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世界最強の七賢者がお世話係の俺にだけはデレデレすぎる件  作者: ルベン


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第2話:火照った身体を冷やすのは、お世話係の指先

 嵐のような朝食の時間が終わり、ようやく『七彩の魔導塔』に静寂が戻ってきた。


 ……といっても、それは表面上の話だ。


 この塔に住まう七人の賢者たちは、それぞれが国家を揺るがすほどの巨大な魔力の源泉である。彼女たちが感情を昂ぶらせれば、それだけで塔内の物理法則や気温は容易に変質してしまう。


「ふぅ……。食器の片付けは終わったし、次は廊下のワックスがけか」


 俺、アルトは、使い慣れたモップを手に取った。


 だが、その瞬間。


 廊下の曲がり角から押し寄せてきたのは、サウナのロウリュを思わせるような、凄まじい熱風だった。


「……また始まったか」


 額に滲んだ汗を拭い、俺は温度の出所を察した。


 三階の東側。火の賢者フレア様の私室がある区画だ。


 普通の人間なら、この熱気に触れた瞬間に喉が焼け、意識を失うだろう。だが、魔法耐性という名の『無感覚』を持つ俺にとっては、単に「少し蒸し暑いな」程度の不快感でしかない。

 

 俺はモップを壁に立てかけ、廊下の突き当たりにある深紅の扉へと向かった。


 扉のノブは、すでに赤熱している。普通の家なら火事騒ぎだが、ここではこれが日常茶飯事だ。


「フレア様。アルトです。入りますよ」


 返事を待たずに扉を開ける。


 中から溢れ出したのは、ゆらゆらと陽炎が立ち昇るほどの超高熱だった。


 部屋の中央、豪華な天蓋付きベッドの上で、フレア様が悶えていた。


「……あ、あると……? 来ないでって、言ったでしょ……。今の私は……制御が……」


 フレア様は、いつもの勝ち気な法衣を脱ぎ捨て、薄手のキャミソール一枚という極めて無防備な格好で横たわっていた。


 白い肌はリンゴのように真っ赤に上気し、全身からうっすらと蒸気が立ち上がっている。彼女が吐き出す息そのものが、小さな火の粉を含んでいるかのようだ。


「朝食の時、少し熱くなりすぎましたね。アクア様とウェンディ様を牽制するために、魔力を練りすぎた結果です」


「うるさいわね……! あの二人が、あんたにベタベタするから……っ。私が、火をつけて追い払ってやろうと思っただけよ……!」


 フレア様は苦しげに瞳を潤ませながら、俺を睨みつける。


 彼女たち最強の賢者は、その強大すぎる魔力を常に体内で循環させている。だが、嫉妬や怒りで感情が激しく動くと、その循環が滞り、余剰魔力が「毒」となって自分自身の体を焼き始めるのだ。

 

「仕方ありませんね。……『魔力調整マナ・チューニング』を始めます。こちらへ」


 俺がベッドの端に腰を下ろすと、フレア様は一瞬だけ「ひっ」と喉を鳴らし、それから期待と羞恥が入り混じったような複雑な表情で、ゆっくりと身体を起こした。


「……優しくしなさいよ? あんた、魔力を吸い取る時……結構、強引なんだから」


「我慢してください。放置すれば、今夜中にこの塔が溶けてしまいますから」


 俺は彼女の背後に回り、熱を帯びた白い肩にそっと手を触れた。

 

 ――じゅわっ、と音が聞こえそうなほどの熱。


 だが、俺の指先が触れた瞬間、その部分から「熱」が急速に引いていく。


 俺の体質は、彼女たちの魔力を一方的に中和し、吸い上げる『アース(接地)』のような役割を果たす。


 俺にとっては、ただ重たい泥を汲み上げているような感覚なのだが……受け手である彼女たちにとっては、そうではないらしい。


「ぁ…………っ、ふ……」


 フレア様の背中が、びくんと小さく跳ねた。


 俺の指先が、彼女の背骨に沿って滑る。滞った魔力の塊を探り当て、それを俺の体を通して霧散させていく。


「痛いですか?」


「ちが……痛くない。痛くないけど……。あんたの手、冷たくて……気持ちいいっていうか……その……頭の中が、真っ白に……なるのよ……」


 彼女の吐息が、甘く、熱く、俺の頬を撫でる。


 フレア様の髪から漂う、微かな焦げたような、それでいて甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。

 

 魔力調整とは、いわば魂の深い部分を弄る行為だ。


 無効化体質の俺には分からないが、賢者たちにとってこれは、どんな愛撫よりも深く、情動を揺さぶるものらしい。


 彼女の柔らかな肌の下で、ドクドクと脈打つ魔力の鼓動。それが俺の指を通して、静かに凪いでいく。


「……あんたって、本当にデリカシーがないわよね」


 フレア様が、掠れた声で呟いた。


 彼女の肩の力が抜け、俺の胸元に預けられるように後ろへ倒れかかってくる。


「こんなに、女の子の肌をベタベタ触って……。私たちが、どんな気持ちでいるか……これっぽっちも分かってないでしょ」


「分かっていますよ。皆さんが早く健康になって、また元気に僕を困らせてくれるように、一生懸命お世話しているつもりです」


「……バカ。そういうことじゃないわよ。……ほんと、救いようのないバカ。……お世話係なんて、やめて、私の専属の騎士にでもなればいいのに……」


 フレア様の手が、俺の膝の上に置かれた俺の左手を、そっと握りしめてきた。


 彼女の手のひらは、まだ少し熱い。けれど、それは魔力の暴走による熱ではなく、もっと純粋で、人間らしい体温の熱だった。


「アルト……。私、あんたがいないと……もう、自分じゃいられない気がするわ」


「それは困ります。僕がいなくても、フレア様は世界を導く気高き火の賢者なんですから」


「……あんたの前でだけは、賢者なんて、やりたくないのよ」


 彼女はくるりと身体を反転させ、俺の首に腕を回した。


 至近距離。


 揺れる紅蓮の瞳が、俺の視線を逃さないように捉える。


 彼女の顔は、さっきまでの病的な赤みではなく、可憐な少女のような恋の赤に染まっていた。


「ねえ。魔力調整……まだ終わってないわよね? もっと、奥の方まで……吸い取ってよ。そうしないと、私……また爆発しちゃうかもしれないわ」


「フレア様……」


 彼女の顔が近づく。


 触れ合う鼻先。


 世界最強の賢者が、ただの一人の少女として、俺に救いを求めている。


 お世話係として、これに応えるべきか。それとも――。


 その時だった。

 

 パキィィィィィィィンッ!

 

 部屋の扉が、凄まじい音を立てて内側から凍りついた。


 そして、爆発的な氷結魔法によって、扉が粉々に粉砕される。


「……そこまでです。火の賢者。これ以上の独占は、塔の平和を乱す『宣戦布告』と見なします」


 冷徹な声と共に、部屋に吹き込んできたのは絶対零度の吹雪。


 そこに立っていたのは、銀色の髪をなびかせ、氷の瞳に「怒り」という名の冷徹な光を宿した、氷の賢者シエル様だった。


「シ、シエル!? あんた、人の部屋に土足で……っ、というか扉を壊して入ってくるんじゃないわよ!」


「……修理代は私の経費から出します。それよりアルト。火の魔力調整は終わったはずです。次は、私の番。……私の心臓の周りが、アルトに触れられない寂しさで、今にも凍りつきそうなのです」


 シエル様は無表情のまま、ずんずんとベッドに近づいてくる。


 彼女の足跡からは、次々と氷の薔薇が咲き乱れている。これは明らかに「嫉妬」による魔力の昂ぶりだ。


「アルト。行きますよ。……この不潔なサウナ部屋に長居すると、アルトの純潔が溶けてしまいます」


「ちょっと、誰が不潔よ! 言わせておけば……!」


 フレア様が再び炎を巻き上げ、シエル様がそれを氷の壁で遮断する。


 部屋の中は、一瞬にして灼熱と極寒が入り混じる地獄絵図へと変貌した。


「……お二人とも、喧嘩はやめてください! 部屋が、部屋が壊れます!」


 俺の叫びも虚しく、最強の二人の「お世話係争奪戦」はさらに激化していく。


 どうやら、俺の長い午後は、まだまだ終わりそうにない。

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