お荷物は置いていきます
私を避けるように人々が我先に出口へ殺到する。急げと心の中で叫んだ。
「ノエルに当てるな!」
魔法省の方々が光の矢を放つのが見えたが、影には届かない。ここは危険すぎる。私に構わず逃げて欲しい。エドガー様も聖堂全体を埋め尽くすような魔法陣を出現させたが、霧散した。
とうとう影は天井にまでに伸びて、巨大マリエッタが頭上から大口を開けて私を飲み込もうとしている。あまりの恐怖に体が強ばって一歩も動けない。それでもどうにか腕だけは動かした。
「ラウル! あなただけでも逃げて!」
襟元から巾着を引きずり出し、石を取り出す。どこでもいいから投げちゃえ。エドガー様が後で拾ってくれるはず。
『離さないで』
突然、頭の中で声がした。
今頃のこのこ出てきて何よ! 今、大ピンチなの! 言い訳は聞かない! さよならも言わない!
影が迫ってきて目をギュッと閉じた瞬間、どこかに転移した感覚がした。目を開けると何も見えない。いつの間にか私は真っ暗闇の中に立っていた。
そこは全然怖くなくて、静かで、安心できて、暖かかった。真っ暗闇なのに日だまりの中にいるようだなんておかしなことね。背中から伸ばされた長い腕の中に閉じ込められる。少しは気にかけてくれたんだ。
でも決して私には触れない。抱きしめてくれなくても、私は笑っていた。いつもそう。手もつないでくれない。それでも大好きで、隣にいるだけで幸せだった。頬に冷たいものが触れた。
「ありがとう。もう十分だよ」
***
「ノエル! 目を開けて!」
「ここは?」
「王宮の君の部屋。一瞬君の姿が見えなくなってしまった時はどうなるかと思った。無事で良かった」
マリエッタの影は私の姿が見えなくなった後に、床に吸い込まれるように消えたという。
苦しいほどに抱きしめられた。またこの人に心配をかけてしまった。
「怖かったろう。もう大丈夫」
固く手に握ったままの石はリシャール様に預けると決めた。また危険な目に遭わせてしまう。
「ノエル。今は休んで。アメリ、ノエルを頼んだよ」
エドガー様は後処理に出ると言い残し、出て行かれた。
「ノエル様! 目覚めて良かった。ずっとうなされていたんですよ」
泣きじゃくるアメリの頭をなぜて、何が起きたのか話してくれるよう頼んだ。
「あの歌を聞いた時、すごく気持ちよくなって、ついふらりと祭壇に向って歩き出しそうになりました。そうしたら急に靴が床にひっついて歩けなくなって。それで床を見たら黒い影が動いていてびっくりしました」
教会の中に小さな魔獣が数匹紛れていたが、残らず逃げ出せたと聞いてほっとした。捕まればどうなっていたかわからない。ラウルがアメリ達を助けてくれたのかな。
「ノエル様。あの教会は魔獣をおびき出して何をしているんですか? 信者の中に人なのに人ではない気配の者がいました。あそこには二度と行きたくないです」
アメリの震える肩を抱いて、怖い思いをさせてしまってごめんねと謝る。クリスタ様のところへ帰そう。私の我が儘でそばに置いてはいけない。
***
夜遅くに疲れ切ったエドガー様とリシャール様が訪ねて下さった。教会を調べてきたから聞いて欲しいと。
「今まで隠蔽魔法に遮られ調べることができなかったが、あの騒ぎで祭壇に仕掛けられた魔法が解けた。ノエルには怖い思いをさせたが、これでようやく赤い布がどのように作られ、使われていたかわかるかも知れない」
魔術師が使う術式ではない。古代魔法だとリシャール様は断言した。伯父にそんな魔法が使えるとは思えない。誰がかけたのだろう。
「医務室のような部屋から、血を抜かれた魔獣の死体と赤く染められた布が数枚見つかった。それと墓守りが隠れているのを見つけたが、何も話せない。人ではなかった」
「以前捕らえられた時に一度会いました。勝手にラルゴと名付けていました」
「ラルゴか。魔法陣で送ろうとしたがはじかれてしまってね。僕が保護区に連れて行くことにした」
エドガー様は少しのあいだ留守にするから、リシャール様に私を頼んでいくと仰る。それには及びません。
「私もお連れ下さい。置いて行かれるなら、アメリを道案内に一人でも参ります」
「またこの子は。どうやってここから抜け出すの? 王宮は厳重な守りだ。外から不審な者は入れないし、許可なくして蟻一匹だって出ることもできないんだよ」
「それは秘密です。どうされますか? 保護区でばったりエドガー様にお会いするのも、私としては嬉しいですけど」
「負けた。ノエルの行動力はどこから来るのかな。世間知らずのお嬢さんかと思ってたのにな」
「エドガー様に勝ちました! リシャール様もよろしいですわね」
「僕にも説得できる気がしないよ。クリスタ様に叱られても連れて行くしかないだろうな」
「もう一つ。長旅に石は重くて邪魔なんです。肩凝るし、腰も痛くなります。リシャール様に預かっていただきます。お友達ですもの。仲良くなさって下さいね」
嫌そうな顔をなさるリシャール様に、飲ませすぎないようにと、決して石を取り出さないよう念押しして巾着ごと押しつけた。




