異変
雄鶏魔獣とヒヨコを魔力糸で作ったカゴに入れて、どうにか保護区へ送り返した。あれに朝鳴きされたら近所迷惑どころじゃない。付近一帯から苦情が来る。責任を感じたノエルが鶏家族を連れてオベールの領地に越してしまうところだった。朝になってヒヨコたちがいないと心配して探し回るだろうが許して欲しい。
雄鶏は母が離れにはり直した結界を鋭い嘴でつついていた。どんなに小さな綻びでも要注意だ。結界に上書きして塞いだから、これで忍び込める奴はそうそういないだろう。出来たとしたらノアが痛い目に遭わせてくれる。それも面白いか。狙いはわかっている。
仕事部屋に寄って異常がないか確認。その後はノエルの寝顔を見て石から意識を離すつもりだったのに、まだソファーで縫い物をしていた。今夜中にひとつ仕上げるつもりだろう。次に何を作ってくれるのか楽しみだ。もう少しだけ残ることにした。
『グレー、どけ』
『嫌だね。ラウル様だってノエル様のすぐ隣にいるにゃろ。それにもうグレーって呼ぶにゃ』
生意気な猫め。これからは頼まれてもグレーと呼んでやらない。確かに石はノエルとノアの間に挟まっているがこれを隣とは言わない。それに僕はノエルと二人でソファーで座りたいんだ。
ノアに退く気がないならあの手でいくか。魔力糸を毛糸玉に絡ませて転がす。ふふ。これには抗えないだろう?
「ゴロゴロ ニャ~」
ほら食いついた。ノアが毛糸玉に追いつく寸前で魔力糸をくいっと引っ張る。子猫の時によくこうして遊んでやった。
さて今度は君を構う番。もう一本魔力糸を伸ばし、肩からずり落ちそうなショールを掛け直す。一人では暖炉を使わない節約家さんが風邪をひかないように室温を上げる。手元のランプが消えかかる前に小さな光の玉をランプの中に押し込む。あとは……。冷たくなったお茶を温め直すか。
「ノア、もう毛糸で遊ぶのはおしまいにして。せっかくお母様がくださったのに汚したら大変」
今……。「お義母様」と聞こえた気がする。僕の知らないうちに婚姻届けが出されたのか? ノエルはもう僕のお嫁さんってこと? 式も挙げていないのに? あまりの衝撃に魔力糸が焼き切れそう。
「あれ? まだ火にかけてもいないのに石が熱い」
「ニャ!」
「ノアが魔法をかけてくれたんだね。ありがとう」
『ラウル様に貸しひとつにゃ』
何が貸しだ。ばれずに助かったけど。
『おやすみ』
キスの代わりに魔力糸で頬を撫でた。浮かれ気分のまま今夜はもう撤退だ。
「ノア、くすぐったいよ。あれっ。違った」
暖かいものが頬に触れた気がしたのに。顔を上げるとノアは床に寝そべっていた。
「まさかね」
***
<ここにはない場所>の大地に寝転んだまま、やったぁ~と叫んでみた。指輪はいつ渡そう。
熱くなった頬を魔獣が来てペロペロ舐めて、瘴気が薄れていく。まだまだ体の中に残っているんだと思い出した。
くそっ。何がやっただよ。僕はノエルと永遠に別れるつもりだったじゃないか。もう石には意識を向けない。そう決めた途端にため息が零れる。
「とりあえず鶏魔獣の様子を見に行くか。『保護区へ!』」
保護区の中に鶏魔獣の好む草を生やした場所がある。食べ尽くしても次の日には青々と茂る魔法がかけて、さらに逃げ出さないように結界がはってあるのだが、無理矢理こじ開けて修復された箇所があった。
おかしい。これは人の使う魔術だ。保護棟からは遠く離れているし、保護官の仕業ではないだろう。
ここでは人の姿だと怖がって、隠れて出てこない魔獣も多い。鹿のまま他に異変が起きていないか見回りに行くことにした。これで当分ノエルに会いに行けない。少し頭を冷やすためにはちょうどいい。
地図上では他の領と比べて少し広いなくらいに思わせているが、<保護区>はとてつもなく広い。古代魔術で隠されたこの原生林は、人には見えないだけで確かに存在する。人が入れるのは外側のほんの一部分だけ。
その保護区内を単独で自由に移動する魔獣もいれば、群れをなしている魔獣もいる。意思疎通のできる魔獣。言葉を話さないまたは忘れた魔獣。動物にそっくりな魔獣、なんだかわからない魔獣。影であることを好む魔獣。多種多様だ。
僕の姿を見かけて挨拶してくれる魔獣はいい。聞けばたいていのことは教えてくれる。一部だが人とのハーフである僕に姿を見せない魔獣もいる。瘴気を運んできた人を受け入れることをしない。認めてもらうのは難しい。
あちこちに仕掛けられた結界の核となる木を、一本一本異常がないか確認して回った。
「あった。印がつけられている。これは厄介な事になったな」
偶然ここに転移した時につけたのか、人のの痕跡の残る木が見つかった。上手く隠蔽魔法をかけているが、ここは魔獣王の縄張りだ。隠し通せるとでも思ったのか。
人に戻り、両手を木にかざす。自分の知っている魔術師の魔力でないことを祈りながら探った。




