封印
エドガー様の体からあふれ出した、禍々しい魔の力に体を支配されていく。
突き放そうとするが、どうやっても逃れられない。
「くっ……」
もう息ができない。恐怖に体が強ばっていく。
エドガー様を救いたいのに。
何が金目の乙女だ。古代文字が少し読める程度の私では、手を足も出なかった。
「ノエルを返せ!」
金の糸は、エドガー様から離れ、私の体に巻き付いた。どんなに締め付けられようが、痛みは感じられなくなった。
少しだが体が離れた瞬間、息を吸った。
今度は肺が焼かれるような痛みが襲う。どす黒い瘴気を吸い込んでしまった。
肺に入った瘴気が身体中を駆け巡る。激痛に悲鳴を上げた。いっそ殺して欲しいとさえ思った。
心の中でずっと『浄化』と叫び続けたが、焼け石に水だった。
ラウルはこんなものをいつも体の中に取り込んでいたんだ。石に入っていた時は、今の比ではなかったろう。これが役目だなんて。
初めて運命を呪った。
そして、瘴気をこの世から無くしたいという彼の思いを、今、やっと理解できた。
「……ラウル……」
瘴気は一向に消えない。それどころかどんどん膨れ上がる。
このままではノエルが危ない。
ノエルの体が徐々に蝕まれていく。どす黒い瘴気が、彼女を逃すまいと体に巻きついていて、魔法が放てない。
エドガーは魔力を瘴気に変換しているのだろう。それが尋常じゃない速さで瘴気に変わっていく。
迷いはない。彼女を救うためだ。取り戻した魔力全てを使い果たしてでも、全てをこの身で吸い出してみせる!
「外に出せ!」
何を? と聞かなくてもわかる。
リシャールの転移魔術が発動された。瞬間、広間にいた人々の姿が消えた。
ラウルは姿を変えるのだろう。ノエルのためとわかっているが、これで弟は助かる。
人の気配が消えたと同時に、鹿に姿を変えた。そして七面が体に現われる。
蛇が大口を開けて、瘴気を吸い込む。だが取り込みきれない。
狼、猿、カラス……蛇が取りこぼした瘴気を吸い込むが、次第にその口が閉じていく。
やはり、ただの瘴気ではなかった。
呪いのかかった瘴気。
瘴気を取り込んだときに垣間見たエドガーの記憶。まさかと、戦慄が走った。
ドガールによって操られている。
死んだと思っていたが違ったのか。何処かに術の痕跡があるはずだ。魔力糸を伸ばした。
「……ラウル……」
消え入りそうな声で僕の名を呼んだあと、ノエルの意識がなくなった。
七面最後の口、鹿がエドガーに食らいついた。
『……ノエル……目を覚まして……』
ラウルの声だ。またあなたに助けられたんだ。私には何も出来なかった。
気づくと、腕の中には気を失ったエドガー様がいた。
ラウルは……姿が見えない。
視線の先に一頭の鹿が倒れていた。
「ラウル!」
エドガー様をその場に横たえ、鹿に駆け寄る。まだ息はあった。
「エドガーの瘴気は全てラウルが取り込んでくれた。だが、あれは呪いだった……」
今度こそ、心臓が止まるかと思った。
少し吸い込んだだけであれほどの痛みと恐怖を味わった。
ラウルはあれを全て。一人で。
そして、呪いまで肩代わりしたんだ。
鹿となったラウルを抱きしめた。体温がどんどん下がって行く。このままでは永久に失ってしまう。
行かないで。
頬を涙が伝う。泣いている場合じゃないとわかっているが、止められない。
置いて行かないで。
いくら呼びかけても目を開けてくれない。無駄だとわかっていても、古代文字を唱えた。何も起きてくれない。
何か手立てはないのか。焦るばかりで何も浮かばない。
落ち着け。
ラウルなら、どうするだろう。
ふと、頭に浮かんだ。
「リシャール様、ラウルを石に封印してください」
確証はない。だがこのままでは呪い殺される。時間稼ぎにしかならないかもしれないが、試す価値はある。
リシャール様がはっとした顔をして、ぶつぶつと国の中でつぶやく。
おそらく、魔術式を組み立てているのだろう。
「……やってみよう」
河原の石を取り出し、ラウルの上に置く。
「下がって」
ラウルを中心に、複雑な魔法陣が展開される。一つだけでなく、いくつも重なっていく。
封印が簡単なことではないと、改めて思い知らされた。
ラウルの体が透けていく。石が一瞬、光りを放った。そしてふっとラウルは石の中に消えていった。
駆け寄って、床にコロンと転がる石を、震える手で拾い上げ、抱きしめた。
この中にラウルがいる。
(生きて。生きて)
それだけを願った。
振り向くと、リシャール様の額から汗がしたたり落ちていた。どれだけの魔力を使ったのだろう。
「ラウルの魔力糸が消えれる前に、追うよ」
石から細い糸が伸びていた。見失わないように目を凝らしながら、伸ばされた先へ走った。
石の中で生きている。
(待っていて。必ずあなたを助けるから)




