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石になった元婚約者のお世話係になりました  作者: ななこ


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最後の落書き

 廃屋での出来事や巨大化した影に食べられそうになった時のあれが頭に張り付いて、寝付けそうにない。アメリに聞いてみたら、やはり眠れないと言うので一緒に過ごすことにした。


「暗闇に浮かぶマリエッタも不気味だったけど、巨大化したら迫力が違ったわね」


「今では自分の影でさえビクッとしますよ。でも顔周りやお腹の辺りがたぷたぷ揺れてて、すっごく怖いのについ目がいってしまいました」


 実は私も気になったと言えばアメリがぷっと吹きだした。もし夢に出てきたら得意の落書きをして道化にしてあげるわ。


 二人で話をしながら編み物をしていた。何かしていないと落ち着かない。


「着せ替え用ですか?」


「頭が寒そうなんだもの。帽子は必要かなって」


 アメリに石は風邪を引かないし、そもそも頭とは? 帽子に耳は要らないと言われても聞こえないふり。今の楽しみはこれくらいだもの。クリスタ様にお会いしたらすぐにお世話係を辞めさせていただく。それまでは何着せようと問題ないわ。


「ノエル様はラウル様のこと、まだお好きなんですか?」


「まさか。浮気されて婚約破棄したのよ。これはお世話係としての仕事です。それよりもアメリは好きな人いないの?」


 疑いの目を向けられても困る。事実は変えられない。


「私ですか? ここでは言えません」


 部屋の隅に、エドガー様が過剰なまでにかけた結界を解除してもらって呼び寄せたノアが眠っている。アメリだってマフラーを編んでいた。猫にマフラーも要らないと思うけどな。


「高位の魔獣は変化が自在ですから、人の姿になれば必要かもと用意してます。内緒にしてくださいよ」


 気が向いたら姿を変えてくれるかもしれないのか。それは楽しみ。


「案外知らずに人となった魔獣さん達と会ったリ、話したりしてるのかな」


「たまに見かけますね。ほら前に菓子店でマリエッタ様と一緒にいた男性。あの人もです。魔獣特有の匂いがしました」


 ゴダールが? まさか。そういえばあの時アメリが好みだ~って騒いでたな。魔獣の嗅覚すごい。


「離れに私を捕まえに来た魔術師だよね。あの人は魔獣だったの? それともハーフ?」


「離れに来たのは人でした。菓子店にいた魔獣はあの魔術師を真似たのでしょう」


 え~。マリエッタが養女の約束していたのはどっちなの。またこんがらがってきた。ゴダールに会うのは怖くて直接聞くことはできない。その偽物を探すしかないかな。


 教会にいたのは多分本物。マリエッタを用済みみたいに廃屋の部屋に閉じ込めるよう指示したのも本物だろう。


「アメリ。もし同じ匂いのする魔獣か人がいたら教えてね」


 魔力の高い魔獣は見破れないが、中程度ならわかる。ということはアメリも相当高いって事では。本人の希望らしいけどメイドにして良かったのかな。これからは友達ってことにしよう。


 その後はたわいない話をしながら帽子を仕上げた。


 ***


「リシャール様、おはようございます。巾着を少しお貸しください」


 翌朝リシャール様をお訪ねした。シルクの寝間着の胸元がはだけている。これがエドガー様だったら私卒倒してました。


「いいよ。あいつ少しいらついててさ。夜中中ずっとビリビリとうるさかった。おかげで寝不足。僕だって石とはいえ、男と同室なんてしたくないよ」


「じきに大人しくなりますよ」


 仕方ないですね。もう二文字加えておきます。リシャール様が顔を洗いに行った隙に、石を巾着から取り出した。あらかじめ紙に書いておいた古代文字をささっと写す。直に書くよりも文字はくっきり正確に書き込まれた。


 仕上げに文字と文字のわずかなすき間に、目鼻口をチョンチョンと描いた。最後の落書きは我ながら上出来。


 帽子を被せると熊のような丸いお耳がまぁ可愛いらしい。クリスタ様にもお見せしたいけど、連れてはいけない。お戻りになったリシャール様にお返しする時に見てはいけないと言っても巾着をのぞき込む。そうよね。普通は中は確認するわよね。


「聞きたいんだけど、石にびっしり書き込まれた古代文字は何て書いてあるの?」


「それはつもりに積もった恨み辛みの言葉です。呪いではありませんから心配ご無用です」


 本当に大丈夫なのかといぶかしげ。『夜』『眠る』も加えておいたのでお許しくださいね。


「エドガー様がお待ちなので失礼いたします」


「ノエルちゃん、帰ったらまた石の面倒よろしくね」


 返事はしない。だって声を出したら、喉の奥に引っかかった言葉を吐き出してしまう。お別れに手を振ってエドガー様の元へ向った。


「やっぱりお前は愛されてるよ。恨み事なんて書かれてないのは、僕にだってわかる」


 石は静かに光を放った。人の目に見えないくらいの細く長い光の糸はどこまでも伸びていった。

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