第二十八話:ごはんが遅い日は、外交問題である
時間は、
腹時計で測るものだ。
俺の腹時計は、
かなり正確だ。
だから分かる。
今日は、
遅い。
台所は静かだ。
袋の音がしない。
皿も鳴らない。
これは、
意図的な遅延である可能性が高い。
俺は、
第一次接触を試みる。
人間の視界に、
静かに入る。
ただ立つ。
鳴かない。
見つめる。
外交は、
威圧から始めてはいけない。
反応なし。
ならば、
第二段階だ。
足元を横切る。
これは、
領空侵犯に近い。
「もう少し待ってね」
来た。
だが、
曖昧だ。
「少し」は、
測定単位として不適切だ。
俺は、
尾を一度、
床に打ちつける。
これは警告だ。
人間は、
時計を見る。
その仕草が、
腹立たしい。
腹が鳴っているのは、
俺だ。
第三段階。
空の皿の前に座る。
これは、
国連への提訴に相当する。
人間は、
苦笑いをする。
「あと五分」
五分。
それは、
人間時間だ。
猫時間では、
一食分に相当する。
交渉は、
膠着状態に入った。
俺は、
最終手段を選ぶ。
台所に入る。
冷蔵庫を見る。
袋の棚を見る。
記憶を呼び起こさせる作戦だ。
人間は、
観念する。
「はいはい」
勝利だ。
袋が鳴る。
音は、
世界で一番美しい外交文書だ。
皿が置かれる。
俺は、
一拍置く。
すぐに食べては、
交渉の意味が薄れる。
少しだけ、
待つ。
それから、
食べる。
うまい。
だが、
それ以上に重要なのは、
秩序が回復したことだ。
ごはんが遅い日は、
小さな戦争の前触れだ。
しかし、
外交で解決できるなら、
それに越したことはない。
世界征服とは、
力で奪うことではない。
腹が空いた者を、
空かせない仕組みを、
維持することだ。
今日も、
平和は、
皿の上に盛られている。




