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世界最強の七賢者がお世話係の俺にだけはデレデレすぎる件  作者: ルベン


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第6話:光の賢者は完璧な聖女? 眩しすぎる誘惑と、大聖堂の秘密

 深い地下の底、土の香りに包まれた静寂。昨晩、ガイア様の「重すぎる愛」を全身で受け止めた俺は、微かな地響きを子守唄代わりに深い眠りについていた――はずだった。


「――闇に惑う子羊に、大いなる慈愛と、目を開けていられないほどの光を」


 唐突に耳元で響いたのは、天上の竪琴よりも澄んだ、しかしどこか有無を言わせぬ圧力を秘めた朗々たる声。


 次の瞬間、俺の視界は漆黒から、網膜を焼き焦がさんばかりの純白へと塗り替えられた。


「うわぁっ!? ま、眩しいっ!」


「おはようございます、アルトさん。不浄なる大地の底で、泥にまみれて眠る貴方を救い出しに来ました。さあ、私という名の光を仰ぎなさい」


 そこにいたのは、金髪の長髪を神々しい後光で輝かせ、純白の聖衣に身を包んだ女性。光の賢者、ルミナ様だ。


 彼女は国民から「生きる女神」「慈愛の化身」と崇められる聖女であり、その微笑み一つで末期の病すら治癒すると言われている――が、俺を抱き上げるその腕の力は、聖女というよりは剛力の戦士のそれだった。


「ル、ルミナ様!? 離してください、まだ寝間着なんですけど!」


「構いません。その汚れきった寝間着ごと、私の聖なる光で漂白……いえ、浄化して差し上げます。さあ、天へと昇りましょう!」


 彼女が指先を天に掲げると、俺の身体は重力を無視して浮き上がった。そのまま大聖堂の頂上、雲を突き抜けるほど高い場所にある彼女の瞑想室へと、光の速さで連れ去られた。


 王都大聖堂、最上階。


 そこは一般の信徒はおろか、高位の司祭ですら立ち入ることを許されない「聖域中の聖域」だ。


 ステンドグラスから差し込む七色の光が、白い大理石の床に幻想的な模様を描き出している。だが、ルミナ様は扉を閉めた瞬間、その「完璧な聖女」の仮面をガシャリと音を立てて脱ぎ捨てた。


「……アルトさぁぁぁぁぁぁん!! 寂しかったです、死ぬかと思いました! 地下の土の女に一晩も拉致されるなんて、私の光が届かない場所で何をされていたんですか、具体的に、秒単位で詳しく教えてください!」


 さっきまでの凛とした声はどこへやら。


 ルミナ様は俺の腰に猛烈な勢いで抱きついてくると、顔を俺の胸にグリグリと押し付けてきた。


「ちょ、落ち着いてくださいルミナ様! ただガイア様のお世話をしていただけですから!」


「ダメです! 貴方の皮膚の毛穴一つ一つまで、土の魔力で汚染されています! 許せません、すぐに私の光で上書きしなければ。さあアルトさん、こちらへ!」


 彼女に引きずられるようにして、部屋の中央にある巨大な祭壇――ではなく、妙に柔らかそうなクッションが敷き詰められた「お世話用スペース」に座らされる。


「ルミナ様、魔力が昂ぶっていますよ。また街中に光を振りまいて『奇跡だ!』って騒ぎを起こす気ですか?」


「仕方がありません! アルトさんが私を放置して、他の女たちのところばかり回るのが悪いのです! 私の魔力は嫉妬……いえ、慈愛の情熱で今にも爆発しそうなのですから!」


 彼女の背後に、不気味なほど眩しい光輪が幾重にも重なって出現する。


 光の賢者ルミナ。彼女の魔力は「信仰心」や「高揚感」に直結している。そして彼女にとって、アルトへの執着はもはや一つの宗教と化していた。


「……はぁ。わかりましたよ。そんなに光り輝かれたら、お昼寝もできませんし。魔力調整を始めます」


「待っていました! さあ、私の全てを貴方の体で受け止め、清め、そして私だけのものにしてください!」


 彼女は俺の正面に膝立ちになり、その細い手を俺の首筋に回した。


 光の魔力調整は、他の属性とは根本的に異なる。


 フレア様やシエル様が「放出」や「吸収」なら、ルミナ様は「同化」だ。


 彼女の全身から溢れ出す圧倒的な光を、俺という「無効化の器」が直接受け止め、乱反射を抑えて穏やかな光へと還元していく。


「失礼します、ルミナ様」


 俺が彼女の肩を引き寄せ、抱きしめる。


 その瞬間、瞑想室の中が真っ白に染まった。

 

 視界が完全に奪われる。何も見えない。


 ただ、腕の中にいる彼女の柔らかな体温と、鼓動の音だけが鋭敏に伝わってくる。

 

「……あぁ、アルトさん……。貴方の無属性な身体に、私の光が吸い込まれていく……。最高に、背徳的で、聖なる儀式です……」


 ルミナ様の吐息が、俺の耳元をくすぐる。


 視覚が封じられたせいで、彼女の囁きが脳の奥深くまで直接突き刺さるような感覚。


「アルトさん……分かっていますか? 貴方は私の『光』そのものなのです。暗いこの世界で、私だけを見つめてくれる唯一の瞳。……だから、他の女たちを見る必要なんてありません。私の光で、貴方の網膜を焼き付けて、私以外の光を映さないようにしてあげましょうか……?」


「……物騒なこと言わないでください。お世話係は、みんなを平等にお世話しなきゃいけないんです」


「平等? 嫌な言葉ですね……。神の前では平等ですが、愛の前では不平等であるべきです。……アルトさん、もっと強く。私を壊すほどに抱きしめて、光を使い果たさせてください……。そうすれば、私は貴方の腕の中でしか生きていけない、か弱い小鳥になれるのに……」


 彼女の魔力が、俺の体を通じて凪いでいく。


 真っ白だった視界が、次第に夕焼けのような優しい黄金色へと変わっていく。


 ルミナ様の身体から力が抜け、俺の胸に完全に体重を預けてきた。


「……ふふ、落ち着きましたか? ルミナ様」


「ええ。アルトさんに浄化されて、私は今、かつてないほどに聖女らしい清らかな気持ちです。……このまま、二人で天界まで駆け落ちしてしまいたいほどに」


 彼女はうっとりと目を閉じ、俺の頬をそっと撫でた。


 その指先は、確かに慈愛に満ちていたが……。


「……光、うるさい。……眩しすぎて、影が、薄くなる……」


 唐突に、足元から「声」がした。


 それも、大聖堂の床から直接聞こえてくるような、低くて、冷たくて、どこかダウナーな声。


「――っ!? この不浄な気配は……闇の女!」


「……ルミナ、声が大きい。……アルトは、もう、私の時間。……影の中に、引き込む……」


 見れば、ルミナ様が放つ強烈な光によって、俺の背後に伸びていた「影」が異常なほど濃く、長く変質していた。


 そしてその影の中から、真っ黒なローブをまとい、目の下にくまを作った少女――闇の賢者ノワール様が、ゆらりと這い出してきたのだ。


「ノワール様! なんでこんなところに! 貴女、光は苦手でしょう?」


「……アルトが、足りないから。……光に焼かれても、アルトを、連れ戻す。……ルミナ、離して。……アルトの匂い、光で、消える……」


 ノワール様は幽霊のような足取りで近づくと、俺の反対側の腕をがしっと掴んだ。


 冷たい。ガイア様の土の冷たさとも、シエル様の氷の冷たさとも違う、全てを無に帰すような、底なしの虚無の冷たさ。


「離しなさい、この引きこもり! アルトさんは今、光の導きによって救済されている最中です!」


「……救済、いらない。……浸食、する。……アルト、影の中に、おいで。……何もないけど、私、だけが、いる……」


 光の聖女と、闇の引きこもり。


 俺を間に挟んで、正反対の属性を持つ二大賢者が静かに、しかし激烈に火花を散らす。

 

「ちょ、待ってください! お二人とも、ここは聖堂の頂上ですよ! 魔法を使ったら、王都のシンボルが崩壊します!」


「構いません! 崩れたら私が光の奇跡で一瞬で直します!」


「……崩れた方が、闇が増える。……アルト、一緒に、落ちよう……」


 ルミナ様の光が爆発し、ノワール様の闇が渦を巻く。


 俺の右半身は眩しさで焼けそうになり、左半身は虚無に吸い込まれそうになるという、まさに「属性の板挟み」状態。


「――いい加減にしろおおおおお!!」


 俺の絶叫が、大聖堂の鐘の音のように響き渡った。


 数時間後。


 なんとかノワール様を影の中へ押し戻し(「……あとで、絶対、影の中……」という不穏な捨て台詞と共に)、ルミナ様を説得して地上へと降りた頃には、俺の精神エネルギーは完全に空っぽになっていた。


「アルトさん、今日の晩餐は私の特別席で、聖なるパンをあーんで食べていただきますからね。予約済みですよ?」


「……はいはい。まずは、シエル様とフレア様の喧嘩を止めてから、考えます」


 ルミナ様は、去り際に俺の耳元で「……次は、逃がしませんよ。私の騎士様」と熱い囁きを残し、光の粒子となって消えていった。


 自室に戻る廊下で、俺は窓から見える夕焼けを眺めながら、深くため息をついた。


 光があれば影がある。そして、そのどちらもが俺という「お世話係」を狙っている。

 

「……お世話係って、こんなに命がけの仕事だったっけな……」


 部屋に入ると、そこにはすでに不自然なほど「濃い影」が、ベッドの上で俺を待つように揺らめいていた。

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