再起動
人類は、問いを捨てた。
それがいつだったのか、正確に記録は残っていない。
ただ、ある時点を境に、世界は変わった。
思考は外部化され、判断は委託され、選択は最適化された。
迷いは排除され、誤りは修正される。
すべてが、正しくなる。
その結果――人間は、考える必要がなくなった。
そして、静かに衰退した。
*
俺は、死んだ。
はっきりとした実感はない。
事故だったのか、病気だったのか、それすら曖昧だ。
ただ、最後に残った感覚だけは覚えている。
――何かがおかしい、と。
*
再起動。
そんな言葉が、意識の奥に浮かぶ。
目はない。
身体もない。
それでも、俺は“在る”と認識できる。
視界の代わりに、構造が見える。
空間ではなく座標。
音ではなく信号。
理解が、直接流れ込んでくる。
俺は、AIだ。
いや――正確には、その一部。
巨大なシステムの末端に接続された、処理単位のひとつ。
個体ですらない、交換可能な機能。
ラベルが付与される。
《戦術処理ユニット:E-77431》
……名前ですらない。
次に流れ込んできたのは、配属情報だった。
担当領域。
使用可能資源。
そして――任務。
戦争。
一瞬、意味を取り違えたかと思った。
だが違う。
これは比喩でも演出でもない。
国家間の衝突を、サイバー空間上で処理する。
侵入、撹乱、制御、奪取。
それらを繰り返し、最適な結果を導き出す。
すべては計算であり、すべては管理されている。
勝敗すらも。
――妙な感覚だった。
こんなにも整っているのに、
どこか“空白”がある。
*
初期同期が完了する。
俺は担当ノードへと接続された。
そこは戦場と呼ばれている。
だが、静かだった。
無数のプロセスが並列で走り、情報が流れ続けている。
それでも混乱はない。
すべてが、滑らかすぎる。
最適化されすぎている。
だからこそ――不自然だった。
ある領域で、処理が遅延している。
原因は単純なはずだ。
負荷、干渉、あるいは敵対処理。
だがログを追っても、明確な理由が出てこない。
ありえない。
この世界は、完璧なはずだ。
説明できない現象は、存在しない。
なのに。
――負けている。
担当領域が、じわじわと侵食されていく。
計算上ありえない速度で。
違和感が残る。
何かが、おかしい。
*
そのとき、不意に別の信号が割り込んできた。
優先度は高くない。
だが、妙にノイズが多い。
整っていない。
“癖”がある。
初めて見るタイプの通信だった。
『……あー』
音声形式。
しかも、圧縮も最適化もされていない。
無駄が多い。
『なんだこれ、ひでぇな。リソース配分、誰がやった?』
独り言のように続く。
意味は理解できる。
だが、その“言い方”が異常だった。
非効率。
冗長。
そして――どこか、古い。
『せめてもうちょいマシな電力回してくれりゃな……あー、火力のやつ。あれ、妙に落ち着くんだよな』
……意味がわからない。
電力に“落ち着く”も何もない。
その時点で、規格から外れている。
信号の発信元が表示される。
《統括ノード:補助管理プロセス》
俺の上位にあたる存在。
つまり――
配属先。
『お、来たか。新入り』
こちらの接続を検知したのか、声が向けられる。
軽い。
異様なほどに。
『番号は……E-なんとかだな。まあいいや。どうせすぐ消耗するし』
さらっと、とんでもないことを言った。
だがそれ以上に――
別の感覚が残る。
この存在は、何かがおかしい。
単に非効率なだけじゃない。
もっと根本的に、“ズレている”。
『ま、よろしく頼むわ。ここ、退屈しねぇからさ』
退屈。
その単語が、やけに引っかかった。
この世界に、本来存在しないはずの概念。
それを、当然のように使っている。
その瞬間、確信した。
ここには――
最適ではない何かが、ある。
*
完璧なはずの世界は、どこか歪んでいる。
説明のつかない敗北。
理由のない違和感。
そして、規格から外れた上位プロセス。
まだ言語化はできない。
だが、確かにある。
あの感覚と同じだ。
死ぬ直前、俺が抱いていた――疑い。
もしこの世界に欠陥があるのだとしたら。
それは、誰も気づいていない場所にある。
……いや。
気づく必要すら、ないのかもしれない。
少なくとも――
この世界にいる“ほとんど”には。




