マヤになる! 10
放課後になり、マヤは新しいキャンバスを調達するからと言って、さっさと帰ろうとした。それを引き止めたのは、エフェメラさんだった。
「大事な話なんだ、掃除が終ったら付き合ってくれないか」
同じ列に席があるわたしとエフェメラさんは、今日は掃除当番だった。掃除か終って他の当番達が帰った後に、わたし達はエフェメラさんの席に集まった。
キャンバスの件については、わたしは当事者ではなかったけど、エフェメラさんの前の席なので自然と会話の中に加わっていた。それに母国語で会話していないという事は、わたしにも聞いて欲しいという意味があるように感じられた。
わたし達の前でエフェメラさんは、タブレットPCを机の上に置いた。
「実は昼休みの間、これが机の中にしまってあったんだが、私の操作ミスで偶然に動画の撮影モードになっていたんだ」
「ええっ? それじゃあもしかして、映っているの? その、犯人が?」
「その通りだ、八尾さん。それを今から確かめるんだ」
タブレットPCを三人で覗き込んだ時、わたしは理由が判らない違和感を覚えたが、親身になってくれているエフェメラさんを疑う気がまったくならずに、すぐにその感じは忘れた。
わたし達は、再生された動画を目を皿のようにして凝視した。すると、そこに映っていたのは信じられない決定的瞬間だった。
壁に立て掛けてあったキャンバスが裏側から突き破られて、黒い腕が穴から出ていたのだ。見せてくれたのがエフェメラさんでなければ、CGか何かだと思っただろう。
「これで判ったわ。犯人は宇宙人よ!」
マヤの反応は、予想通りだった。しかし、人間業でないのは確かなので、完全に否定する事も出来ない。
「でも、どうしてマヤの絵を宇宙人が破るの? 宇宙人に恨まれることなんてしたの?」
わたしが尋ねると、マヤはニコニコしながら答えた。
「勿論あるわよ。エピクリマ大陸は宇宙人の侵略から世界を守ってたんだから」
エピクリマ大陸と聞いて、わたしには思い当たる節があった。勿論、あの夢の中の祭壇だ。もしかして、マヤもあの夢を見ているのだろうか?
ここはやはり、マヤに聞くべきだろう。しかし、夢については質問すべきか迷った。夢と絵がたまたま似ているだけで、関連が無い可能性もある。もし無関係だったら、マヤにまで変な人と思われてしまう。
「それじゃあ、マヤの絵に描かれている祭壇がエピクリマ大陸にあるの?」
わたしに尋ねられて、マヤは雑誌を広げた。勿論、昼休みに見せた『FRマガジン』だ。今月号かと思ったが、よく見ると去年の今頃の号だった。
「ほら、これを見て」
巻頭特集は、幻の大陸エピクリマの歴史についてだった。
その大陸は、高度な文明と住民達の超能力によって反映していた。その豊かな大地を狙って宇宙人が幾度も侵略しようとしたが、超能力や大型ロボットにアンドロイドやレーザーといった様々な手段を用いて、全て退けてきた。しかし、大陸は天変地異によって一夜にして海に沈んでしまったのだった。
それから、エピクリマ大陸の社会や宗教についても断片的な説明がページの隅にあった。進んだ科学を持っている一方で、古代から続く宗教も広く崇拝されていたらしい。特に人々の尊敬を集めていたのが、双子の巫女だという。
祭壇の想像図は、マヤの絵にもわたしの夢にもあまり似ていなかった。巫女の姿も、幾何学模様のローブでなくて、えらい露出度の高いベリーダンサーみたいな格好をしていた。
しかし、床にある記号だけは、見覚えがあった。あの体育館の屋根にゴシック体で書かれた『早宮』を上下逆にしたような記号だったのだ。
早の逆さまは、天上から滝のように水が泉に落ちて大地を潤している記号で、宮の逆さまは、皿のような形の燭台の上の炎から一筋の煙が上って天に達している様子らしい。つまり天と地、火と水の四つを二つずつに分けて記号化している事になる。
記号が角ばっているのは、粘土板にナイフで線を引いて文字にした名残りとの事だ。
もっともらしい事が書いてあっても、結局はライターの想像が殆どの記事なので、あまり信用する気にはならなかった。しかし、マヤは信じてしまったらしい。
「そう、あたしこそが祭壇の双子の巫女の片方の生まれ変わりなの!」
何かの本を読んで、そのヒロインに自分を重ね合わせる読者は珍しくは無い。ましてや、それが一国のアイドルともなれば、自分こそがその生まれ変わりだと信じる人は全国にいるだろう。
ただ、わたしにとってはこれは夢の話をするチャンスだ。
「あの、それじゃあマヤは巫女の夢をみたりするの?」
「ン? 夢? そうね、祭壇の上で並んでお祈りする姿は夢に見る事はあるわね」
そうか、やっぱりあるのか。
「実は、わたしも夢を見たのよ。祭壇の上の巫女の夢を。それもつい昨日」
わたしの話しを聞いて、エフェメラさんは一瞬だけこちらをこちらを横目で見たが、すぐにタブレットPCに視線を戻した。
「八尾さんの言う事は、信じてもいい。彼女は、嘘はつかないからな」
エフェメラさんは、変に思うどころかわたしの手助けまでしてくれた。
その話しを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、やっぱり貴方もエピクリマの人間だったのね。そういえばへ、夢に出ていた双子の巫女はメガネをかけていないけどあたしとあなたにそっくりだったわね」
そう言って、マヤは踊るような陽気な足取りで教室から出て行った。もしかしたら、双子の巫女の神楽舞のつもりなのかもしれない。
気が付けば、教室にはわたしとエフェメラさんしかいなかった。
「不思議な物だ」
「そうですね、エフェメラさん。二学期になってから、本当に不思議な事件が続いて」
「いや、その事を言ってるんじゃない。君とはすぐ後ろの席なのに、この二日間だけで一学期中よりも沢山話している」
そう言えば、そうだ。一学期の間は、挨拶程度しかエフェメラさんとは言葉を交わしていない。
「マヤに関わってからの僅かな間に色々あったが、一番大きかったのは私達二人の距離だな。八尾さんは、どう思う?」
どう思うって言われても、その事にわたしは今教えられたばかりだ。何を言うべきか迷っていたわたしの脳裏に、昨日のマヤの言葉が浮かんだ。
「それじゃあ、今度からは和美って呼んでくれませんか?」
エフェメラさんは一瞬キョトンとした顔になったが、すぐに笑顔になった。
「和美…さんか。うん、いい感じだ」
エフェメラさんの場合は、入学初日の挨拶からファーストネームで呼んで欲しいと言っていたから、クラスメートはみんな苗字では呼ばない。
「私は美術部に行くが、和美さんはどうする?」
マヤが来ないなら、わたしも部室に行く意味が無いと思ったけど、元々美術部との接点が少ないわたしは、この細い繋がりを維持する必要があった。
「マヤの絵が無事か気になるし、部室には行くわ。でも、今日はゼミがあるから少し顔を出すだけだからね」
そう言ってわたしは、エフェメラさんと部室に行った。
部長は、先生とマヤの絵について相談していた。さっきまで絵は職員室に置いてあったが、毎日置いておくには大きすぎた。最終的には、対策として木製の画板に前後を挟まれた状態でロッカーにしまい、絵画展に出すまではロッカーに鍵をかける事に決まった。
美術部には金庫なんて勿論ないし、これが考えられる最善である事はわたしにも判る。
マヤの絵を先輩達も守るつもりなので、わたしも一安心した。昨日に引き続いて、わたしはエフェメラさんの姿を一時間ほどスケッチブックに描いた。
颯爽先輩の姿が見えなかったが、どうやら登校していないらしい。風邪か何かだろうか。




