マヤになる! 11
結局、今日は新しい事件が起きて謎が増えた事と、マヤが宇宙人や古代文明の大陸を信じている事が判っただけだった。
わたしにとっては、あの夢が本当にエピクリマ大陸の祭壇なのかが気になった。しかし、怪しい内容の雑誌やその記事を鵜呑みにするマヤの証言だけでは、本当だと裏付ける事は出来なかった。
部室のマヤの絵は、無事だった。明日から展覧会の受付は始まるそうなので、先生は出品の準備を急いでいた。
ゼミを終えて夜更けの町を歩いていると、知っている人に出会った。いや、一方的にわたしが目撃しているだけか。
わたしが見たのは、マヤの後ろ姿だった。
「また新しい服を着ている……」
マヤのコスプレをしているわたしの心に、火がついた。でも、残念な事にマヤがキャンバスらしき包みを持っているせいで、大半が隠れて見えなくなっていた。マヤのキャンバスを破った犯人を今ほどうらめしく思ったことは無い。
どうにかしてマヤの前に回らないと、服の確認が出来ない。
マヤは、もしかするとわたしの尾行に気が付いているかもしれない。しかし、今日のマヤの服は、今確認しないと次も同じ姿とは限らない。二つの不安が、わたしの心の中で葛藤していた。
早く前方へ回ってマヤを見たい。そうは思っても、マヤには気付かれないようにする必要があるから簡単にはいかない。
どうすればそんな事が出来るのか考えていると、幸運にも鏡のようになっている喫茶店のガラス戸の前をマヤが横切った。
「今よ!」
わたしは、急いで駆け寄ってガラス戸に向けて目を凝らした。すると、幸運にもマヤの前でとが開いて、わたしの位置からだととても見やすい角度になってくれた。
この時マヤが着ていたのは、青いタータンチェックのワンピースで七分袖だった。ミニスカートからは、緑のレギンスが顔を出している。
マヤの服装を靴まで忘れずに必死で暗記したわたしは、忘れないうちにカバンからノートを出して慌てて要点をメモした。
これで、コスプレのレパートリーがまた増える。期待に胸を膨らませながら、わたしは布地を手に入れるために手芸店へと向かった。
タータンチェックは、バリエーションが多すぎて全く同じ模様は入手が難しい。しかも、その服のためだけに織られた布地なら、入手は不可能だといえた。
それでも、わたしが満足できるだけの布地は、手に入った。マヤの服と比べても、すぐには見分けが付かないぐらいによく似ている。
もっとも、すぐには裁断はしない。失敗しないように、今回もまずは型紙を作る所から始めよう。
明日は、早朝から弁当を自作するつもりだから、早く寝なければいけない。前のデーターがあるので、自分自身のサイズを計る必要が今回は無いとはいえ、今日中に完成させるのは無理だった。
コスプレ衣装に夢中になっている間、わたしは美術部の事やエピクリマ大陸の事なんてすっかり頭の中から追い出していた。
*
そこは、いつもの祭壇……ではなかった。見た目こそ祭壇なのだが、祭壇の外は広間ではなく女子高の敷地だった。
「まさか、この祭壇のある場所って、体育館!?」
体育館の屋上が、祭壇になっていたのだ。校舎を見上げると、美術部の窓が見える。その窓からは、クジラがわたしを見下ろしていた。
「ええっ?」
ビックリして尻餅をついたわたしの前に、前かがみになって手を伸ばす人がいた。
「マヤ?」
今日のマヤは、今までの夢のマヤと同じローブを着ていたが、髪の毛は長髪で本物のマヤのように眼鏡をかけていた。
自分の顔をさわると、やっぱりわたしも眼鏡をかけていた。
わたしがマヤの手を掴むと、マヤはにっこりと笑った。
「つかまえたっ!」
突然、マヤの姿が消えてわたしは空に向かって勢い良く引き上げられた。わたしの手を掴んでいたのは、マヤのキャンバスを破った黒い手だった。
黒い手に掴まれてどこまでも上昇し続けるわたしは、必死で手を振り解こうとした。そんな事をしたらどうなるかを考えずに。
黒い手をふりほどいたわたしは、まっ逆さまに体育館へと落ちていった。
「キャアアアアッ!」
夢だというのに、わたしには空を飛べるような都合のいい事が起きなかった。
夢から覚めた時、わたしはベッドから転落していた。
「な、何だったのよ?」
ベッドに這い上がった体は、ビッショリと汗まみれになっていた。
「今の夢は……。ただの夢ね」
恐らく、ここ数日の出来事が原因でわたしの脳が見た、本来の意味での夢なのだろう。
だから、今朝の夢には意味は無い。
時計を見ると、そろそろ目覚ましが鳴る時間だった。
「そうだ、お弁当」
今日からは、自分でお弁当を用意する事になってたんだ。わたしは、制服に着替えて家庭科で使っているエプロンを身に着けた。
別に家庭科の成績は悪くないけど、コスプレ衣装に夢中になって昨夜のうちに仕込みをしなかったから、簡単なオカズしか作れなかった。
それでも、母さんのアドバイスを聞きながら料理している今の状況は、決していやじゃない。むしろ、母さんとの仲がようやく修復出来て、喜ばしいくらいだ。
薄焼きの玉子焼きに、豚肉とウインナーの炒め物、レタスとレンジで加熱したブロッコリーのサラダを御飯と一緒に弁当箱に詰めて、一応今日の弁当は完成した。
ついでに余り物をまとめて父さんの弁当箱に詰めたら、父さんは大いに喜んでくれた。何か悪い気がしたので、今夜はちゃんと明日のための仕込みをしよう。
弁当を作って美術部にも行って、ゼミで勉強もする。
一番にやりたい事はコスプレなのに、わたしはやる事が突然増えてしまった。それでもわたしは、一学期よりは遙かに充実した生活を送れるのだと確信していた。




