ひとつ、お願いします
次の日。
シャルルが、マリエッタを保護区へ連れてきた。
マリエッタは、ノエルの送った服を着ていた。
体は以前ほどではないが痩せて、人に見えなくも、ない。
「どうせなら、王都へ行きたかった。二人で歌劇を見るって言ったわよね」
もうマークスの姿ではないシャルルに、「早く連れて行け」と命令する。
相変わらずだと、笑ってしまう。
でも、ほんの少し、柔らかな響きも含まれている気がした。
彼女の中で、何か変わってきたのだろう。
「仲がいいのね」
「あら。お姉様は、まだ、独り身なのね」
勝ち誇った顔。口は減らないのね。
でも、これくらいの方が張り合いがあっていいか。
もう前みたいに、大人しく聞き流すことはしない。
「服はもう送らない。旦那様に買って貰いなさい」
「だめよ! お姉様の服がいいの」
人のものが欲しいのか、知らずとも浄化の文字入りを求めているのか。
「今日は、お猿の女王に、会わせい人がいるの」
「キキー! どこかの王子様かしら!」
「そう……ね。うん。王子様もいる」
シャルルが首を横にふるが、じっと睨み返した。
いつまでも、シャーリーを隠してはおけない。
「ここにいるわ」
扉を開けると、身なりを整えた伯父アランが座っていた。
「マリー……」
「お……父様が……なぜ、ここに」
マリエッタの顔が引きつる。
逃げだそうとするが、扉は開かない。
この、魔法。もしや、離れの扉が開かなくなったのは……。
「ラウル。あとで、じっくり、お話しましょうね」
石が一瞬、震えた。
「マリエッタ、座りなさい。話を聞くのよ」
伯父が口を開いた。
墓守りに姿を変えていたこと。
記憶が無くなっていたこと。
「マリエッタ。墓守りは、言葉はわからなくても、いつもあなたに話しかけようとしていた。違う?」
マリエッタは黙って、下を向いていた。
だが、肩は震えていた。
「マリー……。また歌を聞かせておくれ。わたしはそれだけで、満足なんだよ」
古代文字が読めなくても、金目でなくてもいい。自分の娘はお前だと。
「歌劇には行かない。歌手より、わたしの方が上手いもの」
震える声のマリエッタが、シャルルの胸に顔を埋める。
素直じゃないなあ。
「マリエッタ、顔あげて」
エマがシャーリーを抱いて、入ってきた。
「その子は……」
「可愛いでしょ」
シャーリーは長い尻尾は残っているが、人の子に変わっていた。
まだ魔力は少ないし、使っても不安定。すぐにお猿に戻った。
シャルルはエマからシャーリーを受け取り、マリエッタに見せた。
「幼獣の頃のわたしにそっくりだ。森一番のイケメンになるぞ」
「違うわよ。国一番よ。貸しなさい」
赤ん坊なんて嫌い、と言いながら、目を細めるマリエッタ。
「世話はあんたがするのよ。それなら、連れて帰ってもいいわ」
「今日から一緒だぞ!」
シャルルはシャーリーを高く抱き上げた。
ラウルの……人の子と信じて、産んだのは魔獣の子。
今までのマリエッタなら、迷わず捨てる。
でも今は違う。一人じゃないもの。
きっと次に会う頃には、マリエッタも人に戻っている。
シャーリーに、石を持たせた。
ベロベロ舐められたが、扉の件はこれで帳消しとでも思ったのだろう。よだれまみれになっても、されるがまま。
まあ、追求はするけど、今回はこれで勘弁してあげる。
「伯父様は、王都の屋敷に戻られますか?」
「いや。もう、このまま死んだことにしておいてくれ」
苦笑していた。
伯母様と会うのは嫌なのね。
では秘密にしましょう。
父にだけは知らせる。
伯父は、お猿の郷へ行きたいと言い出した。
家族がそろうのはいい。
ふと、森の家で一人過ごす、自分の姿を想像した……。
「ノエルには迷惑をかけたな。わたしに何か出来ることがあれば、遠慮なく言っておくれ」
では、伯父様にひとつお願いを。
石には聞こえないように、小さな声で。




