お世話係はいりませんか?
彫像から手を離し、もう一度触れてみるともう何も聞こえない、何も感じない。お休みになったのかしら。
「ノエル。あなたが背負うことはないわ。あの子に少し考える時間をあげて」
オーエン伯爵の声が聞こえたのだろう。戸惑う私にクリスタ様はラウルを向こうへ置いてきたことを責めるどころか、実の娘のように思っているとまで仰ってくださった。このご縁は大切にしたい。
「クリスタ様、僕も像に触れてもいいだろうか。美術品としても素晴らしいな」
「そうでしょうとも。彫ったのは私の祖父でして、特にこの像は全身全霊、心血を注いでいました」
アダムス様のお爺様は有名な彫刻家として知られている。数こそ少ないが、全てを捧げて彫られた彫像は魂を宿しているのではと言われていた。本当に宿していました。
「私の要望も取り入れてくれて、仕上がりには満足しているわ」
見事な腕前だとエドガー様も感心なさっている。お屋敷にある優しげな表情の肖像画と違ってかなり勇猛なお姿ですが、こんな一面もあったのでしょう。
「エドガー様。私は構いませんけど。夫は…」
バチ! バチン! ! バッチン!!!
「痛っ! 痛い! 親子でなんなんだよ。僕はオーエン伯爵に何かした? 会うのは今日が初めてだよ?」
「ごめんなさいね。男性に触れられるのは嫌みたいで、いつもの事よ。特に息子の恋敵ならね」
ラウルはエドガー様を敵だなんて思っていません。洞窟内なら雷が落ちることはない。エドガー様の綺麗な金髪が少し逆立つ程度で良かった。
気休めかも知れないが、彫像に『浄化』『透ける』古代文字を透明にして写し書きをした。文字が見えたら怖い呪いの像に見えてしまう。それにアダムス様のお爺様に悪戯書きしたと叱られそうだもの。
「そろそろ帰りましょう。アダムスとセドリックには引き続き旦那様を頼むわね」
お父様達はかしこまりましたとまた作業に戻って行った。
***
保護区に戻るとクリスタ様は幼獣たちの世話に行ってしまわれた。私も後で行くつもり。檻から解放された母魔獣も気になるが、可愛いちびっ子魔獣達にも会いたい。
先にリシャール様が第一にいると聞いて様子を見に行くことにした。
「ノエル。君は少し休んだ方がいいよ」
「大丈夫です。これでも体力あるんですよ」
何かしていた方が余計な事を考えずに済む。
それよりエドガー様こそお休みになった方がいいです。ずっと私に付き添ってくださるのはありがたいが、お疲れなのはお顔を見ればわかります。
なぜか頬に触れてしまった。温かい。当たり前だけどほっとする。少し驚いて目を見開かれるエドガー様は、とても嬉しそうに微笑みを返してくれた。
「お~い。公衆の面前でいちゃくつなよ。独り身には目の毒。ねぇみんな」
「兄上こそ、病人達と何なさっているのですか? それも女性の病室ですよ」
「見ればわかるでしょ。お見舞い。病は気からだよ。楽しい話でもしたら、病気も吹っ飛ぶよ」
リシャール様は赤い布でおかしくなったメイド達に囲まれていた。彼女達には赤い布の事は伏せ、新種の病気と説明されていた。
リズに布を使わせていたメイド、ボニーもいる。ずいぶんと顔色がいい。安心するのはまだ早いけど、新しい種族とやらにはならなそう。
「もうリシャール様が笑わせるから、頭が痛いのがいつの間にか治ってるわ」
「私もよ。なぜだかレアステーキばかり食べていたのに、今は違う食事がしたいわ」
「わ…私はまたクッキーが食べたい」
「おやつに出されたクッキー。残っているから食べようよ」
あちこちからクッキーに手が伸びる。メイド達の休憩室みたい。賑やかで楽しそう。ボニーにもクッキーの入ったお皿が回されたが、受け取らない。
「これじゃなく、ぼそぼそして、あんまり甘くないクッキーが懐かしいなって」
見るからに甘く美味しそうなクッキーではなく? ぼそぼそ。私が作る貧乏…節約クッキーのことかしら。
「ボニー。同じかどうかわからないけど、あとで作ってあげる」
「ありがとう。あなたとは一度だけ魔法省の食堂で会ったことあるよね」
「ええ。リズの友達でアメリというの。よろしくね。ではお大事に。リシャール様も行きますよ」
アメリ、ごめん。なぜだか本当の名を言えず、また名前を使わせてもらいました。
廊下に出ると、私を探していた保護官のクリーク様に会った。ラルゴに何かあったのかしら。
「ノエル様にも見ていただきたい」
個室を与えられたラルゴは背はまっすぐに伸ばして椅子に座っていた。私のあげた帽子から少し前髪が見えた。伸びてきたんだね。逆に牙と爪はだいぶ短くなっている。人化している?
「怪我の治療くらいしかしていないのに、容姿が変わってきて、我々も驚いている」
赤い布の影響が抜けてきたのかな。良かった。
「食事はとれている? 言葉は…まだか。早く元気になってね」
手を握ぎられ、何かを訴えるように唸なる。ノーノーは私? マーはマリエッタのことかな。
「あの帽子をラルゴは寝ているときもずっとかぶっていて、私達には触らせようとしません。何か魔法でもかかっているのですか?」
「特に何もしていませんよ」
アメリとおしゃべりしながら、夜なべして縫い上げた。笑うたびに何度も指に針が刺さってしまった。血で汚してはいないと思うけど、そろそろ一度洗濯が必要ね。
「ラルゴ。貸して。綺麗にしたらすぐにまた持ってくるわ」
首を振られてしまった。仕方ない。新しいのを縫おうかな。
「エドガー様にも何かお作りしますね」
「嬉しい。だったらノエルとおそろいのものが欲しいな」
「お任せください。縫い物は得意です。でも刺繍はあまりしたことはないです」
刺繍糸はお高くて買えませんでした。毛糸ならほどいて繰り返し何度でも使える。本当ならシルクのハンカチに古代文字で何か刺繍してお渡ししたいが、下手なものを王子様に贈れない。あれしかないかな。縫うのも簡単だし。
ちびっ子魔獣に会いに行ったついでに掃除して、クッキー焼いて、縫いものが終わったら何しよう。お父様達は食事をどうしてるのかな。何か手伝いさせてくれないかな。
石のお世話がなくなった私は無性に誰かの世話がしたい! どこかで世話人を募集してないですか?




