第4話 貪欲に知恵を得るべし
(おりゃあああああああ!)
「ギァオーーーーーー!!」
森の中を駆け回り逃げていた獲物に爪を構えて、地面に押さえつける
母ドラゴンに崖から突き落とされてから3日が経過していた。最初は不慣れだった狩もだんだんと容量を掴んできたのか、今はそれなりに成功確率が高くなった。体も心なしか大きくなったかのように思う。
未だ手の中で暴れるウサギのような獣の喉元に牙を突き立て、一回で殺してやる。
(ふー、今日の昼メシゲット)
やはりうさぎに似ているのだけあって、足が速くて捕まえるのに時間がかかったな。
普段なら洞窟に持って行って食べるのだが、疲れたのも相まってその場でいただくことにする。…が、なんだか遠くの方が騒がしい。
ドラゴンになって最近思ったのだが、どうやら五感が人間の時と比べてとても鋭いらしい。
だから分かるのだが、この遠くから聞こえる声はあの時聞いた人間の声に間違いない。
人間の声…それもこれは子供だな。
それであっ、と数日前の人間の集落を探すと言っていたことを思い出したので、興味が湧いた俺はその声のする方向に足を動かした。
「~~☆×!」
「~~%♪÷!!」
しばらく声の元を探していると人間の子供を見つけたのでとりあえず隠れて様子を見ることにした。
人間を観察してみると、何やら1人を取り囲んで何かやっているのが見える。
んー、あれは何してんだろうか。遊んでいるのか?
そういえば前世でもあったなぁ。かごめかごめだっけな?俺も小さい頃は友達とたまにやってたっけか
そうそう。ああやって1人を囲って殴って………なぐって?
取り囲んでいた1人がどこからか木の棒を持ってきてその取り囲んでいた人間を殴った。
えっ、えぇ〜!?ガッツリ殴ってんじゃん!
殴られたその子は自分の頭を殴られないようにガードしていて、どこからどう見ても一方的だった。
あれは完全にいじめだな。うっわぁ、異世界でもあるんだな、いじめは
周りにいる奴もそれを見て笑っていた。とんでもないクソガキだな。助けてやる義理もないし、こっちも危ない状況になるかもしれない。
どうしようかと悩んでいたが、ゴツゴツと音がなるほど強く殴るそれに正直、気分が良いものではないので大人しく立ち去ろうと後退りをしたその時、
「~~~!!~~!」
……あぁもうお人よしだよなぁ俺
『助けて』と。その声が助けを求める声に聞こえたのはきっと俺がそう思ってしまったからだ…と心の中で勝手に理由づけ、その人間達がいる前に大きくジャンプをし、殴っている子供と殴られている子供の間に割って入るような形で庇ってやる。
「×☆%!?、×♪~・~!!」
俺が前に出ると、その人間の子供達は大きく動揺したように後退りし、何か言っている。
俺は大きく息を吸い、肺に空気を溜める。そして、大きく吐き出した。
〈なんで俺だけ喋れねぇんだよォォォォ!!!!!!〉
《ギャゴォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!》
悪口を言うのは言葉が伝わってなくても良い気分はしないので吐き出せない日々の溜まっていたストレスを吐き出させてもらった。
流石にドラゴンの咆哮は怖かったのか、顔を青ざめてすっ転びながら逃げていった。よし俺もさっさと逃げるか。
後ろの子供が何か言っていたが、今の子供達が助けを求めに大人の人間を呼びにいくことはわかっていたので即撤退をするべく後ろを向いた。
……なーんか見たことあるぞ
俺の尻尾を掴んで離さない後ろの子供にとてつもない既視感を覚えた。
えぇ、また尻尾掴まれた…俺の尻尾ってそんなに掴みやすい?
外に出てから二度も人間に鷲掴みされる己の尻尾にやるせない気持ちが湧いてくる。かと言ってこのままにするわけにもいかないのでまた尻尾を勢いよく振り解こうとした時、
(あれ)
前に進めたのだ。ただ、尻尾は継続して掴まれたままなのだが、一歩、もう一歩進んでも普通に歩ける。
だが、俺が足を進めるたびに後ろの子供もついてくる。
(おいおい、このまま着いてくる気か…?)
試しに威嚇しながら後ろを振り向いたが、その子供の顔は何故か俺を見てキラキラしていた。その顔を見た瞬間威嚇する気が失せたので、振り解けて欲しいという願いを込めて駆け足でその場から離れた。
・
・
・
・
うん、失敗だ。
結論から言うと、子供は振り解けたのだが、その子供がなんと俺の洞窟の入り口まで来てしまった。
完全に振り切ったと思っていたのだが、どうやってきたのか…
子供は俺のいる洞窟をキョロキョロと見渡し、そして俺のことをじっと見つめた。
「☆~×+・?」
まさか……狭いね?的なこと言われた?首の傾げ具合と言葉の上がり具合でそう思っただけなのだが、途端怒りが湧いてくる。
俺が寝床から起き上がりその子供を睨みつけると子供は怯んだように後ろに飛び上がった。
ただでさえ1人になれる場所を失ったのに何故そんなことを言われなければならない。
(狭いとか言ってんじゃねぇぞ!)
「グルルルルル、ギャオ!ガオ!」
文句を込めた威嚇をすると子供はいそいそと立ち上がり、洞窟を後にした。
ふん、と鼻息をその場に投げ捨てたが、ぽっかりと心に穴が空いたように思う。
また家を探さないとな
結構良い家だったのに。そう呟くがそれを拾うものはもちろんこの場にはいない。
明日ー、いや今日の夜には出て行かないとな、と今後の計画をひっそりとその洞窟で立てていると、先ほど逃げ去った人間の足音がこの場所に向かって大きく聞こえ始める。
(もう大人を連れてきたのか!?)
いくらドラゴンといえども人間よりも小さい生き物なのだ。こうしちゃいられない
俺は慌てて洞窟から出ると足音が聞こえる方向とは逆の方に足を急いで動かした。蔦の多いこの森では飛んで逃げるよりも走った方がいいだろうと言う判断だ。
「☆♪~!~~→♪!!」
しばらく逃げていても足音が途切れることはない。くそ、やっぱり俺の足では無理か…道を変え本格的に振り切ろうと角を曲がる時に追ってきている人間の姿が目に入った。
あの子供だ。そう頭が思った時俺は足を止めていた。だいぶ距離があったので俺に追いつくまで少し待ってやると、地面に膝をつきながら激しく呼吸をとり始めた。
まぁ四足獣に二本足で追いつくのは無理だろうな。と思ったのだが、俺の後をそれなりの距離追いかけてくるこの子供は陸上選手に向いているのではないか…と少し呑気なことを思ってしまった。
子供が顔をあげたので俺は警戒を怠らず、後ろに下がる。変な音や匂いはしないが、何を持っているのかも分からないのでせめて、何かを投げられても避けられるように距離を取った。
「-#*¥……」
はて、さっきから俺に何を言っているんだろうか?言葉が通じないのはわかっていると思うし、それは俺もそうだ。さっきは俺のせっかくの家を馬鹿にされたのかと思い追い返したが、流石にここまで追ってきて悪口を言っているとも考えにくいし、さっき言っていた言葉もよく分からなくなってきた。
言葉の意味を解読していると子供は右手を腰にやり、何やらゴソゴソ何かを取り出している。
ーやっぱり毒でも持ってきたのか!?
慌てて飛び抜き距離を取ると、子供は焦ったように腰にあった何かをこちらに見せてくる。
それは木の枝についた、丸く赤い何か…なんだ?
目を凝らしてよーく見てみるとどこにでも生えているように木の実のようだった。
俺も食べたことがあるので毒は無いことは知っているが、何故木の実を?と思っているとその枝を差し出しながら俺にゆっくり近づいてくるではないか
「☆÷~……、#,.@」
えー…なんかオロオロしながら近づいてくるし、なんなんだ。
敵意はないとわかったものの、何がしたいのか分からず、俺はたまらず苦い顔をした。その間も近づいてくるが、もはやどんな行動をするのかが気になったのでそのままじっとしているとその木の実を俺の口元にグイグイと押し付けてくる。何すんだよ、と顔を背けても押し付けてくるので、試しに口を開けると木の実を口の中に入れられる。
食えと言うことか?
仕方なく木の実をプチっと取り、一つ飲み込んで食べてみた。
「!!@#**♪☆!!!!!v〜!」
すると不安そうな顔が途端に笑顔になり、反対側の身がついている部分を同じように押し付けてくるでは無いか。
(えぇ〜…なに??本当に食べてもらいたかったの?)
ようやく行動の意味の糸口が見え、それならとこれまでの行動を考え直すことにする。
助けてくれてありがとうってことか?それなら俺の洞窟に来たのは感謝を伝えたかったとか…?んで食べ物あげてありがとうって…こと?
少し違うかもしれないが感謝を伝えるためにこの行動をしていると思うとある程度納得ができる。
そう思った途端に目の前の子供がなんだか可愛く見えてきてしまったので、
差し出されていたもう一つの木の実を食べてやり、さらにサービスで手に擦り寄ってやると、「お、おぉ」と驚いたような声を上げるものなので思わず吹き出しそうになった。
俺が洞窟に帰る時も後ろをピッタリとついてきて、洞窟に入っても帰ろうとする素振りはなかった。
どこまでついてきてるんだ…と思いつつも外に出しておくのは元人間としてはモヤモヤした気分になったので仕方なく洞窟に入るようにその子の服を引っ張って中に入れてやることにした
すると笑顔で抱きついてきたので、
(俺、もしかしてペットとか思われてないよな?)
と流石にドラゴンのペットなんて贅沢すぎるなと想像してハハ、と空笑いをした。
お、空が暗くなってきたな。完全に暗くなる前にそろそろ返さないとな…といつのまにか体を撫ででいた子供に目を向けると…なんと俺に寄りかかってぐーぐーと寝ていた。
(えぇー!?こんな魔物がいる洞窟で寝る!?普通!?神経図太いな!?)
起こした方がいいか…?いや、もう空は暗くなるしな、えー、ゔーん、と唸って考えていると子供が硬い鱗に擦り寄ってくる。
はー情が湧くとはこの事かな。いじめられていた可哀想な子供のことを考えると帰る方が嫌なのかもしれない。
仕方ない、俺はその場で子供を中心に体を寄せた。
まぁ、明日になれば帰るだろうと俺はゆっくり目を閉じた。
明日になれば帰るだろうと…思っていたんだが……
小さい入り口が塞がりそうなほどどっさりとつまれた木の実や果物の山。
そしてちょうど帰ってきたであろうその積んである物と同じ物を手に持った人間が、起きた俺を見ていい笑顔で笑った。
ーいや、なんでまだ居るんだよ!!!
サラリーマン 三鷹裕司 享年28歳。
自分もまだ子供なのに人間の子供のお守りをすることになりました。
うん、なんでだ?