第二十九話:名前を呼ばれるとき、称号が増える
俺の名前は、
ミケだ。
それは事実だが、
それだけでは足りない。
人間は、
俺を様々な名前で呼ぶ。
「ミケ」
「ミケちゃん」
「おまえ」
「ちょっと待って」
呼び方が変わるたび、
立場も、役割も、
微妙に変わる。
俺は、
それを聞き逃さない。
⸻
朝。
「ミケ、朝だよ」
これは、
起床命令ではない。
確認だ。
世界が、
俺の存在を前提に
動き始める合図。
俺は、
目を開けない。
まだだ。
⸻
昼。
「ねえ、ミケさあ」
これは、
独り言に近い。
返事は、
求められていない。
俺は、
尻尾だけ動かす。
聞いている、
という称号を得る。
⸻
夜。
「ミケぇ……」
声が、
柔らかい。
これは、
感情の投影だ。
俺は、
近づく。
撫でられる。
この時の俺は、
支配者ではない。
だが、
守護対象でもない。
対等、
という称号だ。
⸻
名前とは、
固定された記号ではない。
状況によって、
意味が増える。
俺は、
その全部を引き受けている。
世界征服とは、
名前を増やすことだ。
ひとつの存在に、
複数の意味を持たせることだ。
⸻
その日、
人間が電話をしていた。
「子猫、
まだ小さくて……」
俺は、
聞いていないふりをした。
だが、
音は、
耳に入る。
子猫。
その言葉は、
軽い。
軽すぎる。
だが、
世界を変えるには、
十分な重さだ。
⸻
俺は、
窓辺に座る。
まだ知らない匂い。
まだ見ぬ気配。
それは侵略か。
同盟か。
それとも、
教育対象か。
分からない。
だが一つだけ、
確かなことがある。
もし新しい名前が、
この家に増えるなら。
俺の名前も、
変わる。
「先住」
「兄」
「譲らないやつ」
称号は、
増える一方だ。
世界征服は、
孤独では続かない。
ミケは、
そのことを知っている。
まだ姿のない誰かに向けて、
俺は、
ゆっくり瞬きをした。
準備は、
いつでもできている。




