサンドイッチが美味しい事は知っていた。迷わずハムサンドを手にとって口を開いたその時だった。
「えいっ!」
突然、マヤがわたしを突き飛ばした。サンドイッチを容器ごと落としたわたしは、何が起こったのか判らないまま床を転がった。
「一体、どうしたって……!?」
全部言い終える前に、わたしは慌てて立ち上がった。
わたしの目の前にいたのは、マヤのキャンバスを突き破った黒い手だったのだ。床から生えていたそいつは、手だけではなく二の腕の途中までが見えていた。そして、その手にはカッターナイフを握っていた。
もしマヤが突き飛ばさなかったら、わたしが切られていた。間違いなく黒い手は、わたしを傷つけるつもりだった。
床の上を滑るように、黒い手はわたしに向かってきた。
「ひい!」
間一髪の差で横に飛んでかわしたが、わたしは着地に失敗して転んでしまった。それを見逃す黒い手ではなかった。
わたしの顔に向かって、カッターナイフが迫ってくる!
「和美!」
マヤが、わたしに飛び掛かって抱きついた。二人揃って横方向に転がった事で、カッターナイフをギリギリかわした。
「あっぶないわねえっ!」
怒声をあげて立ち上がったマヤを見上げて、わたしは目を疑った。マヤの後頭部の長髪が半分近く、無くなっていたのだ。わたしを助けた時に、マヤの綺麗な黒髪が身代わりになったのだ。
呆気に取られたわたしは、立ち上がるのが遅れた。カッターが、足元にまで迫っていた。
「和美さん」
わたしの体が、急に宙に浮いた。エフェメラさんがわたしを軽々と持ち上げてジャンプしたのだ。
「ええ!?」
わたしを脇に抱えているというのに、その跳躍力は五メートルはあった。わたしの体重は言いたくないが、オリンピックの金メダリストより凄いのは確かだった。だって五メートルといったら、棒高跳びのレベルのはずだ。
床から生えている黒い手は、ジャンプできずに床を滑り続けていた。どうやら、床からは離れられないらしい。
しかし、エフェメラさんはジャンプしているだけで宙に浮いているわけではない。当然、着地はしないといけない。
「えい!」
マヤが、閉じた傘を黒い手に向けて振り回した。黒い手も、カッターでマヤに応戦する。その間に、エフェメラさんは床に着地した。しかし、危険はまだ続いていた。
黒い手は、もう一体いたのだ。確かに、マヤと戦っているのは右手みたいだし、左手がいてもおかしくなかった。




