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石になった元婚約者のお世話係になりました  作者: ななこ


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忍び寄る影

 エドガー様は疑いもせず、またお菓子を作ってねとおねだりしてくれた。少し心が痛む。次は文字なしにして一緒にいただくことにしよう。


「アメリを一緒に連れて行きたいです。クリスタ様のお許しがもらえればこのままずっと側にいて欲しいのです」


「話し相手も必要だろう。僕からもクリスタ様にお願いしてみるよ」


 良かった。本当ならオーエン伯爵家に帰さなければいけないのだろうけど、せっっかく親しくなったアメリとここでお別れは寂しい。


「王宮へ戻る前に寄りたいところがあるのですが、お時間いただけますか?」


「どこへでも行こう。そうだ、鶏を私邸に移したから見に行く?」


 広いお庭で駆け回っているかしら。あの子達は心配ないわね。


「いえ。実は伯母が入院したのでお見舞いに行きたいのです」


「君は優しすぎるよ。あれもどうにかしたいな…」


 お優しいのはエドガー様です。私に甘過ぎですよ。伯母の事はお任せしよう。


 ***


「伯母様、マリエッタのことでお話があります」


 髪を乱し目を真っ赤に泣き腫らした伯母は、「怖い怖い」と「私のマリーがどこにいるのか探して」を繰り返していた。


「酷なようですがマリエッタはもう戻ってきません。葬儀はあの教会ではなく、エドガー様のお口添えで大教会で行います。よろしいですね」


「任せるわ。最後は貴族の娘らしく見送ってくれるのね。あなたって本当に優しい子。これからは二人仲良くやっていきましょうね」


 エドガー様をチラチラ見ている。愛娘を失ったばかりだというのに、またしょうもないことを考えている。クリスタ様からいただいたお給金を持たせて、ご実家に引き取ってもらおう。早くにそうするべきだった。マリエッタだってあんな目に合わなかったもしれないと悔やまれる。


「伯母様は少し静養された方がいいと思います。ご実家は海の近くでしたわね。海風に当たって、美味しいお魚でも食べれば元気になります」


「そうね。もうお肉は嫌い。見たくもないの。子どもの頃から慣れ親しんだお魚が一番」


 伯母様も何か見たのね。これからは菜食主義でもいいと思う。


「伯母様、ひとつ教えて下さい。マリエッタはなぜあの教会に行くことにしたのかしら。家からは遠いですよね」


「歌の上手い美少女がいると噂を聞いた神父様が訪ねてきたの。音響設備がいいんだとかで、ぜひ聖歌隊に入って欲しいって。それは熱心に誘ってくれたのよ。信心深くもないんだけど、少しばかりの出演料も出るって言うから…」


 エドガー様と顔を見合わせた。オベールの娘を早いうちから狙っていた。教会に通い始めた時はまだ伯父様もいらして、私は男爵家にはいなかった。


 伯母にしたら小遣い稼ぎのつもりだったのだろう。マリエッタが聖歌隊に入ったのはたしか8歳くらいだった。毎日楽しそうに通っていたけど、いつから手先となって使われ出したのだろう。


「伯父様はどこへ行ったのでしょうね。マリエッタの事をお知らせしたいのに」


「あの教会でマリーが何回か見かけたって話していたわ。借金残して逃げ出したくせに、娘可愛さにこそこそと聴きに行ってたのよ。私はもう会いたくないし、戻ってこなくていいわ」


 伯父様が失踪してから10年。すでに戸籍上は死んだとされている。なんとなく伯母のそぶりから夫婦仲は良くないとは思っていたけど、探す気はなかったって事? 父は何度も伯母に心当たりがないか聞いていたのに。私には理解できない。


「ノエルちゃん。お父様がお帰りになったら後妻にしていただくの。これからはお母様って呼んでちょうだい」


 お父様にはあなたの手紙を出していません。一生会わせません。それに私には伯父様が死んだとはどうしても思えない。偽神父ははっきり言わなかった。もう一度教会へ行こう。


「ノエル。すぐに馬車の手配をする。伯母君にはすぐにここから発ってもらおうか」


「それがいいですわね。エドガー様、よろしくお願いします」


 もう二度と会うことはないでしょう。お別れの挨拶をして馬車を見送った。


 ***


「次はどこへ行きたいの?」


「顔に出ていましたか? できれば教会へ。でもエドガー様がだめと仰るなら今日は諦めます」


「僕は君をずっと見てきた。そんな顔しないで。抜け出されても困るし、僕も行こう」


 ずっと? いつからなんだろう。以前にもどこかでお目にかかっていたのかしら。


 教会に見張りを立てているが特に変わった様子はないとのこと。マリエッタがいなくても聖歌隊は大人気で多くの信者が訪れているという。


 今日は様子見だけ。奥深くには入らない約束をして、途中で顔を隠すベールと眼鏡を買っていただき、巾着はまた服の下に隠す。


「今日は護衛に幾人か魔法使いを連れて来ているけど、絶対に手は離さないから」


 なんとも心強い。私も離しません。リシャール様は北塔のお仕事で今日は来ていない。どこで罠が張られているかわからないから、魔法使いの方がいるのはありがたい。何も起きませんように。


「人がまだ大勢いるうちに紛れて入ってみよう」


 まだ聖歌隊が歌っている。天使の歌声ね。信者は恍惚の表情で聞いている。でも少しおかしい。これは…。


「ノエルどうした? 何か気づいたことがあるの?」


 私の手が震えているのに気付かれたエドガー様が、強く握り直してくれた。それでも震えは止まらない。


「この旋律は神話に出てきたものと似ています。私には魔獣を呼んでいるようにも聞こえます」


「何だって! すぐここを出よう」


 すぐに扉へ向おうとしたが、なぜか靴底が床に張り付いて歩き出せない。


「何これ?」


「ノエル様! 足元!!!」


 アメリが叫ぶまで気づかなかった。真っ黒な影が床一面覆っていた。それが集まり、徐々に盛り上がって、マリエッタの形に変わっていく。

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