母のつぶやき
「届けさせたものは全部私からノエルへの贈り物よ」と言われて離れに戻ると、主寝室のクローゼットに服が掛けられていた。アメリはなぜここにしまったのかしら。後で私が客室へ運べばいいわね。
「本当に全部私が使っていいのかな。一週間毎日違う服が着られるなんて、夢みたい」
どれも華美ではないし、流行でもない。飽きのこないシンプルな服は長く着られるものばかり。そして炊事をこなせるように防水魔法のかかった腕カバーまでついていた。メイド用ではないエプロンは石を入れるのにぴったりな大きなポケット付き。どれを手に取ってもサイズがぴったり。やっぱり私用だ。
正直、王宮で着せていただいたドレスはとても素敵だったが、動きづらく、汚してしまうのではとハラハラしていた。もちろん舞踏会やお茶会へなら着て行きたいけど、そんな予定はまったくない。図書館ならこれで十分だ。いえあえて着て行きたい。狭い書架の間を歩くにも裾が邪魔にならない。
そしてテーブルに置かれたカゴには色とりどりの毛糸玉がこんもりと盛られていた。眺めるだけでもほっこりする。宝石箱かと恐る恐る開けた箱には刺繍糸がぎっしり詰まっていた。新しい裁縫箱まで置いてある。可愛いピンクッションにキュンときた。早く使ってみたい。
「その前にクリスタ様にお礼を言わなきゃ」
本邸まで走って行った。かかとの低い靴もぴったりサイズでスキップできそうなくらいに軽い。
クリスタ様は保護区に戻るために魔法陣の上に乗るところだった。「待って」と抱きついてしまった。
「ありがとうございます! 本当に嬉しい。私は何をお返ししたらいいのでしょう」
「喜んでもらえて嬉しいわ。そろそろ私も買い足さなくては思っていたのよ」
お返しにこれからは「お母様」と呼んで欲しいと言ってくださった。喜んでお呼びいたします!
「ではお母様、気をつけて行ってらっしゃいませ」
「留守を頼むわね。ずっと仕事部屋にこもってはだめよ。根を詰めすぎないように」
「キキー」
「はい。気をつけます。シャーリー、時間ができたら会いに行くわね」
お母様の腕に抱かれたシャーリーに新しい服を汚される前に離れて、お見送りした。
***
子猿を保護棟に連れ帰った。とても可愛いけど、「これがあなたの孫です」と息子に言われたら雷を落とすどころじゃない。私も旦那様の隣で彫像にこもって、親子の縁を切るところだった。
「今日からここで暮らすのよ。本当ならお猿の郷で世話してもらいたいけど、母親のところへ連れて行くなら自分が世話するって言い出しそうだったからね。当分はここにいなさい」
息子の浮気疑惑が晴れたが、気分は晴れない。
本当にあれはただの石なのかしら。材質も重さも違うけど形はラウルの入っていた石にそっくり。もしやと確かめたが、やっぱりただの石ころだった。ノエルに魔力糸もついていなかった。リシャールもエドガーも疑っていたが、何も感知できなかった。
ですごく怪しい。わが息子はノエルのこととなると少しおかしくなる。ノエルもだ。なぜだかラウルに嫌われていると思い込んでいる。本人は元婚約者と思っているが、我が家では婚約破棄は認めていない。万にひとつもないが、もしマリエッタがラウルの子を生んだとしても嫁に迎えるのはノエルだけ。他の娘ではだめだ。金目の乙女だからじゃない。あんな健気な良い娘を見つけてきた息子は果報者だ。逃してはいけない。
石から出たはずの息子から、突然王都の屋敷に戻って、ノエルに服を贈れと彫像に入っている父親を使って知らせてきた。旦那様も笑っていらしたけど、急にどうしたのかしら。
すでにドレスショップに予約してある分を自分の名を伏せて私から贈ったことにしろと言う。婚約者なんだから自分で贈ればいいじゃない。馬鹿な子ね。あっ、鹿だったわ。
それにしてもノエルがすごく可愛かった。満面の笑みを浮かべて抱きついてくれた。あの子の幸せそうな顔を久しぶりに見れて、涙が出そうになったわ。苦労ばかりかけてごめんなさい。
どうしてあの馬鹿息子は戻らないのかしら。一人で背負うつもりだろうけど、あなたに今必要なのはノエルよ。自分で贈ればあの笑顔を見れたのに、惜しいことをしたわね。
でもノエルのことをよく見ていた。親が心配になるほどの堅物で女心なんてひとつもわからない子だと思っていた。私の可愛い子鹿ちゃんもいつの間にか大人になったのね。
働き者のあの子が好む服ばかりを選んでいた。それと毛糸玉と刺繍糸もすごく喜んでいた。そういえば端布やリボンをあげた時も嬉しそうにしていたわね。必要なものは何でも言いなさいといくら伝えても遠慮する子だった。でもこれからは一緒に買い物に行く事にしよう。
お母様と呼ばせることに成功したから今回はよしとします。




