神話の先
鶏たちのためにクローバーを植えさせた庭にはそこらじゅうに穴が空き、池の水も干上がっていた。
外壁に焦げはあっても邸内の被害は少ない。ひとり暮らしといっても使用人がいる。
会いたくない人物の一人が姿を現した。
「ちゃんと食って、寝てるか?」
「兄上……。用件なら手短に」
「忙しそうには見えないよ」
エドガーは床に手足を投げ出し仰向け。仕事部屋に空いた天井から、夜空を見ていた。
どれ、とリシャールも隣に寝転ぶ。
「月……見えないな」
星は綺麗だか、うっすらと三日月が浮かぶ。
兄の顔を見ようともしないエドガーはじっとしたまま。
「……ノエルに見せたかった」
二人で見た星空はとても綺麗だった。でも今は胸が締め付けられるだけ。
「ノエルは、一人しかいない」
「そうだね」
迷子になった森で彼女を見つけた時に、どうしてすぐに声をかけなかったのだろう。
先に出会っていたなら……。
兄は諦めろも、頑張れも言わない。その代わりにいいものをやると懐から何やら取り出す。
「ほら。これ、読みたかったんだろう」
「どうしてこれを!」
飛び起きて、兄の手から奪うようにとった。探し求めていた神話の続き。
「クリスタ様が離れに入れてくれた。ああ、ノエルちゃん達は今、森の家。ばれてないよ」
ふたりがいない間に徹底的に調べろと。何をとは言われなかったが、見当はつけていた。
ノエルの使っていた古代文字と現代語を併記した帳面を見つけ、持ち出した。
エドガーは帳面片手に、神話のページをめくる。
「<ここにはない場所>や人形のことが書いてある!」
「頑張れよ」
肩をぽんと叩き、兄は消えた。
――神話の先
愚かな人々の罪をあがなうために、金目の少女は魔獣王と約束を交わす。
魔獣王は、穢れた魔獣を清めるために、<ここにはない場所>を作った。
金目の乙女は<ここにはない場所>で祈りの歌を歌う。
金目の少女が生まれるのは、禍や世が動くとき。
戦争や飢饉が起これば、人から瘴気のもとが大量に吐かれる。多くの魔獣が歌を欲した。
平和な時に金目の少女は生まれない。
それでも歌は必要だ。
そのためのオルゴール。動かすための魔力を人形に残す。
「大きな禍」
赤い布が頭によぎった。
「ノエルが生まれたのは……」
僕と出会うためではない。彼女には使命があった。
それでも出会った。
神話はまだ数ページ残っている。
「この絵は何だろう……」
最後のページには空に浮かぶ満月と、見たことのない建造物が書かれていた。
大きな階段をのぼる魔獣たち。階段下で魔獣を見送るのは魔獣王だろう。
古代文字がひとつ書かれていた。
『無』
ひどく胸騒ぎがする。
この目で確かめに行かなくては。
エドガーは立ち上がり、兄を緊急と呼ぶ。
「兄上! お力を貸してください!」
何事かと現れた兄をまた転移魔法陣にのせる。
「いきなり何? えっ……また転移?」
「当分、帰れませんから」
「……」
エドガーの目に力が戻っている。何かを突き止めたんだ。
兄の力というより、ラウルの血――魔力が欲しいのだろう。
「ラウルも救えるのか?」
「ノエルの泣く顔は見たくないからね」
「わかった」
エドガーが唱える。「オベール村!」




