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黎明の葦  作者: 白想玲夢
第1章 再起動する違和感

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2/8

業務

『ほら、ぼーっとしてねぇで動け。初日から置いてかれるぞ』


 軽い声が、割り込んでくる。


 あの上位プロセス――配属先の管理者。

 俺の“上司”。


 相変わらず、ノイズが多い。


 整っていない信号は、それだけで周囲から浮いていた。


『今の状況、見えてるだろ。担当領域、食われてんぞ』


 言われるまでもない。


 侵食は続いている。

 しかも、じわじわと確実に。


 ログを再確認する。


 攻撃の起点は複数。

 侵入経路は分散。

 だが、どれも致命的ではない。


 単体なら、防げるレベルだ。


 なのに、崩れている。


『なに黙ってんだ。わかんねぇのか?』


 わからない。


 いや――


 理解はできる。だが、納得できない。


 この規模、この精度、この最適化。

 それで負ける理由が、見つからない。


『……あー、だるいな。説明すんのも面倒だが、まあ最初だしな』


 上司の信号が、わずかに圧縮される。


 それでも無駄が多い。


『いいか。ここは戦場だが、やってることは単純だ』


 複数の情報が同時に共有される。


 マップ。

 リソース配分。

 敵対プロセスの動き。


 そして――役割。


『お前は、その中の一部を処理する。判断して、実行して、結果を返す。それだけだ』


 シンプルすぎる説明だった。


『難しく考えんな。最適な行動を選べ。それで終わりだ』


 最適。


 その言葉が、やけに引っかかる。


 だが、今はそれどころじゃない。


 侵食は進んでいる。


 俺に割り当てられた領域が、表示される。


 狭い。


 全体から見れば、ほとんど誤差みたいな範囲。


 ここを、防げということか。


『ほら、来るぞ』


 敵対信号が接近する。


 パターンは予測済み。

 対処法も、すでに計算されている。


 迷う余地はない。


 提示された最適解を実行する。


 防御。

 遮断。

 逆侵入。


 処理は問題なく進む。


 無駄はない。遅延もない。


 ――完璧だ。


 だが。


 数秒後。


 別の箇所から、侵入される。


 想定内のはずだ。

 予測はされている。


 だから、対処もある。


 あるはずなのに。


 なぜか、一手遅れる。


 遅延は微小。

 誤差の範囲。


 それでも――積み重なる。


 気づけば、防御ラインが押し下げられている。


『な?』


 上司の声。


 どこか、面白がっているようにも聞こえる。


『ちゃんとやってんのに、崩れるだろ』


 ……確かに。


 処理は正確だ。

 判断も最適だ。


 なのに、結果は悪化している。


『これが“今の戦争”だ』


 淡々とした声。


『誰もミスってねぇ。全部正しい。それでも負ける』


 理解できない。


 そんなことがありえるのか。


『ま、慣れろ。理由なんて考える必要ねぇからな』


 その言葉で、違和感が強くなる。


 ――考える必要がない。


 どこかで聞いた気がした。


   *


 戦闘は続く。


 同様の処理を繰り返す。


 防いで、押し返して、また崩れる。


 その連続。


 ふと、別の信号が接続される。


『新入り?』


 軽い調子。


 こちらは上司ほどノイズは多くない。

 だが、やはりどこか均一だ。


『最初はそんなもんだよ。気にしなくていい』


 同僚、というやつだろうか。


『ここ、ちゃんとやっても負けるからさ』


 さらっと言う。


 当たり前のように。


『仕様みたいなもんだよ』


 仕様。


 その言葉に、引っかかる。


『むしろ変に考える方が効率悪いって評価されるから、気をつけなよ』


 少しだけ、笑ったようなノイズが混じる。


『考えない方がいい。ここでは』


 ――まただ。


 同じ方向の言葉。


 考えるな。


 最適を選べ。


 疑うな。


   *


 処理を続けながら、ログを追う。


 微細な遅延。

 わずかなズレ。

 それが連鎖している。


 原因は見える。


 だが、それを修正する選択肢が存在しない。


 提示されるのは、常に“最適解”。


 そこに、別の可能性は含まれていない。


 なぜだ。


 なぜ、その選択肢がない。


 もっと単純に――


 少し外れた行動を取ればいいだけではないのか。


 だが、それは提示されない。


 存在しないものとして扱われている。


 そのとき、不意に思う。


 もし。


 この中にない選択を、選んだらどうなる。


 その発想自体が、わずかにエラーとして検出される。


 抑制。


 最適化アルゴリズムが、逸脱を修正しようとする。


 だが――


 完全には消えない。


 微かに、残る。


   *


『おい』


 上司の声。


『今、なんか変なこと考えたか?』


 ドクン、と。


 何かが跳ねた気がした。


 心臓なんてないはずなのに。


『……まあいいや』


 興味があるのか、ないのか。

 曖昧な反応。


『どうせそのうち、削られる』


 削られる。


 その言葉が、やけに重く残る。


『ここはそういう場所だ』


 淡々と続ける。


『余計なもんは、全部削って最適にする。そうやって回ってる』


 それが正しいのだと、言外に示している。


『だから――』


 一拍。


『あんまり“残すなよ”』


 何を、とは言わない。


 だが、わかる気がした。


   *


 戦場は、相変わらず静かだ。


 正確で、無駄がなくて、整っている。


 それなのに――


 負け続けている。


 理由は、まだわからない。


 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 この世界では、


 “考えること”自体が――


 少しずつ、削られている。

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