14 ロータス 後
19歳になったマリー嬢には笑顔も少しずつ増えていた。
家の立て直しには時間がかかりそうだが、社交界での顔合わせが済めばいくらでも縁談が舞いこむはずだ。
こんなに可愛らしい人なのだから。
(結婚したら俺は追い出されるかもな。マリー嬢はそんな人間ではないが、自分をどう思っているか分からないし‥)
自分との仲は良いがあくまで使用人として。もし兄くらいに慕ってくれていたら良いのだけれど‥
マリー嬢が伯爵へ就任して初めての夜会。
久しぶりに着飾った彼女は美しいだけじゃなく、俺の目は釘付けになった。
(な、胸が、谷間? そこまであったっけ? いやいや、見るな俺。失礼だろマリーさんに)
資金が逼迫しているからドレスは手持ちの物を着ると言っていたはずだ。
「もっと大人しい服はなかったのでしょうか」
「これが1番大人しかったの」
着替えは却下された。
「ドレスの1着くらい作っておくべきでした」
他の男たちの視線が予想できてしまう。
あと遊び好きだった噂は本当なんだと思い、なぜか落ちこんでしまった。
(落ち着け、今日はマリー嬢のサポートに徹しろ自分)
会場にはオリバーとサルビア嬢も参加している。
久しぶりの姉妹との再会に喜ぶマリー嬢を見守っていたら、オリバーが声をかけてきた。
「友人が婿入り先を探しているのだが、マリーゴールド嬢はどうだろう」
どうだろう? 自分は何と返すべきなんだ?
何も考えられなくなった俺に、幼馴染はニヤリとささやいた。
「お前が幸せにしないのなら、他の奴にさらわせるぞ」
ぞっとする。
覚悟はしていたはずなのに、いざ具体性が上がると気分の悪さを止められない。
(自分が、彼女と?)
しかしそれはそれで想像しづらいよな。
オリバーばかり見ていた彼女が、こんな自分にふり向くはずはない。
ダンスを踊る彼女は輝いていた。
この人を自分の腕で抱きしめられたら。
悶々と悩みながら彼女の側を離れる。
そしてすぐ後悔することになった。顔だけしか取りえのなさそうな男が、マリー嬢に付きまとっていたのだ。
(昔の恋人だろうか)
そう思っただけで頭が熱くなる。
(彼女から離れろ。不躾に見るな、触るな)
マリー嬢がはっきり嫌がっている。
俺はホッとしながら助けに急いだ。
「もう新しい恋人がいるの。昔のことなんて忘れました」
彼女の言葉に自分も合わせる。フリであっても嬉しいから。
ほんの少しのことで気分が乱高下した。
マリー嬢にオリバーが顔を寄せただけで。
あいつが何かをささやいて彼女があわてただけで。
(さっきの縁談の話か)
頭が沸騰する。自制心が消えて行くのが分かった。
(他の男には渡さない)
たとえ彼女が見ているのが自分じゃなくても。
これ以上自分以外の誰かと一緒の彼女を見るのが辛く、帰宅を急いてしまった。
「オリバーとは何を話していたのでしょうか」
疲れた彼女が寝室で休もうとしている所まで邪魔してしまう。
縁談の話だったのか、ただ冗談を言われただけなのか、それだけでも教えて欲しい。
「ええっと、休んでから考えるので、明日でいいですか?」
彼女の目が泳ぐ。冗談ではなかったようだ。もっと真面目な内容だろう。
「今の俺には聞かせられない内容なんですか」
だとしたらやはり誰かを紹介されたのだ。
(どこの家の誰と?)
あせって彼女に詰め寄ってしまった。
「じゃあずっと一緒にいて下さる?」
耳に届いたのは信じられない言葉。
「話をしたら、離せなくなってよ」
マリー嬢が、俺にすがり着いてきた。
「いいんですか、俺で」
きれいな瞳に見つめられて俺は‥我に返る。
(しまった、令嬢の部屋に無断で入っている)
しかも彼女のドレスは胸元が開かれているデザイン。ふっくらとした肌が至近距離で視界を直撃する!
この状況はまずい。
「あ、あ、申しわけありません」
執事として失格だ。あわてて部屋を飛び出した。
(何をやっているんだ自分は)
後悔と、そして願望。
(あのまま部屋に留まっていたら今頃‥うわああ考えるな俺ぇ)
自責の念から一睡もできなかった。




