お世話は少しだけにします
突然エマ様の半身がドロドロに溶け出してきた。色々と見てきて、これくらいじゃ驚かない自分に一番驚く。
「昼と夜が入れ替わるこの時間が一番好き。人でなくなる私にはとても心地がいいの。でも今日はもうお終い。彼が帰ってきたのかしら。姿を隠すためにいつも真っ暗にしまうの」
夜の帳が下りた。黄昏時はエマが作り出したものだった。
綺麗な満月が浮かぶ。あれなら顔も描きやすそうね。次はどんな顔にしよう。ラウルが迎えに来てくれないかな。ここで待っていれば会えそうな気がする。
魔力がたまって久しぶりに表に出てきたら、ちょうど私が訪ねて来た。暇つぶしの相手をしろという。嫌ですと断ると寂しそうだった。そんな顔されたらつい世話が焼きたくなる。少しならいいでしょう。ご先祖様なら大事にしないといけない。
「灯をつけてもいいでしょうか。月明かりだけでは、お茶をお淹れしたくてもお湯も沸かせません」
「蝋燭はどこかしらね。この体じゃ上の棚まで手が伸ばせなくて」
探せば茶葉もありそうだ。一杯くらいまともなお茶を飲ませてあげたい。
「暖炉もつけていいですか?」
「暖炉の火は好きよ」
私も子どもの頃から暖炉の火を見るのが好きだった。とても落ち着く。エマ様も同じなのか、不穏な話はしないで今の流行を聞きたがった。すいません、よく知らないんです。読んだ本や高級ケーキ店、ドレスショップの話をすると興味を持ってくれた。
「紙は貴重だったのよ。大事になさい。えっ? お腹が空いているわけでもないのに、別腹って何? 服なんて暑さ寒さをしのげれば十分よね。やっぱり人は変わらない。貪欲に欲しがるだけ。やっぱり人なんて要らないわ」
さすが金目の乙女です。仰る通りです。新しい種族を作るってそれが理由だろうか。
「人が一番残酷な生き物だからよ。金目の乙女だなんて特別視されたけど、要は生け贄じゃない。どうせいなくなると友達もいない。ずっと孤独だったわ。逃げ出さないよう見張られていたし。ドガールもそう。魔力がいくら高くても、魔獣の血が流れてないだけで憐れまれていた。子どもでもそうなんだから大人になったら、どんな目に遭うかわからないわ」
私も変な目の色だと、すれ違う人に気味悪がられた覚えがある。それから外では目を合わせないように下を向いて歩いていた。
「その点、魔獣達は弱肉強食はあっても、それは命をつなぐためだけのもの。それにみんな可愛い」
「エマ様も歌われるんですね。一度お聞きしたいです」
今は無理と言われる。そのために力が欲しいと言う。
「最期を迎えた魔獣がみんな寿命が尽きてここへ戻ってくる訳じゃないの。苦しんで死んだ子を見届けるのって、辛い役目よ。でもそこから新しい命が芽吹くの。金目の乙女も悪くないでしょう」
やり方には少しも同意できないが、まったくの悪人でもなさそう。これ以上人を実験に使わなければ、お役目とやらを果たしてもらいたい。でもラウルは返していただく。何か策はないかしら。
「少し家の中を見てもいいですか。私もここに住んでいたので、懐かしいです」
「勝手に入ってしまったけど、小さくて可愛らしい家ね」
「いえ。ご先祖様なら構いませんよ」
「そんな年寄り扱いしないでよ」
お話を聞いた限りでは100年以上前の方だと思います。家の中を荒らされたわけでもない。私にはただここにあるのが不思議なだけ。
暖炉の上の人形を手に取った。寝かせると目を閉じる仕掛けがある。座らせるとまた瞼が開く。やっぱり可愛い。割れないようにそっと棚に戻した。オルゴールはネジを回しても錆び付いているのか音が鳴らない。
そういえば、エマ様の部屋にも同じような人形とオルゴールがあった。そうだ。あれは金目の人形だった。自分が金目だから見慣れすぎて、珍しくも思わなかった。
「もしよろしければ、もう一度エマ様のお部屋も見せていただきたいです。とても可愛らしくて、素敵でした」
「あんなのが好きなの? 兄が用意したものだけど無駄が多すぎる。でもいいわ。お茶のお礼に連れて行ってあげる」
使える方の左腕で肩をつかまれると、なぜか温かい。
「ミャー!!!」
「ユーグ様はここでお留守番をお願いしますね。では行って参ります」
やっぱりラウルには会えないみたい。石を持たない体は楽なはずなのに、あの重みが恋しく思えた。




