ああ勘違い
翌朝エマの様子を見に行くと、クローゼットの前で服選びをしていた。どれも地味ねと言いながら選んだのは、膨らんだ袖が可愛いブルーのワンピース。エドガー様にいただいたんだっけ。普段着にはできないし、エマの方が似合う気がする。
「エマちゃんには少し大きいよね。少し待っていて」
昨日のうちに選ばせて、丈を詰めておけばよかった。
「大丈夫よ。ちょちょいと魔法で調整するから」
目の前でエマにぴったりのサイズに変り、裾に小花の刺繍が足されていた。これなら別のワンピースにしか見えない。もしエドガー様に譲ったのがばれたら、怒るどころか山のように送りつけてきそう。クリスタ様からの分と合わせたら大変な数になる。
「エマちゃんは簡単に魔法が使えていいな。羨ましいよ」
「ノエルは文字を使って魔法が使えるんでしょ。そっちの方がすごいよ。こうして魔力を測ってもぜんぜん見えないのに不思議だよね」
エマが私の体の中を探るように手をかざすが、魔力は見つけられないと言う。普段からちょちょいとは使えないけど、特に生活に困ることはない。いざという時に使えるならいいか。
「エマちゃんに着てもらえて、その服も喜んでいるよ」
「あなた自分には似合わないとでも思ってるの? 鏡をごらんなさいよ。その金目は節穴なの?」
エドガー様は何を着ても褒めるから、あてにはならないんです。
朝食を運んできたアメリに母屋に顔を出すように言われた。朝っぱらから何だろう。
「エマちゃんは私が戻ってくるまで客間にいてちょうだい。いいわね。勝手に歩き回ってはだめよ」
「歩き回らないと約束する。久々にお風呂にゆっくり浸かっているわ」
「ノアを置いて行きます。壁をすり抜けて飛んでもだめだからね。今、舌打ちしたわね。この子はどうして大人しくできないのかしら」
「そういう血筋なんでしょ。ノエルだって余計な事をしてはだめよ。金目の乙女とわかれば皆が欲しがる。気をつけなさい」
「母屋に行くだけだよ。用事を済ませたらすにぐ戻るから心配ないわ」
行ってみると、すぐには戻れないお仕事が待っていた。
***
母屋に入るとアメリを始め大勢のメイドに囲まれた。入念に体を洗われ、磨き上げられる。そして高級ドレスショップの店長によって、特別な顧客向けに大事にしまっていたという豪奢なドレスを着せられた。私なんかが着てよいのか何度も聞いてしまった。店長が「これでお許しいただけるなら安いものです」とつぶやいていたのは何の事でしょう。
化粧も施され、あっという間に貴族のご令嬢に早変わり。魔法にかかったようです。クリスタ様も満足されたご様子で、可愛い、綺麗と手を叩いてくださる。
「お母様。なぜ婚約者でもない私がラウル様に同伴をしなければならないのでしょうか」
「魔術師長の任命式の後に舞踏会があるの。朴念仁のラウルを一人で行かせるつもり? それにあの子が他の娘と踊るのなんて見たくないわ。私は可愛い娘のあなたと踊って欲しいのよ」
兄と妹って事ね。どなたからも不平不満がでない最高の取り合わせ。クリスタ様をお母様とお呼びしている手前断れない。でもやっぱりラウルに会うのは気まずい。なんて声をかければいいのかな。それよりも無視されたらどうしよう。酷い事ばかりした私に腹を立てているはず。
クリスタ様に連れられ玄関ホールへ向う。一足ごとに気分はどんよりと沈んでいく。せっかくのドレスが台無しだわ。
「ノエル。き、き…」
先にホールで待っていたラウルは、式典用の白い上下に、魔術師長だけに許される濃紫のマントを羽織っていた。格好いいです。見惚れてしまうほど素敵。でも…。
「キキーって。なんだ。中身はシャルルなのね。ご本人はいつも式典には出てこないんでしたっけ。緊張して損したわ」
「ノエルは何を言っているの?」
「お母様。これはラウル様の代役のお猿のシャルルですよ。ラウル様がこんな締まりのない顔をするわけないし。うっかり騙されるところでした。二度とラウルに化けないって約束をもう忘れたのね」
頭には届かないから背中をバチンと叩いてやった。
「ノエル様! お気を確かに!」
「アメリ、大丈夫よ。ご自慢の顔には傷つけてないわ。それに魔獣ならこれくらい痛くもかゆくもないわよ」
「痛くはないけど、いきなりは驚くよ」
「ほら、本人が大丈夫って言ってるわ」
もう一度バチン。
母には少しも大丈夫には見えない。かなり落ち込んでるわよ。でもいいでしょう。本物と言ったら間違えなく逃げ出すもの。
「そう…そう。これは人まねお猿のシャルルなのよ。ノエルには離れずに見張りを頼むわ。シャルルもしっかりノエルをエスコートするのよ」
クリスタ様もアメリも苦しそうに笑いを堪えている。私を驚かそうとしたのね。すぐに見破りましたよ。
ご本人なら気まずいだけじゃない、こんな素敵な方の隣に平常心で立つなど不可能。真っ赤になった顔が冷めていく。ふふ。シャルルならお姿を穴が空くほどじっと見ても平気。
「違う。僕はノエルを綺麗だと言いたかったんだけど」
「無理にお世辞なんて言わなくてもいいわよ。シャルル、代理頑張ってね」
せっかく勇気を振り絞って会いに来たのに、悲しいかな。本人とは微塵も思われていない。今までだって大きな式典の日は約束をしていなくても僕らは会っていたじゃないか。図書館の僕と今の僕。どこも違わないのにおかしいな。
綺麗なドレスを着て踊ってみたいと言っていたから、苦手な舞踏会に出ることを決めた。それと妻か婚約者だけが同伴が許される任命式もだ。
ホールに入ってきた時は暗い顔をしていたけど、今は自然な笑顔でいつも君だ。こうして会うのは最後になるかもしれないけど、このまま勘違いされたままでいいか。その方が離れられる。
「ノエル様。今日はよろしくお願いします」
「マリエッタでなくて申し訳ないけど、こちらこそよろしくお願いします」
腕を差し出すと、「さすが森一番のモテ男。様になってる」と嬉しそうに手を添えてくれた。母に言われなくても今日は完璧にエスコートしてみせる。どこぞの王子や猿に負けてたまるか。
ぴったりと寄り添ってくれるノエルが可愛い、とても綺麗だ。勘違いされていなければすぐさま抱きしめて、愛していると伝えたい。どうしたって頬が緩んでしまう。また締まりのない顔と言われそうだけど。
あのドレスショップに無理を承知で頼んだが、急な要望にも応えてくれた。もしかしたら僕かエドガーから注文がきたら即納できるよう先に準備していたのかと思うほど、シャンパンゴールドのドレスはノエルに似合っていた。さすが王都一のドレスショップ。店長はなかなか商売上手だ。最後にもう一着作らせようかな。
この先、今日の事を君が覚えていなくても、僕は忘れない。もう一度しっかりと目に焼き付けた。
馬車に乗ると、ノエルは小さなバックから石を取り出した。直に見たことはなかったが、今日も服を着せられ、顔はずいぶんと優しい表情に描かれていた。
「こんなことならラウルもおめかしすれば良かったね。今日はお気に入りの鹿耳帽子とセーターにしたけど、まさか式典にお出かけとは予想してなかったの。そうだ。これをつけてみようか」
ラベンダー色のハンカチがマントのように結ばれた。石を優しく撫でるノエルを見ていると、石に入っていた頃を思い出す。こんな風に瘴気を浄化してくれていたのか。胸が熱くなる。
「なぜその石にラウル様の名をつけたのですか?」
「ラウルの入っていた石にそっくりだからかな。他に思いつかなかったの」
それにこれは鹿ラウルが川縁で選んでくれた大事な石。ただの石だけど宝物。世界一大きなダイヤモンドを差し出されても交換したくない。
「手に取って見せてもらってもいいですか?」
「ごめんなさい。誰にも触れて欲しくないの」
ノエルが石を胸に抱く。本人よりも大事されている石に嫉妬した。抱くのは目の前の僕にしてくれないかな。今は僕だけを見て欲しい。やっぱり隠し通せない。無理だ。
「ノエル。実は…」
「あら。もう着きましたね」
馬車が止まった。もう王城に着いていたのか。時間が経つの早くないか?
扉が開くと今は会いたくない奴がノエルに手を差し伸べてきた。無視してノエルを抱えて下りることにした。
「シャ…ラウル様、一人で歩けます。恥ずかしいです」
「いいから。黙って僕に掴まっていて」
「待っていたよ。ラウル魔術師長」
「なぜわざわざ出迎えを? 王子様は準備でお忙しいでしょうに」
「君が元婚約者のノエル嬢を同伴していると聞いてね」
「どこから聞いたのかな。それと勘違いするな。僕はノエルとの婚約を解消すると言った覚えはない」
扉の前に僕を睨み付けるエドガーが立っていた。




