もう鈴は鳴らさない
「母と暮らした家に帰ります」
小さなため息を吐かれた。
我が儘くらい、いくらでも聞くよ。
最初はそんな甘い空気だった。
でも、もう二度と王都へは戻らないと告げた。
瞬間。
顔色が曇った。
誰と暮らすのかと聞かれた。
アメリは連れて行くのか。
首を振った。
「……一人で?」
うなずいた。
少しほっとされたような、物思わしげな。
「僕も……」
「だめです。あなた様にはお立場もお役目もあるでしょう」
「それは理由にならない」
「私は、この先を一人ですすみます」
「僕は……待たせても、もらえないのか」
「私は二度目の恋をした。でもそれは……」
聞きたくないと、背を向け、耳を塞がれた。
でも言わなくてはならない。
「愛ではなかったと、気づいたんです」
降り注ぐ日差しのような優しさは、心地良かった。
心の中で、鈴を何度鳴らしただろう。
太陽のような人。
でも……私には眩し過ぎた。
そして、二度と雲に隠れたりしないように願う。
「お世話になりました」
目をそらさずに言えた。
長い沈黙の後、頬を叩かれた。
初めて見るエドガー様の冷たい目。
「金目の乙女は、もう用済みだ」
扉が閉まった。
最後の優しさに、涙がこぼれた。
石は何も言わなかった。
離れに、荷物と文献をとりに戻った。
エマには事前に伝えてあって、一緒に行くと言ってくれた。
彼女がいなければ文献を読み解くことはできない。
そこへ、ひょっこりリシャール様が訪ねてきた。
なぜいきなり現れるんだろう。
もしや、エドガー様のことで……。
「約束通り、エマと出掛けるよ。準備して」
何も言わない。
賑やかで、冗談ばかり。
その裏で心配してくれているのはわかる。
強ばっていた顔が怖いよと、頬をつままれた。
「子どもじゃないんですよ。やめてください」
「ノエルちゃんは、怒ってるくらい元気な方がいいよ」
やっと、少しだけ笑うことができた。
準備といっても、人形を渡すだけ。
「嫌よ。クローゼットにさがっている服を着て、出掛けたいの」
ですよね。
鞄に詰めようとしたら、サイズ変わってたもの。
結局、私まで行くことになった。
ラウルを巾着に入れた。
デートではないけど、思い出作りにはいい。
最初に訪れたのは、劇場。
ホールには、保護区で療養していたメイド達がいた。
「いい席とってくれたんだよ」
リシャール様、奮発したんだ。また人気上がるかな。
隣に座ろうと、誘ってくれたボニーの顔色もすっかり良くなっていた。
教会に行ったら閉鎖されていて、歌姫ことマリエッタに会えず残念がっていた。
お猿の郷にいるとは言えない。
そういえば、シャーリーは元気にしているかしら。
何か入り用そうなものを送ろう。
母マリエッタの代わりに、せめて私が身内らしいことをしてあげないと。
お芝居は喜劇。
何度も笑った。
終わった後も、思い出し笑いした。
次は人気のカフェだ。
あの高級店ではない。
気取らない、可愛いお店。
エマの部屋と雰囲気が似ていた。
みんなが違うものを注文して、一口ずつ味見。
リシャール様だけ、一人珈琲を飲んでいた。
皿に隙間なく並んだケーキ。ほんの一切れずつなのに、手が伸ばさない。
遠慮なく、みんなで分けた。
皆と別れても町歩きを楽しんだ。
リシャール様はいつの間にかいなくなっていた。
エマがあちこちの店を覗きたがる。
服屋を何軒ものぞき、小間物屋で買い物。
時間がいくらあつても足りない。
図書館へも足をむけた。
「ここで出会ったのか」
そう言って、エマは本を探しに行ってしまった。
二人になった。
「ねえ、覚えている?」
ラウルをいつもの席へ置く。
眺めの良い席。柱の陰にあって、人目に気づかれにくい。
森の家に行ったらもうここへは来れない。
でも。
もしまた会うことができたなら、ここで。
外が見えなくなるまで、私達は黙って座っていた。
夜。
夜空を見上げた。
星が綺麗だ。
祈る。
太陽のような笑顔が、戻りますように。
石が静かに熱を帯びた。




