瘴気をまとった魔術師
南塔の魔術師によって、彫像はハンマーで打ち砕かれた。
中から現われたのは、大鹿と瘴気。
「オーエン魔術師長、速やかに排除を」
南棟の副団長の言葉に、返事はない。ラウルはどうする気だろう。お父上を滅するなどあってはならない。
彫像とラウルを中心に障壁が張られた。
黒い瘴気に、中の様子はわからない。
エドガー様は私の隣に座り、薄笑いを浮かべていた。
「魔獣は神の遣いです。見世物にするなんて。今すぐに、やめさせてください」
「あれはもう、神の遣いではない。ただの獣だ」
「あなたは……誰ですか?」
「エドガーだ。君の夫となる者だよ」
違う。エドガー様じゃない。
ーー父と直接会うのは何年ぶりだろう。
大鹿から人の姿に変っていく。
状況が伝わっているのか、障壁の外にいる母の魔力に乱れはなくなった。
浄化はかなり進んでいた。父はエドガーの目を誤魔化すためだけの瘴気を放った。
「今世の金目の乙女はすごいな。十年かかって半分も浄化できなかった瘴気が、ひと月もかからず、ここまで薄まった」
「彼女こそ、月の女神の化身『浄化の乙女』です。日毎にその力が増していく」
「ならば、問題はないだろう」
「いえ。魔獣と人が混在する限り、瘴気がなくなることはない」
ーー息子は瘴気にまみれた父しか知らない。
彫像に入った後は、いつも悲しげな目で、静かに見つめていた。これが近い未来の自分の姿だと。
『人なんて、この世からいなくなればいい』
ノエルと出会い、それは断念した。
だが、同じ金目の乙女、エマの瘴気にまみれた姿を見て、全ての魔獣を天に返すと決めた。
たしかに太古の魔術を使えば可能だ。それを発動できるかは別。途方もない魔力を必要とするからだ。
「さて、父上を<ここにはない場所>へお送りしましょう」
転移魔法を発動。
母に会わせてやりたいが、しばらくは身を隠してもらうことにした。
次に、鹿の骨を集めた。厨房にまだ残っていた。
瘴気をあてると、骨は黒く変色し、腐敗が始まる。
気分の良いものではないが、お望みならば見せてやろう。
「……一瞬で大鹿の魔獣が骨に」「さすがだ」
これは貴様らが食べた鹿だ。
骨は瞬く間に消えて無くなった。
そして何事もなかったかのように、楽隊がワルツを奏で始め、着飾った客が踊り始めた。
クリスタ様が会場を出て行くのが見えた。私も席を立ったが、エドガー様に行くなと命令された。
ラウルが国王陛下にお褒めの言葉をいただいた。そしてエドガー様にもお辞儀した。
「あれを顔色ひとつ変えずに葬り去るとは。用意した魔道具は使わず仕舞いか」
ラウルを拘束するために、オーエン伯爵を連れてきたと言ったも同然だ。
「ええ。人に害なす魔獣は魔術師長である僕の手で葬ります。そして国のため、民のために魔術を使う」
瞬間、エドガー様の体が金色の糸で拘束される。
音楽は鳴り止まない。客達に変わりなく、踊り、歓談している。目の前にいる国王陛下も穏やかな表情で会場の様子をご覧になっていた。
いつの間にか、私たちの周りに、防音、遮蔽の壁が出来ていた。
「ノエルは母上と屋敷へお帰り」
「それよりも、伯爵はどうなったの?」
「心配ない。無事だ」
「これは本当にエドガー様なの?」
拘束されてから、まったく動かない。
「これは自身が放った瘴気に侵された、もう本人の意思とは関係なく動く人形だ」
「……どうして」
「ラウル。弟を救い出すことはできるのか」
「こんな呪いじみた魔術で生み出された瘴気。取り込むなんて、ごめんだ」
全て取り除けば、戻るかも知れない。だが、相手は魔術師。何を仕掛けてくるかわからない。
「取り除けばいいんですね」
「ノエル。危険すぎる……やめろ!」
エドガー様を抱きしめた。そして『浄化』と唱えた。
金の糸がエドガー様の体に食い込んでいくたび、断ち切った。
目を覚まして……いつものように、優しく笑いかけて欲しい。
「ノエル! 離れろ! 引きずられるぞ!」
ラウルの必死な叫び声が聞こえる。
でもエドガー様の声も聞こえる。
『……ノエルは渡さない……僕のものだ……僕だけのものだ』
この瘴気を生み出したのは、嫉妬だ。




