第二話:掃除機は、神話的存在である
昼という時間帯は、陰謀が最も育ちやすい。
人間が油断し、猫が本気を出すからだ。
俺はソファの背もたれという高台から、王国を見下ろしていた。
昼下がりの部屋は静かで、静かすぎて、逆に不穏だった。静寂というのは、いつも破られるために存在する。まるで嵐の前の雲みたいに、形だけ整っている。
人間は何かを企んでいる。
俺は尻尾の先で、それを察知した。
――来る。
その瞬間、天井裏から雷鳴のような唸り声が響いた。
掃除機だ。
あれは兵器ではない。
神話だ。
人類が、自分たちの罪を一身に背負わせるために生み出した、音の怪物。姿を見せる前から恐怖を振りまき、床という床を浄化という名の破壊で塗り潰す。
俺は一歩も動かなかった。
王は、簡単には逃げない。
だが、掃除機がこちらへ向かってくる。
コードを引きずる姿は、まるで内臓を外に晒した怪獣のようだ。口から吐き出す轟音は、俺の鼓膜を直接殴ってくる。
まずい。
これは想定外だ。
俺はソファから飛び降り、廊下へ退いた。退却ではない。戦線の再構築だ。廊下は細く、逃げ場が多い。地形的に有利である。
だが、掃除機は容赦がなかった。
あれは感情を持たない。だからこそ強い。恐怖や慈悲といった余計な感情を排した、純粋な破壊衝動の塊だ。
俺は洗面所へ逃げ込み、洗濯機の裏に身を潜めた。
埃と湿気の混じった空気が、肺にまとわりつく。ここは辺境の地。だが、こういう場所にこそ、革命の火種は眠っている。
掃除機の音が遠ざかる。
勝った……わけではない。
今日は生き延びただけだ。
しばらくして、人間の声がした。
「ミケー?どこ行ったの?」
探している。
俺を、心配しているつもりらしい。
だが勘違いしてはいけない。
支配者は、姿を見せないことで恐怖を植え付ける。
俺はあえて出て行かなかった。
沈黙は、最上級の演出だ。
やがて人間は諦め、掃除機を片付けた。
世界に、再び平穏が戻る。
俺はゆっくりと姿を現し、何事もなかった顔で毛づくろいを始めた。
毛並みを整えることは、敗北を隠すためではない。
次の戦いに備える、儀式だ。
人間は俺を見て、笑った。
「そんなとこにいたの。怖かった?」
違う。
あれは、試練だった。
神話はいつか、物語になる。
物語になったものは、いずれ支配できる。
俺は目を細め、窓の外を見た。
世界征服への道は、まだ掃除されていない。




