親子です
子猿の名前はまだつけられていなかった。マリエッタはともかく、父親につけてもらおうと考えている。それまでは仮でシャーリーと呼ぶことにした。
「シャーリーか。ずいぶんと可愛らしい名だけど、子猿は雄だよ? それにそれは兄上の幼い頃の愛称だ」
「それは知りませんでした。父親シャルルの名が少しでも入っていたらいいなって考えたんですが、だめでしょうか?」
「僕は気にしないよ。名くらいいくらでも使えばいい。エドガーからも一文字もらったらどう?」
「エドガー様のお名前は次に生れた子につけます。仮ですから、このままシャーリーにしますね」
ふふ。リシャール様のこめかみがピクッとしました。お口もへの字に曲げられて。いつも驚かされているお返しです。エドガー様は「次なんてあるかな」と笑っている。ラウルの浮気疑惑も晴れて、久々の明るい話題に私も笑ってしまった。
しばらく悪戯子猿シャーリーと遊んでクリスタ様に預けた。頭にも乗ってくるので髪は乱れ、茶器をひっくり返し、服も汚された。叱ればおちびのくせに嘘泣きする。さすがマリエッタの子です。
ぐずるシャーリーを寝かしつけにクリスタ様が席を外されたが、まだお話があるのかお二人はお帰りにならない。
「ノエルちゃんに聞いて欲しい」
教会は閉じられたとのこと。今はお墓参りの人しか入れない。
偽神父達は魔法省の牢に入れられ取調中。全てドガールがやったことだと供述しているそうだ。自分達は魔術で操られていたと。偽ではなく本物の聖職者だったが今は破門された。
マリエッタを聖歌隊に誘ったのは、本当に歌が上手いと聞きつけたから。通う信者が多ければ献金も多くなる。要望があれば貴族の屋敷にも行かせたそうだ。聖歌をお金目当てに歌わせるだなんて、この時点でもう破門されていてもおかしくない。
見つからないように外で歌う時は、聖歌隊の衣装でなく、私服を着て行くように指示していた。いつもどこへ着て行くため用のドレスなんだろうと思っていたけど、やっと謎が解けました。苦しい家計から購入していたドレスが、悪事に使われていたなんて、はらわたが煮えくり返る。
ドガールとマリエッタは貴族の家で開かれた音楽会で知り合い、その後ドガールは足繁く教会に訪れるようになった。オベールの娘と気づかれたんだ。歌を聞いた後は高額の献金をした。教会もパトロンを逃がしたくない。胡散臭いと思いながらも、神に近い存在になろうなどという途方もない話しに乗ってしまった。
ドガールが連れてきた幼獣から血を抜きとれと言われた時は、さすがに怖くなって逃げ出そうともしたらしいが、その頃から記憶が曖昧になった。
伯父はマリエッタの歌を聴きに行った時に捕まってしまった。どうも事業失敗もドガールが仕込んだようだ。
「伯父様の行方については何か言っていませんか?」
「君と同じく閉じ込めて古代文字を書かせようとしたらしいが、オベール男爵はできなかったそうだ。そこでドガールからこれを書けと、紙切れを渡されて書き写していた。半年ほどして一日に一文字も書けないくらいに弱って、ある日ふいっといなくなった。戻したところで役に立たないと行方は追わなかったそうだよ」
「元々伯父様は古代文字を読むのが苦手でした。書くというのは、魔法陣を描くような行為です。魔力のない伯父も私と同じように体の生気が抜かれたような状態になったのだと思います」
「生気を抜かれただって? ノエル、なぜ教会から出た時に言わなかったんだ。なぜ黙っていたの」
「すみません。あの時は解放されたことに安堵して、それどころではなかったのです。早く石を土の中から出さないといけなかったし」
「ごめん。責めたつもりはないんだ。ただ君が心配で」
「わかっています。エドガー様がお迎えに来てくださって、本当に嬉しかったんですよ」
ものすごく疲れるくらいに言っておけば良かった。伯父様は半年も無理矢理書かされていたなんて。お辛かったろう。苦しかったろう。早く見つけ出したい。
「ノエルちゃん、石は土中に埋もれていても大丈夫だと思う。今後は文字を書かない。石にもだよ。それだけは約束してやって。エドガーもそれでいいな」
「はい。君といると心臓がひとつじゃ足りないな」
「今後は書かないと約束します。それにただの石になんて書きませんよ」
わかってくれたありがとうとエドガー様は安堵された。ペンでは書きません。でも写し書きは約束できませんがこれは内緒です。
クリスタ様が戻ってこられた。もし寝ないようなら私が子守歌でもと思っていたのに。
「ノエル、話は終わった? 着替えを離れに届けておいたわ」
リシャール様は僕たちもそろそろと立ち上がったが、エドガー様は私と一緒に離れに行くという。
「エドガー様、まだ論文は数ページしか進んでいません」
「様子を少し見るだけ。邪魔はしないよ」
この人をどうしたらいいのだろう。無下にはできない。好きか嫌いかを問われたら好きだ。心配はありがたいし、頼りにもしている。こんな時に雷を落としてくれたらいいのにな。ただの石にはできない相談だね。困ったな。
「エドガー様、離れに住むのは女性一人。面会ならこちらの本邸でお願いします。それでも行くというのなら覚悟なさい」
「でもノエルが心配で……」
「王子と言っても私の弟子ですからね。魔術の指導ならいくらでもして差し上げますよ。リシャール様も見張りカラスを連れて帰りなさい。いいですね」
頭上がピカッと光った。クリスタ様が代わりに雷を落としてくれるようです。
「師匠! わかりました! ノエル、何かあったら手紙出して!」
「おい、早く乗れ!」
「お気をつけて」
お二人の姿が消えた。リシャール様の早業魔法すごいな。魔法陣じゃないから迷子にはならないでしょう。




