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世界最強の七賢者がお世話係の俺にだけはデレデレすぎる件  作者: ルベン


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第5話:土の賢者は寡黙な職人。重すぎる愛は地下庭園で

 嵐のような突風にさらわれ、雲の上まで連れ去られたと思えば、今度は垂直落下に近い速度で地上へ引き戻される。


 お世話係という職に就いてからというもの、俺の三半規管は常に限界を迎え、命のストックがいくつあっても足りないような錯覚に陥る。


「……着いた。……アルト。……無事?」


 俺を抱えていた巨大な土のゴーレムが、重厚な音を立てて停止した。


 そこは、魔導塔の最下層よりもさらに深い場所に位置する、広大な地下空洞だった。


 地上では拝めないような巨大な発光植物が、淡く、温かな燐光を放ち、天井からは太い樹の根が幾筋も垂れ下がっている。空気はひんやりとしていながらも、どこか懐かしい土の香りに満ちていた。


 ゴーレムの肩から、一人の女性がふわりと降り立つ。


 土の賢者、ガイア様だ。


 地面に届きそうなほど長い茶色の髪を無造作にまとめ、ゆったりとしたローブに身を包んだ彼女は、眠たげな瞳で俺をじっと見つめた。


「……はい、なんとか無事です。ガイア様。助けていただいたのは感謝しますが、もう少しソフトな着陸をお願いできませんか……?」


「……善処、する。……それより、アルト。……約束」


 彼女は短い言葉と共に、俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。


 見た目こそ大人びていて、包容力のある「大地の母」のような雰囲気を漂わせているが、その実は一度掴んだ獲物を決して離さない、岩盤のような執着心の持ち主であることを俺は知っている。


「分かっていますよ。ハンバーグですよね。材料はゴーレムに運ばせてありますから」


 俺がそう言うと、ガイア様はわずか数ミリほど口角を上げ、満足げに頷いた。


 地下庭園の一角にある、彼女の工房兼キッチン。


 そこには彼女が趣味――というにはあまりに高精度すぎる――で作り上げた陶芸品や、複雑な魔導回路が組み込まれたゴーレムのパーツが整然と並んでいる。


 俺は慣れた手つきでエプロンを締め、ひき肉をこね始めた。


 トントンと野菜を刻む音が、静かな地下室に心地よく響く。


 だが、その背後に、常に「視線」を感じる。


「……あの、ガイア様。そんなに近くで見つめられると、作業しにくいのですが」


 振り返ると、ガイア様が俺のすぐ後ろ、文字通り息がかかるような距離に立っていた。


 彼女は無言のまま、俺の腰のあたりに腕を回し、顔を背中に押し当ててくる。


「……アルト。……いい匂い。……肉の匂いじゃなくて。……アルトの、匂い」


「ちょ、ガイア様! 包丁持ってるんですから危ないですよ」


「……大丈夫。……私が、守る。……土に、逃げれば、誰も、触れない」


 彼女の独占欲は、他の賢者たちとは質が違う。


 火のフレア様が「焼き尽くす」情熱なら、土のガイア様は「埋め立てて所有する」安定を求める。


 彼女は俺の背中に頬を摺り寄せながら、ポツリと不穏なことを呟いた。


「……アルト。……いっそ、足首。……地面に、埋めても、いい……? そうすれば、風にも、さらわれない。……ずっと、私の、工房に、いられる」


「却下です。そんなことをされたら、買い出しにも行けませんし、掃除もできません」


「……掃除、いらない。……私が、やる。……アルトは、ここに、座っていればいい。……私の、作品と一緒に」


 彼女はそう言って、作業台の上に置いてあった「何か」を俺に差し出した。


 それは、粘土で作られた小さな人形で、驚くことに俺の姿を完璧に再現していた。エプロンの皺の寄り方から、今俺が困っている眉の角度まで。


「……これ、僕ですか?」


「……自信作。……魔力を、込めた。……アルトがいない夜。……これと、寝てる」


「……」


 愛が重い。物理的にも精神的にも、地層並みの厚みを感じる。


 だが、そんな風に真っ直ぐすぎる(そして少々ズレた)愛情を向けられて、悪い気がしないのも事実だった。俺がこの塔に来てから、彼女たちは皆、俺という存在を自分の命の一部であるかのように大切にしてくれている。


「……ガイア様。ハンバーグ、焼けましたよ。座ってください」


 焼き上がった肉の香ばしい匂いが漂うと、ガイア様はようやく俺の背中から離れ、大人しく椅子に座った。


 彼女は提供されたハンバーグを、慈しむように、一口ずつ丁寧に口に運ぶ。


「……美味しい。……アルトの味。……大地の、恵みより、尊い」


「大袈裟ですよ。ただのハンバーグです」


 彼女が食事を楽しんでいる間に、俺は彼女の周囲に漂う「魔力」の密度が、急激に上昇していることに気づいた。


 彼女の感情が満たされるにつれ、地下室の重力が、じわじわと増しているのだ。


「……ガイア様。魔力が漏れています。重力調整をしないと、この建物が沈みますよ」


「……っ。……ああ。……満たされると、重くなる。……アルト。……助けて」


 彼女は食事を中断し、よろりと立ち上がった。


 ドォォォォォン……と、大気が鳴動するような圧迫感。


 普通の人間なら、この場に膝をつき、そのまま床に押し潰されるだろう。


 だが、魔力無効化体質の俺は、重力魔法の影響を一切受けずに彼女の元へ歩み寄ることができた。


「……『魔力調整マナ・チューニング』ですね。失礼します」


 俺は彼女の腰を引き寄せ、正面から強く抱きしめた。


 ガイア様の身体は、見た目のしなやかさからは想像できないほど、ずっしりと重厚な存在感を放っている。

 

 俺の胸に顔を埋める彼女の、細い背中に手を回す。

 

「……っ…………」


 彼女の喉から、押し殺したような、けれど熱い溜息が漏れた。


 彼女の内側に溜まった「重すぎる魔力」が、俺の身体を通って、深く静かな地下の地脈へと還元されていく。


「……ふぅ。……アルト。……温かい。……重力が、軽くなる。……身体が、浮くみたい」


「溜め込みすぎなんですよ。もっとこまめに放出してください」


「……無理。……私の魔力。……アルトへの、想いと、比例する。……想うほど、重くなる。……支えられるのは、アルト、だけ」


 ガイア様は、俺の首筋に鼻先を押し当て、深く呼吸をした。


 その仕草は、どこか祈る聖職者のようでもあり、巣穴で獲物を守る獣のようでもあった。


「……ねえ、アルト。……このまま、固めて、しまいたい。……土と、混ぜて。……誰にも、邪魔されない、地底の、永遠。……二人だけで、石に、なっても、いい……?」


「縁起でもないこと言わないでください。石になったら、明日の朝食が作れませんよ」


「……朝食。……そう。……明日も、アルト。……私の隣に、いる……?」


 彼女は、縋るような瞳で俺を見上げた。


 普段の岩のような不動の賢者としての仮面が剥がれ、その奥にある、孤独を恐れる一人の女性の顔が覗く。


 俺は彼女の背中を、優しく、宥めるように叩いた。


「ええ。約束しますよ。……お世話係として、貴女を置いてどこかへ行ったりしません」


「……誓った。……嘘は、許さない。……嘘ついたら、この塔、丸ごと、土に、還す……」


 重すぎる誓いの言葉と共に、彼女の腕の力がさらに強まる。


 このまま、二人だけの静かな地下庭園で時が止まってしまうのではないか――そう思った、その時だった。


 ――バァァァァァァァンッ!!


 地下室の天井を突き破り、一筋の、あまりに強烈な「黄金の光」が降り注いだ。


「――そこまでです、ガイアさん。地下の湿った空気の中で、アルトさんを独占しようなて、あまりに不衛生だと思いませんか?」


 眩い光の中から現れたのは、純白の聖衣をまとい、背後に幾重もの光輪を背負った女性――光の賢者ルミナ様だった。


 彼女は慈愛に満ちた(しかし目は一切笑っていない)完璧な聖女の笑みを浮かべて、空中で静止している。


「……光。……眩しい。……消えろ。……ここは、私の、家」


「あらあら、ガイアさん。独占欲も度を過ぎれば罪となりますよ? さあ、アルトさん。光の指し示す場所へ戻りましょう。貴方は地下で泥にまみれるべき存在ではありません」


 ルミナ様が優雅に手を差し伸べると、彼女の指先から放たれた光が、ガイア様の重力結界を強引に焼き払っていく。


「……アルト。……行かないで。……ここに、いて」


「アルトさん、こちらへ。今なら特別に、私の聖なる癒やしを与えて差し上げますわよ?」


 地底の重力と、天上の閃光。


 二つの巨大な魔力が激突し、地下庭園は今やホワイトアウトとブラックアウトを繰り返す混沌の極地と化していた。


「……あ、あの……お二人とも! 食事が冷めるし、何より、僕が一番眩しくて重くて困ってるんですけど!」


 俺の叫びなどどこ吹く風。


 ルミナ様は光の速さで俺の腰を抱き寄せ、ガイア様は地面から伸びる岩の手で俺の足をがっちりと固定した。

 

「……渡さない。……私の、土」


「いいえ、私の光です。さあ、聖戦の始まりですね」


 ――結局、その日の晩餐は、引きちぎられんばかりに左右から引っ張られた挙句、光の魔法で強制連行されるという、これまたお世話係の規約にはない過酷な結末を迎えることとなった。


 地上へと連れ戻される俺の耳元で、ガイア様が最後にボソリと、重厚な声を響かせた。


「……明日も、地下に。……逃げても、無駄。……地面は、どこまでも、繋がっているから……」


 どうやら、俺の逃げ場は、文字通りこの世界のどこにも存在しないらしい。


 自室のベッドに倒れ込みながら、俺は明日への不安と、それ以上の「騒がしい愛」への心地よい諦めと共に、重い瞼を閉じるのだった。

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