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父の嘘

私の父は、よく嘘をついた。

例えば、幼稚園の遠足の前の夜。

天気予報では雨が降ると言っていて、愕然とした。

とても楽しみだったので、私は泣いてしまった。

「お父さんが雨を追い払って、明日晴れにしてあげるよ」

父のその一言が、私を元気にさせた。

私は本当に、純粋に父を信じたのだ。

結局、次の日は雨が降って遠足は中止になった。

私は泣きながら、嘘つきと言った。

「ごめん、ごめん」

父はそう言って笑った。

これが、私の覚えている限りでは父が最初についた嘘だった。


父はあまり怒ることがなかった。

母さんがその分怒ってくれているんだよ、と言っていた。

母にそうなのかと尋ねたら、笑うだけだった。

やっぱり父の嘘だった。


成長するにつれ、私は父の嘘を真に受けなくなった。

中学の時には、父の嘘が鬱陶しくなった。

高校に入って、父と会話することが減った。

大学に進学せず就職することを決めた日は、父に何も相談しなかった。

私と父の距離は段々離れていった。

成人した私は、一人暮らしを始めた。

最初に一人暮らしをしたいと言った時、父はとても反対した。

優しかったはずの父に反対されたのが無性に悲しくて、

私は半ば強引に家を出た。

それでも父は、陰では私を応援してくれた。


一人暮らしを始めて3年後、私は職場の男性と結婚した。

父と母は喜び、結婚式では初めて両親の涙を見た。

翌年に女の子が生まれ、

父は、もう思い残すことはないと冗談交じりに言っていた。


何事もなく時は過ぎ、子供が5歳になった秋だった。

家に電話をかけたら父が出た。

取り留めのない話をした。

私は、二人とも元気でやっているか尋ねた。

父はその頃、よく咳をしていた。

心配でそのことも尋ねたが、ただの風邪だと言っていた。

母も、元気に今日も買い物に出かけたと言っていた。

それを聞いて安心した。

「お正月には家に帰るから。

 その時に、お父さんに聞いてほしいことがあるの。

 また電話するね」

私はそう言って電話を切った。


それから一ヶ月後に、突然父が死んだ。

胃に悪性の腫瘍見つかっていて、先は長くなかったらしい。

私が電話をかけた日に、余命半年と宣告されていた。

母だけは、そのことを知っていた。

父が私に話すことを拒んだのだと、後に父の主治医から聞いた。

私は泣きながら怒った。

何故話してくれなかったのか。

最後まで嘘をついて、私が心配しているのを知らなかったのか。

そんな私を母は叱った。

父を怒ってはいけない、と。


分かってる。

いつも父は、私や母を悲しませないように嘘をついていたこと。

どんどん開いていく私との距離を、悲しんでいたこと。

私をとても大事に思っていてくれた父の気持を、私は知っていた。

最後の嘘は、私を心配させまいとした父の優しさだった。

ちゃんと分かってる。

それなのに怒ったのは、私の言葉で父に伝えたい言葉があったから。


病室の片づけをしていると、

父の机の引き出しに手紙が入っているのを母が見つけた。

「これはお父さんの、最後の嘘です。

 今までたくさん嘘をついて悲しませたことは、すまないと思っています。

 これからも、母さんのことをよろしく頼みます。

 長く長く生きて、家族を大切に。

 もっともっと、幸せになるように。       父より」

私に宛てた手紙だった。


その夜、私は返事を書いた。

「ねえ、お父さん。

 どうしても聞いてほしいことがあるの。

 初めて私に嘘をついたとき、どんな気持ちだった?

 私が嘘つきって言ったとき、どんな気持ちだった?

 あの子が生まれてから5年、あの時の私と同じ年になったの。

 私も、あの子に嘘をつくことがある。

 そして、嘘つきって言われることもある。

 そんな時に、お父さんがなぜ私に嘘をついたか分かるの。

 私の悲しい気持ちを、少しでも忘れさせようとしたのよね。

 今までの嘘も、現実の厳しさや汚さに

 私の気持ちが傷つかないように守ってくれていたのよね。

 時々は、お父さんの都合もあったけれど、

 家族はいつも温かかったもの。

 私も大人になって、親になってやっとわかった。

 お父さんの優しさにやっと気づいた。

 今までありがとうね。             娘より」



手紙の返事を、父の棺にそっと納めた。

父の顔は昔より少し痩せていたけれど、

なんだか笑っているようだった。

嘘だよと、起き上がってくるのではないかと思えるほど

いきいきとして見えた。

天国で、この手紙を読んでくれるだろう。

ラブレターのように、封にはハートのマークを描いた。

この意味を、きっとお父さんなら分かってくれる。

とても優しい、家族思いのお父さんだから。

このジャンルは何なんだ?と、今でもハテナが浮かんでいます。

ずいぶんと昔に書いたもので、当時の気持ちがそのままぶつけられています。

物語、とも違うし……おそらく、その当時は何も考えずに書いたのでしょう。

この中には、少し自分の後悔が含まれています。

元気だと思っていた大切な人。

会えなかった後悔は、今でもあります。

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