金目の乙女
ラウルを追って、どこまでも続く広い平原に着いた。夕闇迫る黄昏時。ここについてから何時間も経つのにずっと変わらない。
「ノア。ラウルがどこにいるかわからない? あなただけが頼りなの」
遠くに見える森を目指して歩くノアの後についていくしかない。草食魔獣達が草を食み、ゴロゴロしている。影の子はいない。牛追いの歌でも歌ったらこの子達はついてくるのかしら。つい口ずさみそうになるけどダメダメ。押し寄せてきたら怖いし、潰される。
森に入ると白い魔獣に出会うが、私を見ても気にかけずに通り過ぎていく。たまに小さな魔獣が足元にすり寄ろうとするけど、ノアを見ると逃げ出してしまった。
どれくらい歩いただろうか。見覚えのある煙突が見えた。
「どういうこと?」
そこは森の母と私の家だった。まさかお母様がいる? 高鳴る胸を押えノックすると、扉が静かに開いた。
「あら、お客様なんて珍しい。あなたが連れてきたの?」
出てきたのは母ではなく、白く輝く髪に今では着る人のいない古風な服に白いエプロン。また不法侵入者かしら。
「あなたは私の次の子かしら。入って」
どうも私のご先祖様で、ノアの知り合いみたいです。瞳は少し濁っていて、最初は金目と気づかなかった。
シュンシュンとお湯が沸く。机の上には小さな花が飾られ、籠一杯の果物が置かれていた。母がいないだけで幼い頃と同じ風景。
棚の上にはオルゴールと陶器でできたお人形。いくら頼んでも一度も触らせてもらえなかった。今なら見せていただけるかな。
「お茶は切らしていて、代わりに花びらを浮かべてみたの。どう? 綺麗でしょう」
音もなくカップが置かれた。お湯に母が好きだった野ばらの白い花びらが浮かぶ。おままごとみたい。赤い実は少し酸っぱくて、子どもの頃はいつも蜂蜜を垂らしてもらっていた。
「素敵なおもてなしですね。私はノエルと言います。あなた様は何とお呼びすればいいでしょうか」
勘だけど、この手のものに口をつけてはいけない。物語で読んだことがある。食べたらここを抜け出せないとかだ。物語には時に教訓めいたものが書いてあるのを思い出した。
「エマよ。歳は聞かないでちょうだい」
見た目は私とそう変わらないが、もうどれくらい前に生れたか忘れたという。浮世離れした感じのする不思議ちゃん。
「ここはどこですか?」
「私も最初来たときは天国か死者の国かと思ったけど違った。ただここにあるだけ。戻ろうと思えば家に帰れる。でも怖い兄が待っているから、ここにいるの」
「もしかしてお兄様とはマークス様ですか?」
「そうよ。兄とも知り合い? あれはいつまでも私を子ども扱い。過保護すぎるのよ」
あの可愛らしい部屋の主ね。お兄さんをあれとか言うんだ。シスコンの兄を持つと苦労もあるのかしら。
「療養中と伺いましたが」
「ええ。力を失って、溶けてドロドロになりかけていたの。だから消える前に最後の魔術をかけたのよ。もう少しで大きな力が手に入るわ。やっとひとつになれるの」
一見すると夢見る乙女だが違和感しかない。胸騒ぎがする。ドロドロ? 可愛らしい容姿はどこも溶けていない。
「ミャー!!!」
「ノア、どうしたの?」
ノアが床に映ったエマ様の影を踏みつけている。それはどうみても人の影ではない。
「ユーグ様。あなたが悪いのよ。私を娶らずに他の方を選ぶから、代わりにあなたの子孫をもらうことにしたの」
聞き覚えのある名にドキッとした。
「ラウルを石に閉じ込めたのエマ様ですか?」
「そうなのかな。困っていたから、ちょうど良かったけど」
違うの? それとも忘れているだけ?
「金目の乙女は次の魔獣の王に嫁ぐと決まっているの。あの子は私がもらうからあなたは諦めなさい。でもせっかくここまで来たんだから、その体はいただくわね。兄は反対しているけど、役目を果たすには体がないと何かと不便だったの」
ユーグ様は家系図でお名前は知っていたけど、かなり前の方だと記憶している。
そしてラウルはマリエッタでなくエマと結婚? そして私の体が欲しいって言いましたか? 情報過多で追いつけません。わかったのは私達の敵ということ。
ガウ! ユーグ様が影を食いちぎろうとする。エマがお嫌いなのね。
「可哀想だけどもう魔力はないのでしょう? その黒猫に憑依するのがやっと。哀れね」
「エマ様に伺います。金目の乙女の役割とは何でしょうか」
「あら。あなたは何も知らないでここへ来たの? 王とその妻は、ここで生まれた魔獣達をあちら側に送り、最期を見届けるの。ひとつになったら私が王と妻、両方の役割を持つようになるのかしら。やっぱり体は必要よね」
可愛らしい顔で何を言ってるのかしら。渡すわけないじゃない。服を着替えるみたいに簡単に言うな。
「もしその王様と結ばれなかったら、どうなるのですか?」
「金目とその声は不要よね。暗闇と沈黙が待っている。私には到底受け入れられない」
誰でも嫌よ。沈黙も嫌だけど、目が見えないのは非常に困る。今のエマ様の声はものすごく小さくて聞き取りづらい。まったく話せないわけでもなさそう。目は見えてるのかしら。
「分家じゃ仕方がないかしら。今は絶えてしまったけど私は本家筋。まさか平民じゃないでしょうね」
「今にも絶えそうな男爵家です」
つい声が小さくなる。怖い顔で睨まれました。私だけでなく、マリエッタのご先祖様でもありました。
「もうひとつ。ドガールをご存じですか?」
「馬鹿な男。神にでもなろうと夢見ていたわね。でも一番遠い存在になってしまった。手を貸したのは私だけど」
オベール村で魔獣の乳を飲んで生きながらえたという子どもが見つかったと聞いて、面白そうだから実験に使ってみたという。
「長く生きているうちに、いろいろと試してみたくなったの。魔獣の乳を飲んで魔力を取り込んでしまっても、排泄したら消えてしまうのよ。そこで血を飲んだらどうなるか試させたら長持ちしたわ。次に魔力なしの人が飲んだらどうなったと思う? ふふ。ちょっと口では言えない」
楽しそうにコロコロと笑う。もう悪霊退散!!! 偽神父でもいいから祈祷しに来て欲しい。
「赤い布に魔獣の血を使って染めさせ、文字を書かせたのもあなたですか?」
「そうよ。定着させるために毛も使ってみたの。でもせっかく新しい種族を作ったのに邪魔が入ってしまって。沢山いたはずなのにどこへ消えたのかしら」
神様になりたかったのはドガールでなくエマでした。
私の代で金目の乙女は終わりにしよう。親戚は誰一人残っていないし、お父様にも再婚させない。私は生涯、純潔を守りぬくわ。




