二人の部屋
人のいた気配はないが、お客様が来ていた。
「あなた様でしたか」
〈ここにはない場所〉の小さな家にあった人形がソファーに座ってじっと私を見つめていた。机の上にはオルゴール。
「ノアが連れてきてくれたの? ようこそおいでくださいました」
人形はユーグ様の奥様ではないかな。表情はとても穏やかで、陶器なのに温かみを感じる。
「お役目お疲れ様でございました」
エマから守るために人形に隠されていたんじゃないかと思う。ユーグ様にとても愛されていたんですね。きっとお二人は信頼しあっていたんだろうな。人形に入るのはやはり勇気がいるもの。
昔は今ほど瘴気にあふれていなくて、<ここにはない場所>は静かで過ごしやすかったのかしら。たとえ魔獣王ルーラー様の妻となってお助けすることができなくても、そんな場所であったら私も住んでみたい。
お名前は家系図に載っていたはずだ。明日母屋からお借りして調べてみよう。代々オベールの金目の乙女がオーエン家に嫁いでいたとすれば、違う家からも血を入れないといけない。性格難の他にそんなこともあってエマを選ばなかったんだと思う。
ラウルも他の家のご令嬢を迎えたほうがいい。私は『ラウル』と名付けた石で十分。前より軽いしすべすべして触り心地がとても良い。つい巾着に手を入れて、なでなでしてしまう。
「ではあなた様は仕事部屋へ。この離れの中で一番落ち着く場所なんですよ」
ここに人形が運ばれたってことは、エマがまた悪さしているのかしら。あんな目にあっても懲りないのね。人形は大事にお預りします。
人形を直射日光が当たらない棚の上に寝かせた。専用のお布団を作るまではタオルを掛けておく。
「私もエマと変わらないわね」
知らない人には子どもの人形遊びにしか見えないだろう。
仕事部屋に入るのは久々だった。魔獣達が大勢集まって来た以来かな。
ふと転移魔法陣が目に入った。北塔にあるラウルの執務室からリシャール様達が来られないようにしないと。うっかり消し忘れるところだった。線を一本だけ『消す』と唱えた。古代文字を覚えると便利。論文を読み解き終わる頃には相当数を覚えそうだわ。
「ラウル。次は台所へ行くよ。今夜からまた石たんぽが使えるわ。石なら蹴飛ばしても大丈夫だね」
じっくりと火であぶった。前より時間がかかったが、愛用の腹巻きで包むとじんわり温かくて気持ちいい。明日から忙しくなる。早めに休もうと以前も使っていた客室へ向かう。
ドアノブに手をかけたが中には入らず、違う扉の前に立った。
「ラウル。主寝室に入ってもいい? のぞくだけならいいよね」
拾ってきた石に問いかけたところで返事があるわけがない。別に答えを聞きたいわけじゃない。入るための呪文みたいなもの。ラウルとマリエッタが使うと思っていたから、この部屋だけは掃除にも入ったことがなかった。
「失礼します」
そっと扉を開けると中からいい香りがした。もう短くなって消えそうな蝋燭を手に、勇気を出して入った。
白い壁紙は深い緑の葉模様が入っていた。葉を縁取る細い線は金。私達二人の瞳の色だ。少し胸が高鳴る。好かれていた時もあったのかな。
「素敵な部屋だね。ほの暗いと森の中にいるみたい」
サイドテーブルに私も好きな、よく眠れる香が置いてあった。些細なものでも好みが一緒って嬉しい。
次は奥に続く洗面所。ひげそりやブラシが並べてあった。
「ここで一緒に過ごしていたら、起き抜けの顔に、ひげが伸びてるところが見れたのかな。さらさらの髪を梳かしてあげたかった」
タンスはふたつ並んでいた。ひとつは空。これは新妻用。もうひとつにはしわひとつないシャツと下着類が入っていた。ブルー系が好みなんだね。ふふ。秘密にしておいてあげる。
クローゼットを開けると、魔法省の黒い制服がかかっていた。ハンガーごと出してみる。
「あなた、急いで支度しないと遅刻しますよ」
どこからも返事はない。
「私ったら一人で何をしてるんだろう。嫌われていたっていい。お世話係で側においてくれないかな。奥様に嫉妬しそうだからだめだね」
ここにはもう二度と入らない。掃除が必要ならアメリに頼もう。
「遊びに付き合わせてごめんね。部屋に戻ろうか」
ラウルを抱きしめてドアノブを回す。開かない。
「おかしい。さっきは普通に開いたのに」
何度回しても開かない。外からじゃないと開かないの? 鍵がかかっている? 離れには私一人。他に誰もいないのに怖いよ。まさか人形が歩いて来て鍵閉めたりしてないよね。ノアを呼んだが来ない。いよいよおかしい。
「朝になって誰か呼ぶまでは、ここにいるしかないね」
本物じゃないけど、ラウルがいてくれて良かった。
悩ましい問題が起きた。朝までソファーで休むか。ベッドに入るか。
「久々に石ラウルでぬくぬくしたかったのに」
どちらにしても毛布は借りる。蝋燭を消してベッドに入ったが、一人で使うには広すぎた。隣にいて欲しい人は今頃、何をしてるんだろう。
優しい香りに包まれているうちにまぶたが重くなってきた。
「ラウル、おやすみなさい」
石は足元でなく、胸に抱いた。




