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教会の墓守り

 昼食を終えたメイドのボニーは、長らく主不在の部屋へと急いだ。


 客人より先に行って、居心地よく整えてからお迎えしたい。


 だが、久しぶりに入った部屋には物がなくなっていて、塵ひとつ落ちていなかった。


 トントンと静かに扉を叩く音がして、質素なワンピースを着た女性が入ってきた。


「綺麗に片付いてる。いつもありがとう」


「それが私の仕事ですから」


「真面目で頑張り屋さんのボニーに、神のご加護がありますように」


「お優しくて綺麗なマリエッタ様に、神のご加護がありますように」


 教会で習った挨拶をして、椅子に座った。


「お茶をどうぞ」


「ごめんね。今日はお菓子がないの」


「マリエッタ様の手作りクッキーはみんなが欲しがるから仕方ないです」


 ボニーはマリエッタを叔父親子に家を乗っ取られ、従姉にいじめられても健気に耐える、心優い天使のようだと崇めていた。


 短気で嘘つきな自分の悩みを聞いてくれる。


「お言い付け通りに、あの魔法のハンカチをメイド仲間に貸したのですが、もう使わないって返されました。これって危険なものなんですか?」


 痩せ細った手を赤い布でゴシゴシと拭き終ると、顔色は土気色になり、目が虚ろになっていく。


「それは神父様があなたに与えてくださったものでしょう? 友達一人いないと嘆いていたあなたたに話しかけてくれる子ができたのなら、ご加護があったって事よ。もう心配ないわね。これは私から神父様にお返しして、また悩める子に与えてもらいましょう」


「これからこの魔法のハンカチを使う子にも、神のご加護がありますように。一緒に献金もお渡しいただけますか」


「ええ。もちろんよ。お預かりするわね」


 突然、ノックもなしに扉が開いた。


「おや。マリエッタ嬢がどうしてここへ? ラウルならまだ戻っていないよ」


「リシャール様、こんにちは。忘れ物を取りに来ただけですわ。でも勘違いだったみたいです」


「出口まで送ろう。最近はどこも物騒でね。どこから魔獣がわくか見当が付かない。身の安全のためにも、出歩かない方がいいよ」


「ご親切にありがとうございす。でもこの後は教会に行かなくては。リシャール様も今度私の歌を聞きにいらしてくださいませ」


「ごめんね。僕は無神論者なんだ」


「残念ですわ。ボニー、次の日曜日に会いましょう」


「はい。楽しみにしています」


「君、ここはもういい。医務室の手伝いを頼むよ。急な討伐が入って、人手が足りないんだ」


「かしこまりました。では失礼いたします」


 扉が閉まり無人になると、じっとしていたノアが耳をピクピクさせた。


 柔らかな歌声に呼ばれた。


 ふいっと姿を影に変え、消えていった。



「誰にも見つからなかった? もしかしてマリエッタが来ていたの?」


 ノアが現れた時に、一瞬、安物の甘ったるい香水の匂いがした。


 ラウルの執務室に何しに来たのかしら。危なかった。


「教会に行ってみましょう。何か手がかりがあるかもしれないの。ラウル、また危険が近づいたら教えてね」


 なんだか二人で探偵にでもなったようだ。


 教会は王都の外れにある。辻馬車に乗るお金はないから、歩いて行くしかない。


 マリエッタの歌を一度だけ聞きに行ったことがある。伯母に言われて仕方なくだった。立見が出るほどだと自慢したかったのだろう。


 今日は集まりがないようで静かだった。人が大勢いたら紛れて入ろうかと思ったけど、辞めておくことにした。


 裏手に回ると墓地があり、墓守りが草むしりをしていた。


「まずい! 隠れなきゃ」


 なんとマリエッタが墓守りを呼んでいる。


 馬車を使ったのかしら。こっちは重たい石を抱えて歩き通し。足も腰も痛くてくたくただ。


 大きな墓石の後ろに隠れて見ていたが、様子がおかしい。呼んでおいて近寄るなと怒鳴っている。


「化け物のくせにそばに寄らないで。半分魔獣だなんて、いつ見てもおぞましいわ」


 ほら餌よと地面に袋を投げ捨てた。中身までは見えないが、ノアの毛が逆立つ。ろくなものではないのだろう。


「毛をむしって箱に入れておきなさい。まったく。私の言うことしか聞かないって、どういうことよ」


 悪態をつかれても何も言わなかった墓守りは、マリエッタがいなくなると寂しそうに、手で穴を掘り始めた。


「ノア、待って!」


 墓守りに向ってノアが駆け出した。


 そしてクンクンと匂いを嗅ぎ、ニャ~と何か話かけているみたいだ。


 墓守りがこっちを向いた。仕方がない。見つかったのなら挨拶しなくちゃ。


「こんにちは。私はノエル。この子はノア。あなたのお名前は?」


「………」


 話せないのかな。マリエッタは「のろま」と呼んでいたけど。


 ボロボロの服から酷い匂いがした。傷だらけで、土まみれの爪は長く鋭い。耳は尖っていた。


 人と魔獣のハーフ。噂には聞いたことがあるが会うのは初めて。


「袋の中は何が……ひっ!!!」


 それはもう動かなくなった魔獣の幼体。黒い影は子犬のように見えた。


 マリエッタはなぜ餌と言って渡したのだろう。


 何が入っているか知らなかったのかしら。見たら卒倒するだろう。


 触れてみると、まだほんのわずかだが温かかった。


 この子が何をしたって言うの?


 酷すぎる。吐き気がして立っているのも辛い。


 せめて最期は祈りを捧げて、きちんと土に返してしてあげたい。


 急にお腹に隠していた石が冷たくなった。


「ラウルも悲しいの? ちょっと待って。今出してあげるから。えっと、あなたはちょっと目をつぶってくれるかな」


「………」


 だめか。


 後ろを向き、ワンピースの裾から手を差し入れて、石を取り出した。


「一緒にお見送りしよう」


 墓守りが袋から出した幼体をそっと寝かせた。私は跪いてラウルを地面に置き、手を合わせた。


 教会の方から複数の足音が聞こえた。


 隠れる場所はない。じっと下を向いたまま、古代文字をいくつか唱える。


「そこで何をしている?」


「罪を認め、自らここに埋まるつもりか? これは逃げ出した罪人だ。捕まえろ」


 この声は聞き覚えがある。


 乱暴に腕をつかまれ、立たされた。


「初めまして。ゴダール魔爵様。どこへでも参りますから、腕を離してください」


 手にした泥だらけの石をエプロンのポケットにしまった。

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