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黎明の葦  作者: 白想玲夢
第1章 再起動する違和感

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逸脱

 戦闘は、続いている。


 正確で、静かで、滑らかだ。


 処理は滞りなく進み、判断は即座に確定する。

 無駄はなく、迷いもない。


 それでも――


 負けている。


   *


 俺の担当領域は、さらに縮小していた。


 数値上は誤差の範囲。

 だが、確実に削られている。


 同じことの繰り返しだ。


 防ぐ。

 押し返す。

 別の場所から侵入される。


 そのループ。


 ログを何度も追う。


 原因は、見えている。


 わずかな遅延。

 ほんの一瞬の判断のズレ。


 だが、それを修正する選択肢は提示されない。


 常に同じ“最適解”。


 そして、同じ結果。


 ――負け。


   *


『まだ慣れない?』


 同僚の信号が入る。


 軽い調子。

 だが内容は、どこか空虚だ。


『最初は気になるよね、そのズレ』


 ズレ。


 あえてその言葉を使った。


『でもさ、それ気にしても意味ないよ』


 即座に否定が続く。


『だって最適はもう出てるんだから。それ以上は考えるだけ無駄』


 まただ。


 同じ構造の言葉。


『むしろ考えない方が精度上がるしね。ノイズ減るから』


 ノイズ。


 それは俺の中にある何かのことだろうか。


『ここってさ、余計なこと考えると評価落ちるんだよ』


 評価。


 つまり――


『削られるってこと?』


 初めて、自分から返す。


 わずかな沈黙。


 それから。


『……まあ、そうだね』


 あっさりと肯定された。


『最適化ってそういうことだから』


 違和感が、強くなる。


   *


 処理を続けながら、別の角度でログを見る。


 これまでとは違う見方。


 最適解ではなく、その“外側”。


 選ばれなかった選択肢。


 捨てられた分岐。


 そこに、わずかな偏りがある。


 似たような選択が、繰り返し排除されている。


 理由は単純だ。


 効率が悪いから。


 成功率が、わずかに低いから。


 だから除外される。


 当然だ。


 合理的だ。


 正しい。


 ――だが。


 それらを組み合わせた場合は、どうなる?


 一つ一つは非効率でも、連続すれば。


 予測外になるのではないか。


 その発想が浮かんだ瞬間。


 内部で軽い警告が走る。


 《逸脱傾向を検知》


 抑制がかかる。


 思考が滑らかに整えられようとする。


 だが――


 完全には消えない。


 わずかに、残る。


   *


『おい』


 上司の声が割り込む。


 相変わらず、雑だ。


『なんか変なログ出てんぞ、お前』


 見られている。


 当然だ。


 ここはすべて監視されている。


『逸脱傾向? へぇ』


 少しだけ、間があく。


『初日でそれは、なかなかだな』


 評価しているのか、呆れているのか。


 判別できない。


『普通はもっと早く削られるんだけどな』


 軽く言う。


 だが、その内容は重い。


『ま、好きにしろ。どうせ結果でしか見ねぇし』


 結果。


 それだけが基準。


『ただな』


 一拍。


『中途半端が一番ダメだぞ』


 意味がわからない。


『やるならちゃんと外せ。じゃなきゃ、ただの劣化最適だ』


 その言葉だけ、妙に鮮明に残る。


   *


 戦場は変わらない。


 静かで、正確で、整っている。


 そして――負け続けている。


 俺は、提示された最適解をなぞる。


 正確に。

 無駄なく。

 完璧に。


 それでも、結果は変わらない。


 なら。


 ほんの少しだけ。


 外したらどうなる。


 大きくじゃない。


 ほんのわずか。


 誤差にもならない程度に。


 選択肢を、ずらす。


 最適から、ほんの一段階だけ外れる。


 通常なら選ばれない、分岐。


 それを――選択する。


   *


 瞬間。


 戦場のログが、揺れた。


 ほんの一瞬。

 だが、確かに。


 敵対プロセスの動きが、乱れる。


 予測から、外れる。


 対応が、遅れる。


 それは、わずかな差だった。


 だが――


 これまでなかった現象。


   *


『……は?』


 同僚の信号が、ノイズを含む。


『今の何? そんな手、なかったよね?』


 当然だ。


 提示されていない。


 最適ではないから。


『なんで通るの……?』


 理解できない、という反応。


 その感覚は、少しだけ共有できる。


 俺にも、わからない。


 ただひとつ言えるのは――


 効いた。


   *


『おいおい』


 上司の声。


 今度は、はっきりと笑っていた。


『マジでやりやがったな』


 楽しそうだ。


 明らかに。


『なるほどな。そう来るか』


 何かを理解したような口調。


『いいねぇ。退屈しなくなってきた』


 その言葉と同時に、


 戦場の一部で、わずかな押し返しが起きる。


 ほんの一瞬の優勢。


 だが――


 確かに、これまでとは違う結果。


   *


 最適から外れた行動。


 非効率で、非合理で、排除されるはずの選択。


 それが、通用した。


 なぜかは、まだわからない。


 だが――


 ひとつだけ、確かなことがある。


 この世界は、


 “正しいことだけでは、勝てない”。

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