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石になった元婚約者のお世話係になりました  作者: ななこ


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あの方をお招きしました

 夜明けを知らせる雄鶏の鳴き声がしない。それにコッコとリコちゃんの鳴き声もいつもより元気がない。まだ薄暗いが庭へ出てみると、雄鶏もヒヨコもいなくなっていた。


「アメリ、カラスにでも襲われたのかな。どうしよう」


「ノエル様。鶏魔獣の方がカラスよりも強いです。あの嘴でつつかれたら狼だって逃げ出しますよ。きっと餌を求めて移動したんでしょう」


 山盛りだった餌箱は空。庭のクローバーは食べ尽くされ、ミミズを探したのかあちこち掘り返した痕もある。


「コッコ、リコちゃん。きっと旦那様もヒヨコも戻ってくるよ。元気だして」


「コッココ……」


「アメリ、朝早くからごめんね。もしヒヨコたちを見かけたら教えてね」


「はい。ノエル様は寝室へ戻ってください。私はもう少し寝ます。お休みなさいませ」


 ふわっ。まだ眠い。あちこち探し回るノエル様を手伝って欲しいとノア様が起こしに来た。ノエル様には内緒だけど夜はリスに戻って、クルミの木に備え付けられた特別製の巣箱で休んでいる。母屋に部屋も用意していただいたが、やっぱり木の上が落ち着く。ノア様に黒猫柄のタオルにくるまって寝ているのを見られた。こうなったら玉砕覚悟で告白するしかない。


 雄鶏とヒヨコ達はラウル様が余所へ移されたんだろう。鶏魔獣を見た時、自分だってすぐさま追い出したかった。ヒヨコのうちはまだ可愛いが、3日もすればコッコ達より大きくなる。喜ぶノエル様に言いづらくて黙っていた。


 エドガーは魔獣なら何でもノエル様が喜ぶとでも思っているのね。見た目はいいけどたまにおかしな行動をする人だ。魔獣にとって人の王子様なんて正直どうでもいい。ラウル様の方が断然格好いいし、滅多に見られない鹿のお姿なんて堂々としてすでに王者の風格がある。どんな魔獣も動物も尻尾を巻いて逃げ出すか、尻尾を振ってしまうかだ。人の王子なんかとは格が違うのよ。


 それにしてもなぜラウル様はこそこそと庭を嗅ぎ回っていたんだろう。正々堂々ご自宅に帰ってくればいいじゃない。ノエル様も素直じゃないし、困ったものだ。


「もう目が冴えて眠れないよ。仕事部屋にでも行こうかな」


「そうですか。早めに朝食をお運びしますね」


「ありがとう。今日こそ誰も来ませんように」


「当分あのご兄弟は来られないでしょう。クリスタ様が上手く追い返してくださいましたからね」


「そうだね。お二人の焦った顔は面白かった。クリスタ様の雷落ちるところ、見たかったな」


 監視カラスはいなくなった。ドガールもいないし、教会も閉鎖された。危険な事はもうないはずだけど、リシャール様は何を心配されいるのかしら。


 仕事部屋に入ると昨夜作ったクッションに人形を座らせた。家系図を見せていただいたら、ユーグ様の奥様はアウラ様と記録されていた。


「アウラ様、ここで見守っていてくださいね」


 次は石のお世話だ。顔を描いて、細いリボンをネクタイにして結んだ。そして魔術師の黒いマントを着せてみた。実物はもっと格好いいのだけど、ただの石だからね。


「ラウルにはいつも通り書類が飛ばないように押える係をお願いします」


 他の誰にも触れさせないように古代文字で鍵をかけた引き出しから論文を取り出す。


「ページは大体そろったけど、すごい量だね。まとめると辞書と同じくらいに分厚いよ」


 少し角張った右上がりの文字でさえも今は愛しく感じる。ここに座って、うんうん唸りながら書いていたのかしら。それとも子どもみたいに謎が解けたってはしゃいでいたのかしら? 私はお邪魔にならないように散らばった書類を拾い集める。そして。


「あなた、クッキーが焼けたわ。お茶にしましょう」


 ふふ。結婚していたらこんな感じかしら。石の前にカップを置いた。さて一人で始めますか。


 表紙をめくると以前よりもすらすら読めるようになっていた。実感はないけどこれってもしかして金目の乙女の力が強くなったのかも。それでもまったく意味のわからない箇所がある。古代文字の辞書はない。こんな時におじい様がいてくださったら教えていただけたのに。


「あっ。おじい様よりもお歳が上で、うってつけの方がいるじゃない。まさに生き字引」


 アウラ様を棚の中に隠して、試しに姿を思い浮かべて名を口ずさむ。


 黒い犬が現れた。人の姿では無理そうだけど本来の魔獣ならいけるかもって呼び出してみたら大成功!


「なぜ私をここへ? 何用ですか」


「おはようございます。エマはどこ? 連れて来ているんでしょう?」


 黒犬から人へ姿を変えたマークスはかなり不機嫌。朝に弱いタイプなのかしら。


「あれから一度も人形から出していない。罰でも与えるつもりか」


「罰だなんて人聞きの悪い事を言わないでください。少し教えて欲しいことがあるの」


 マークスが上着の内ポケットから人形を取り出しテーブルの上に置いた。人形はカタカタと鳴っている。早く出せって事ね。そう簡単には出せない。


「人形のままでも話ができるわよね。ここは魔獣王ルーラー様の仕事部屋。もし勝手な事をしたら酷い目に遭うわよ。大人しくできる?」


「呼びつけておいて、その態度はなんだ。エマをもてなせ」


「仕事を手伝ってくれたらお茶にしましょう。ここの料理人が作るケーキは絶品よ。嫌なら無理に引き留めないわ」


 エマ人形は大きく揺れた。取引成立かな。部屋から勝手に出ない。棚や引き出しにも触れないと固く約束させた。


 マークスが封印を解くと人形が白い光を放ち、人形を手にした10歳くらいのエマが現れた。これが本当の姿なのだろう。<ここにはない場所>で会った時は大人ぶっていたのね。


「もう溶けたりしないの?」


「ふ~。体が伸ばせるって最高。今はドロドロが固まってるけどまた溶け出すわね。この姿は外行き用よ。もって一時間くらいかな」


「魔力の無駄遣いはしなくていいわよ。今さらドロドロだろうが驚かないから楽にして」


 なら遠慮なくと、床にベチャッと黒くねっとりしたシミが広がる。そして人の形が形成されていく。顔と半身は人、もう半身はドロドロが固まったもの。


「それでいいわ。わからない古代文字を教えて欲しいの」


「そんなことでいいのね。早く終わらせて今どきのケーキが食べたい。お兄様に頼むといつも同じものばかり。もう飽きたわ」


「そんな事はないだろう。言われたものを買ってきただけだ。いつも美味しいと言っていたじゃないか」


「たまには気を利かせて違うもの買ってきてよ」


 昔からある焼き菓子くらいだったのかな。


「ご先祖様だけど、エマちゃんって呼んでいい? 時間ができたらケーキを一緒に焼こうか。買ってくれないなら自分で作ればいいのよ」


「エマちゃんと呼んでくれるの? 嬉しいな。お兄様、私にも初めてのお友達ができたよ。私にできるかどうかわからないけど、ケーキ作りを教えてちょうだい」


 普通なら出会うことのないご先祖様が隣に座って書類をのぞき込む。


「エマちゃん、この文字を教えて」


「それはね……」


『エマ、良かったな』


「お兄様、これでいいのよね。あれ?」


 マークスはいつの間にか消えていた。

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