内通者
転移先は知らないお屋敷の一室。
窓の外は、木々に囲まれ、民家の灯はひとつも見えない。
タキシードを着た執事が恭しく出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。旦那様が食堂でお待ちです」
「先に洗面所をお借りしたいのですが」
着替えはないが、せめて顔や手足だけでも洗いたい。
「すぐにご案内いたします。部屋のものは、全てご自由にお使いください」
アメリと手を握ったまま通された部屋は、至る所に花が飾られ、真っ白なレースのカーテンにファブリックは小花模様。家具や調度品は古いが、どれも手入れが行き届いている。
女の子なら一度は憧れるような部屋だった。
壁には一枚の肖像画。
両親と可愛らしい少女。その足元には大きな黒い犬。ここはかなり高位の貴族のお屋敷のようだ。
「これを着ろって事よね」
「こちらのお嬢様のお世話でもしろってことなんでしょうか?」
用意されていたのはメイド服。上級のものだが、ドレスよりはしっくりくる。
「着替えて食堂に行きましょう。そこで給仕をするのか、席に着くのかはわからないけど」
本物の上級メイドに案内されてダイニングに着くと、マークス様が座っていた。
「席に着きたまえ。怖がらなくていい。何も君を取って食いやしない」
席に着くと、アメリは一度外へ出されたが、カートを押して戻ってきた。
どこか知らない場所へ引き離されなくて良かった。ノアのように呼び出せるか、まだわからない。
夜食が運ばれたが、手を着けずに水だけ飲み干した。
視線はマークス様から離さない。
「怖い顔しないで。部屋は気に入った? 妹が使っていた部屋なんだ。今は療養中でね。治ったらすぐに嫁ぐから、君があの部屋を使ってもいいよ」
この人は何を言ってるんだろう。
「わざわざ呪いだと言って怖がらせて逃そうとしたのに、石を持ち続け、あちこち嗅ぎ回り、エドガーと王宮へ。しまいには罠にかかって、化け物に食われるところだった。ラウル様も気が気でなかったろうね」
教会には信者の振りをして潜り込み、魔法省の偽情報を渡して、偽神父に取り入った。
金目の乙女を捕えたと聞いて駆けつけたと。
にわかには信じ難い。嘘臭い。
石は黙ったまま。
そろそろ何か話してくれないかしら。
「メイド服の方が可愛いよ」
席を立つと隣に座って、髪を手にとり口づけた。
鳥肌がたったが、服の下に隠した石を握ってなんとか耐えた。
「マリエッタはずいぶんとあなたにご執心で、結婚を望んでいたようですけど」
「オベール家の娘と聞けば誰だって欲しいだろう。金目でなくても使い道はある」
オベール家を知っている。神話も知っている風だ。
「マリエッタはこの先どうなるのでしょう」
「あれは自業自得だろ。君をさんざん苦しめて、婚約者まで寝取ったんだろう?」
もしやマークス様の子かと思ったのに。やはりラウルの子なのね。
それでもいい。無事に生れて欲しい。
「エドガーが血眼になって探している。ここは誰にも知られたくないから、今日の所は家へお帰り。ラウル様は準備が整うまで、もう少し君に預けよう」
準備とは何だろう。
エドガー様に無事だと知らせておいてくれるという。ありがとうとお礼を言うべきかしら?
気づけば実家に戻っていた。
久々の自室のベッドに身を投げ出した。考えることがありすぎて、まとまらない。
「ラウル。あなたは何に巻き込まれたの? お願いだから私に教えてよ」
もう怒ってないと言ってもヒントもくれない。
この石頭の分からず屋!
……石だったわ。
ノアを呼ぶとアメリを咥えて現れた。
アメリは私の姿が消えたあと、魔獣に姿を変えて屋敷から逃げ出した。迷子のところをノアに救われたという。
リスだった。ふわふわの尻尾はまだちぎれたまま。引き出しの中身を開けて、急ごしらえのベッドを作って寝かせた。
石を抱きしめてベッドに潜り込む。
もう少しだけそばにいさせて。たまにはわがまま言わせてよ。
石はほのかに温かくなった。
お願い聞いてくれたのかな。
厨房に行ってみると料理人の姿が見えない。とうとう雇えなくなったらしい。
裏庭の小さな畑でとった、しおれかけた野菜でスープを作る。干した魚があって良かった。
……肉は当分見たくない。
食堂でアメリと食事をとっていると、箒を持った家令のスチュワートが「化け物は出て行け」と入ってきた。
「おはよう。昨夜遅くに帰っていたの。声かけなくてごめんね」
「お嬢様! よくぞご無事で。エドガー様から行方不明と聞かされ、心配していましたぞ」
「この通り無事よ。それよりその箒は何?」
「実は……」
マリエッタの服を着た化け物が、マリエッタの部屋でグースカ寝ていたという。
すぐに魔法省に通報して捕らえに来てもらったが逃げられた。
伯母は化け物に愛娘を食べられたと泣き続けた後に倒れ、診療所に運ばれていた。
スチュワートは料理人に暇をだし、一人で家を守ってくれていた。
それはマリエッタご本人ですとは言えない。スチュワートに礼を言って、ひとまず自宅に帰した。
伯母には悪いが、マリエッタはこのまま死んだことにしよう。
もうじきエドガー様はここへやってくる。
おもてなしに、特製クッキーを焼くことにした。




