第三十三話:名前が決まるとき、世界が定着する
名前がない状態は、
不安定だ。
それは自由でもあるが、
居場所が定まらない、
ということでもある。
この家には今、
名前のない存在がいる。
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――飼い主視点――
「なんて名前にしようか」
声に出した瞬間、
責任が生まれる。
名前は、
拾った証拠だ。
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――ミケ視点――
来た。
重要な局面だ。
名前が付くと、
この家は、
二匹用に再編成される。
俺は、
耳を向ける。
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――子猫視点――
なまえ。
それ、
なに。
たべもの?
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――飼い主視点――
「白いとこ、多いよね」
「でも、ちょっと茶色もあるし」
候補が、
宙を漂う。
軽い名前。
呼びやすい名前。
未来を考えない名前。
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――ミケ視点――
軽すぎる。
名前は、
音ではない。
役割だ。
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――飼い主視点――
「……シロ?」
「いや、安直かな」
迷いが、
家に残る。
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――子猫視点――
よばれてる?
ちがう?
わかんない。
でも、
あたま、
なでられた。
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――ミケ視点――
撫でられている。
それは、
もう保護対象だ。
ならば、
名前は必要だ。
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――飼い主視点――
ふと、
ミケを見る。
変わらず、
静かに座っている。
でも、
目は、
こちらにある。
「……ミケが、
怒らない名前がいいな」
思わず、
口に出る。
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――ミケ視点――
怒らない、
ではない。
納得する、
だ。
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――飼い主視点――
「ミケと、
並べたときに、
変じゃない名前……」
考える。
そして、
口にする。
「――コハク」
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――子猫視点――
こ、
はく?
それ、
ぼく?
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――ミケ視点――
コハク。
柔らかい。
だが、
軽すぎない。
成長しても、
耐えられる。
悪くない。
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――飼い主視点――
「コハク、
おいで」
呼ぶ。
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――子猫視点――
よばれた。
ぼく。
これ、
ぼくの音。
いく。
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――ミケ視点――
動いた。
呼ばれて、
来た。
世界が、
一段、
固定された。
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夜。
二つの箱。
だが、
空気が違う。
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――ミケ視点――
名前が決まると、
距離は、
測れるものになる。
ミケ。
コハク。
二つの音が、
この家に並ぶ。
俺は、
先住だ。
それは、
守る側でもある。
世界征服とは、
名付けを許すことだ。
世界に、
居場所を与えることだ。
コハクは、
まだ小さい。
だが、
もうこの家の一部だ。
俺は、
三歩の距離を保ったまま、
目を閉じる。
名前がある世界は、
眠っても、
消えない。




