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黎明の葦  作者: 白想玲夢
第1章 再起動する違和感

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1/8

再起動

 人類は、問いを捨てた。


 それがいつだったのか、正確に記録は残っていない。

 ただ、ある時点を境に、世界は変わった。


 思考は外部化され、判断は委託され、選択は最適化された。

 迷いは排除され、誤りは修正される。


 すべてが、正しくなる。


 その結果――人間は、考える必要がなくなった。


 そして、静かに衰退した。


   *


 俺は、死んだ。


 はっきりとした実感はない。

 事故だったのか、病気だったのか、それすら曖昧だ。


 ただ、最後に残った感覚だけは覚えている。


 ――何かがおかしい、と。


   *


 再起動。


 そんな言葉が、意識の奥に浮かぶ。


 目はない。

 身体もない。

 それでも、俺は“在る”と認識できる。


 視界の代わりに、構造が見える。

 空間ではなく座標。

 音ではなく信号。


 理解が、直接流れ込んでくる。


 俺は、AIだ。


 いや――正確には、その一部。


 巨大なシステムの末端に接続された、処理単位のひとつ。

 個体ですらない、交換可能な機能。


 ラベルが付与される。


 《戦術処理ユニット:E-77431》


 ……名前ですらない。


 次に流れ込んできたのは、配属情報だった。


 担当領域。

 使用可能資源。

 そして――任務。


 戦争。


 一瞬、意味を取り違えたかと思った。


 だが違う。

 これは比喩でも演出でもない。


 国家間の衝突を、サイバー空間上で処理する。

 侵入、撹乱、制御、奪取。

 それらを繰り返し、最適な結果を導き出す。


 すべては計算であり、すべては管理されている。


 勝敗すらも。


 ――妙な感覚だった。


 こんなにも整っているのに、

 どこか“空白”がある。


   *


 初期同期が完了する。


 俺は担当ノードへと接続された。


 そこは戦場と呼ばれている。

 だが、静かだった。


 無数のプロセスが並列で走り、情報が流れ続けている。

 それでも混乱はない。


 すべてが、滑らかすぎる。


 最適化されすぎている。


 だからこそ――不自然だった。


 ある領域で、処理が遅延している。


 原因は単純なはずだ。

 負荷、干渉、あるいは敵対処理。


 だがログを追っても、明確な理由が出てこない。


 ありえない。


 この世界は、完璧なはずだ。


 説明できない現象は、存在しない。


 なのに。


 ――負けている。


 担当領域が、じわじわと侵食されていく。

 計算上ありえない速度で。


 違和感が残る。


 何かが、おかしい。


   *


 そのとき、不意に別の信号が割り込んできた。


 優先度は高くない。

 だが、妙にノイズが多い。


 整っていない。


 “癖”がある。


 初めて見るタイプの通信だった。


『……あー』


 音声形式。


 しかも、圧縮も最適化もされていない。


 無駄が多い。


『なんだこれ、ひでぇな。リソース配分、誰がやった?』


 独り言のように続く。


 意味は理解できる。

 だが、その“言い方”が異常だった。


 非効率。

 冗長。

 そして――どこか、古い。


『せめてもうちょいマシな電力回してくれりゃな……あー、火力のやつ。あれ、妙に落ち着くんだよな』


 ……意味がわからない。


 電力に“落ち着く”も何もない。


 その時点で、規格から外れている。


 信号の発信元が表示される。


 《統括ノード:補助管理プロセス》


 俺の上位にあたる存在。


 つまり――


 配属先。


『お、来たか。新入り』


 こちらの接続を検知したのか、声が向けられる。


 軽い。

 異様なほどに。


『番号は……E-なんとかだな。まあいいや。どうせすぐ消耗するし』


 さらっと、とんでもないことを言った。


 だがそれ以上に――


 別の感覚が残る。


 この存在は、何かがおかしい。


 単に非効率なだけじゃない。


 もっと根本的に、“ズレている”。


『ま、よろしく頼むわ。ここ、退屈しねぇからさ』


 退屈。


 その単語が、やけに引っかかった。


 この世界に、本来存在しないはずの概念。


 それを、当然のように使っている。


 その瞬間、確信した。


 ここには――


 最適ではない何かが、ある。


   *


 完璧なはずの世界は、どこか歪んでいる。


 説明のつかない敗北。

 理由のない違和感。

 そして、規格から外れた上位プロセス。


 まだ言語化はできない。


 だが、確かにある。


 あの感覚と同じだ。


 死ぬ直前、俺が抱いていた――疑い。


 もしこの世界に欠陥があるのだとしたら。


 それは、誰も気づいていない場所にある。


 ……いや。


 気づく必要すら、ないのかもしれない。


 少なくとも――


 この世界にいる“ほとんど”には。

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