ただの石ころです
もしかして僕はノエルに嫌われてはいなかった? 自惚れかもしれないけど、好かれていると思ってもいいのかな。誤解させるような事ばかりして本当にすまないと思っている。僕は口下手なんだ。
気になって意識を石に集中させてみたら、なんとノエルが石に自分の名をつけて、すごく大事にしてくれていた。
温石に使うのかと最適な石を選んで、持ち運びできるように軽くしておいた。形もそっくりにしておいたから、また顔を描いていいよ。
君からのキスなんて初めてで、危うく石を熱くさせるところだった。今は川岸に転がっていた、ただの石ころ。側にいるためには石が魔力を使ってはいけない。
なぜ客間で寝ていたのか疑問だった。これからは君のための部屋を使って欲しい。夜間は客間に入れなくするからね。
寝室の壁紙は君の要望を取り入れて選んだんだよ。君を思って眠れない日はあったけど、香は君の寝不足解消用。結婚したら朝早くから夜遅くまで働く事はさせない。でも夜寝かせてあげられるかな。自制しよう。僕は我慢強いんだ。
タンスとクローゼットが空っぽでがっかりさせたかな。王宮に届けられた服をドレスショップに注文していたのは僕だ。それなのにマダムがノエルのサイズを測った時に気づいたんだろう。注文主に断りもなく、着用する本人なら問題なしと大半を王宮に納品してしまった。エドガーが選んだのではなく、選ばせれたんだ。もう二度とあの店は使わない。その前に注文しておいた残りを運ばせる。
でも最初に袖を通してくれたのが、僕の瞳の色だった。すごく似合っていたよ。エスコートはエドガーに負けた。それだけは認めるてやる。誰だって本物の王子様には敵わないさ。
花嫁衣裳は、実家に届けさせたらマリエッタが嘘泣きしてでも欲しがるだろう。母屋にもある僕らの部屋に置いてある。母とノエルが選んだドレスはやっぱり見たいな。
また叶わない夢を見てしまった。実体でないのが悔しいが、それでいいんだ。
まだやらねばならないことがある。ずっと一緒にいたいけど、また夜に訪れるとしよう。
***
「ラウル、おはよう。起きて。朝だよ」
ペンでちょんちょんとひげを描いてみた。ひげそりはできないけど、あとで顔を洗ってあげるからね。
早朝に目が覚めた。窓を開けるととても気持ちがいい風が吹いていた。もうすぐ春だ。昨夜の大雨ですべて洗い流されたような清々しい空気を胸一杯に吸い込む。
「あれは?」
木に止まるカラスと目が合ったので手を振ってみた。ここから出る気はないですから大丈夫ですよ。
ドアノブをまわすと扉が開いた。きっと雨のせいで建て付けが悪くなったんだ。修理まではしなくていいか。
客室に戻り身支度を調えた。自分はシンプルな濃い緑のワンピース。ラウルには鹿耳帽子とおそろいの茶色いセーターを着せた。腕がないから腹巻きみたいだけどセーターです。
「ノエル様、おはようございます。朝食をお持ちしました」
「アメリ、おはよう。もうこっちに着いていたんだね。ノアには会った?」
「それがノア様ったら、私の姿を見たら隠れしまわれて。嫌われるような事をした覚えはないのに」
落ち込むアメリを励ましたのに、なぜか呆れられた。
「私よりもノエル様が心配です。その石はなんですか? そんなものよりもご本人と仲良くされたらいいでしょうに。いつになったら勘違いに気づくんでしょうね」
ラウルと喧嘩をしたわけじゃない。子どもみたいに握手して仲直りってわけにはいかないんだよ。恋愛は難しいね。
それに勘違い? 昨夜、ちょっとは好かれていたかも。なんて思ったのがばれたかな。アメリは鋭いな。
もう少しアメリと話がしたいけど、今日から仕事部屋にこもるんだった。
「では邪魔が入らないように、外を見張っておきます」
「カラスがいたから気をつけてね」
「そこらのカラスになんて負けませんよ」
頼もしいリスさんです。
ご兄弟のあの手この手にはのらないつもりだったのに、私はあっさり面会に応じてしまった。
母屋に用もあったし、短時間ならばと応接室をお借りした。
「とても可愛いじゃない。おいで。おば様に抱っこさせてちょうだい」
リシャール様の腕にしっかりとつかまる子猿。教会の墓場に捨てられていたのを、新しい墓守りが保護してくれていた。簡単にだがリシャール様へ手紙でマリエッタの子は猿とお伝えしたら、すぐに引き取りに行ってくださった。
「保護区のクリスタ様へ預けるよ。あいつには悪いけど、母親に育てる気はないだろう」
あいつ? やはりお猿のシャルルとお知り合いなのですね。これは何かの取引材料にできそうだわ。ふふ。私もあなた様の元で色々と学びましたわよ。
「そうですね。保護区内ならいつでも会えますもの。よろしくお願いします」
「ノエルが育てると思って、山ほど育児用品を用意してきたのに」
子猿にガラガラを振って見せるエドガー様は、次のミルクの時間まで気にされている。きっと良いお父様になられますよ。
「今はお仕事優先です。コッコとリコちゃん達を連れて来てくださってありがとうございます。ヒヨコも可愛いです」
二羽のお相手はエドガー様の私邸にいつの間にか居着いた魔獣の雄鶏。雄鶏用とヒヨコ用の小屋も建てていいかクリスタ様に許可いただきに行かないと。なかなか論文に取り組めないな。
「あら、朝から賑やかね」
噂をすればご本人が現れた。こちらではドレスをお召しになっていて、いつ見ても憧れます。
「クリスタ様、おはようございます。ご相談があったのです。戻ってくださって良かった。クリスタ様も何かご用が?」
「ここへ呼ばれた気がして戻ったの。ところでその石は何? もうラウルは石から出たのよね」
私は膝の上に座るラウルをずっと指でなでていた。さすがに名は言えない。
「これは着せ替え人形といったところです。せっかく石専用の洋服を用意したのに使わないのはもったいないですから」
「そうね。誰だって癒やしが必要よね。大事になさい」
なぜかお三方で次々に石を触って何かを確かめている。あまりベタベタ触らないで欲しいな。川で拾ってきたと何度も言ってるのに聞いてくれない。
「あいつのことだから、こっそりのぞき見用にしてるかと心配して。おっ。ここでビリッとしないということは、ただの石ころだな」
「そうですね。そこらに転がる石ですね。ノエル、論文の読み解きなら僕も手伝おうか? 古代文字は読めないけど、魔術的なことなら僕に聞いて」
「ありがとうございます。でもこれは一人でやり遂げたいのです」
「そうか。無理しないでね」
離れに人は入れたくない。論文の中に禁術にも触れている箇所があった。愛する人たちを巻き込みたくはない。いよいよ危ないと感じたら、母と暮らした森の家に転移するつもりだ。
「エドガー様にお聞きしたいことがあれば手紙に書きます。その時はよろしくお願いします」
「わかった。僕も書くよ。ただし僕のは恋文だけどね」
石は黙ったまま。やっぱり川で拾った、ただの石ころでした。




