出会いは森の家
エドガー様と私が乗る馬車は目立たないように飾りのないお忍び用。内装も見た目は地味だったが座ればふかふかで申し分ない。長旅でもお尻が痛くなることはなさそう。
肩も軽い。正直本当に石は重かった。もし次があるとしたら、もっと持ち運びしやすい軽い物に閉じこもって欲しい。いえ、次なんてないわ。
ラルゴは罪人ではないが、大きな体が普通の馬車では窮屈で大型の護送車に乗せられた。私はご遠慮したいけど、寝ながら移動できるのは少し羨ましい。
「魔法陣だと時間短縮にはなるけど、こうしてゆっくり馬車の移動もいいな。ずっと二人きりで過ごせる」
向かい側の席に座るエドガー様には私の横に座るアメリは見えないらしい。アメリも膝の上に乗せたノアに夢中でエドガー様が見えていない。お互いが空気でいいわね。私には二人ともしっかり見えています。ゴロゴロと喉を鳴らすノアもね。
「エドガー様、無理を言って申し訳ございませんでした。でもこうしてご一緒できて嬉しいです」
僕もだよと隣に移動するか、このまま向かい合って顔が見れたほうがいいか悩んでらっしゃる。どちらにしても緊張します。
離れで回収された魔獣避けの銀の腕輪をはめるか聞かれたがお断りした。瘴気を浴びるのは嫌だけど、魔獣は私にとって友人でもある。
「保護区についてお教えください。注意点などありますか?」
「クリスタ様の許可が下りた場所にしか行かないで。わずかだが瘴気を放つものも自由にさせている。野生の動物もいるし、危険なのは他の森と一緒。特に子連れの魔獣を見かけたら要注意。母親というのは人も魔獣も動物も変わらないな」
アメリからも保護区には、ハーフや自分のように人に姿を変えている者が多くいると先に聞いておいた。私にわかるかは不明だけど会うのは楽しみ。ラルゴも友達を作れたりしないかな。
ラルゴは洗浄魔法をかけられて、服も靴も与えられこざっぱりした。薄くなった頭を隠せるように昨夜余った毛糸で帽子を編んで渡した。気に入ってくれたみたいで、嬉しそうに何度も頭を下げてくれた。
「姿を見せて一緒に遊びたがる子もいました。できれば森に入りたいですが、無理みたいですね」
「ノエルの周りにはいつも魔獣がいたね。近づきたくても、いつも邪魔されたよ」
「それはいつのお話ですか? エドガー様に初めてお会いしたのはオーエン伯爵邸だと思っていましたが、それ以前にもお目にかかっていましたか?」
しまったと手で口元を隠されるが、印字クッキーがなくても話していただきます。
「まだ魔術を習い始めたばかりの頃に、兄上の魔法陣に載せられて転移したのはいいけど、知らない森に飛ばされたことがあったんだ。そこで一晩過ごすことなってね。魔獣の気配がするたびに木の上でおびえていたよ」
苦笑されているが、それはさぞや怖かったでしょうね。二度と兄上様の魔法陣に乗りたくない、人を乗せたくないお気持ちはよくわかりました。
「翌朝、遠くで煙が上がっているのを見つけて、僕はそれを目指して歩いたんだ。どれくらい歩いたかな。森の奥深くで小さな家と女の子を見つけた。その子は鼻歌を歌いながら本を読んでいたんだけど、その周りに魔獣達が集まっていた。走り回ったり、じゃれたりしても女の子は笑ってるんだ」
母と暮らした小さな家だ。魔獣達と追いかけっこして、木登りして、かなりお転婆だった。
「さすがに女の子の傍らで寝ている大型の魔獣を見たときは驚いたよ。だって瘴気を出さずに大人しく猫のように体を丸めて眠っているんだもの」
大きな魔獣がゴロゴロと寝そべっているのを今の私が見たら即逃げ出すだろう。あの頃は鹿や猪が来たなくらい。影だけの子もいたけど、不思議にも思わなかった。他を知らないし、母が何も言わなかったから危険という意識はなかった。魔獣達のおかげで本物の野生動物は近寄らなかったのかも。感謝だわ。
「僕は声をかけずにずっと見ていたんだ。女の子が森に住む妖精なら消えてしまうんじやないかと心配でね。まさかその子が金目の乙女とは思わなかった」
金目の乙女の事は後に神話を読んで知ったという。エドガー様の子どもの頃の思い出話に私が出てくるとは思わなかった。
「それからもう一度会いたくて、必死に魔術を学んで、一人で何度かこっそり見に行ってた。今日こそ声をかけようと家を訪ねたら誰も住んでいなくて落胆した。でも何処かにいると信じて、ずっと金目の乙女を探し続けた」
私の手を取り、とうとう見つけたよと笑いかけてくれる。初恋の人ってもしや私? 顔から火がでる。
「母が亡くなってからは王都にいたのですが、父が家からあまり外に出してくれなくて。曾祖父のお屋敷か、男爵家に越してからやっとご近所の買い物とせいぜい図書館に行かせてもらう程度でした」
「隠蔽魔法もかけられていたのだろうな。どうりで見つからないはずだ」
知らずに深窓のご令嬢にでもなってた気分。何処かに出掛けたいともあまり思わなかったけど、曾お爺様のお屋敷は楽しかった記憶がある。
あれ? 曾お爺様のお屋敷ってどこにあったかしら。お爺様に連れられて何度か訪ねたはずなのに、馬車で行った覚えはない。歩いて行ける距離でもなかったはず。魔法陣で転移したのかしら。亡くなったと聞いてからは行くことはなかった。
『……ノエル』
今の声は誰? 聞き違いかな。空耳?
「ノエル、僕だけを見て」
甘い声に顔を上げるとエドガー様の美しい顔が私の目に前にあった。近い! 近すぎます!
「ノエル。愛してる」
どどど、どうしよう。この状況に抗える女子はいない。前に読んだ恋愛小説を思い出して、そっと目を閉じたみた。瞬間、馬車が大きく揺れて傾いた。
「なっ、何!?」
「大丈夫か。どこかにぶつけていない?」
座席から落ちそうになり、とっさに前に座るエドガー様に腕を伸ばしてしまったが、そのまま引き寄せられた。どうしよう。我にかえったら、流されそうになった自分が恥ずかしい。
外が騒がしくなってきて、椅子に腰掛け直した。横から残念でしたねなんて言われる。アメリはちゃっかりノアを抱きしめていた。
「エドガー様。大変申し訳ございませんが、石に乗り上げてしまって脱輪してしまいました。少々お力をお借りしたいのですが」
「わかった。ノエルも乗りっぱなしで疲れたろう。少し外で体を伸ばすといい」
少し残念そうなお顔をキリリと引きしめて、降りるのを手伝おうと手を差し伸べられたが、二人の間にバチッと静電気が起きた。こんなこともあろうかと用意してきた綿の手袋を取り出しはめた。これなら大丈夫。エドガー様の手をお借りして無事に降り立った。
石に乗り上げたですって? 怪しい。まさかついて来てないでしょうね。周辺にそれっぽい石はなかった。石になっても相手は筆頭魔術師ですもの。油断はできない。




