第3話 愛情で家から追い出されました。
さて、突然だが君は死にそうになった経験はあるだろうか?
感覚では『死ぬかと思った』と思うことは何回かあるが、身体的に死ぬと思ったことは意外にも少ないかもしれない。そんな俺は今
(いいいぃぃいぃぃいやぁあぁあぁぁぁぁあぁ!!!)
「ギュゥぅヴヴヴうぅぅぅぅぅヴヴぅぅぅぅぅぅ!!」
どっちの感覚でも死にそうだと思いました。
なぜ俺がパラシュートもつけていないのに、この壮大な大自然の中でスカイダイビングしているのかと言うと、
母親の愛情という試練を受けている真っ最中だからです。
未だ止まるどころか加速し続ける体をどうにかして広げて空気抵抗を多くする。が、
(ダメだ!全然止まらない!)
体の小さい面積では全然意味がないのか和らぐ気配もない。
まずい、本当に死ぬかもしれない、この体がどこまで強いのか知らないからもしかしたら激突しても生きてるかもしれないけど、ここままいけば確実にぺっちゃんこ間違いない。
何か、策はないかと必死に考えていると目の端にピラピラとした布のようなものが目に入った。
そうか!翼だ!俺は今飛ぶための翼があるじゃないか!
生活の一部となり過ぎていて気が付かなかったが、俺はドラゴン。空を飛ぶなんて簡単なことのはず…!
そうとなれば、やることは一つ
まずは地面に向かって腹を見せ、体を最大限開いてその次に翼も開くと少し落下スピードが落ちたように思える。
(よし!いいぞ、このまま…)
後は飛ぶだけ!……なのだが、
(どうやって飛べばいいんだ…?)
広げたはいいもののこの後どうすれば飛んでくれるのか全然分からない。
バサバサすればいけるか‥?いやこの落下してる中で変に羽を縮こませると落ちる!
そうこう考えている間にも地面はもうすぐそこだ。考えてる時間なんてない。
(このまま死ぬよりは…!)
何もできずに死んでいくより、せめて最大限の抵抗を見せて死んでやる。
俺はその迫り来る地面に向かって両翼を大きく羽ばたかせた。
バサン!!
間一髪で間に合ったようで、俺の急降下していた体は翼の力により一気に上昇することができた。
(やった!やったぞ飛べた!)
ぐらつきながらも空を移動している体に感動していたが、なんだかその不安定さがだんだんと大きくなり身体を揺らす。
なんだ、?おい、しっかりしろ!
体に命令するがその揺れは止まることはなくむしろ更に大きくなってついにバランスが取れなくなり、森の中に落ち始める。
落ちてる!なんてことだ!翼の制御がきか、ああぁああ!
ボチャン!と飛べなくなった体はついに森の中の池に大きく飛沫と揺れを作り落ちた。
(あぁ、死ぬかと思った…)
「ギュル……」
浅くはない池からなんとか這い出て息をつく。危ない、この体が泳げる体で助かった。
疲れてまだしばらく動けそうにないから周りを見てみることにする。さっきの池の音で全員動物が逃げてしまったらしく、まさに森には俺1人…一匹となった。
飛んできたに首を向けると、体をひっくり返さないといけないほどのでかい岩の塔みたいなものが見える。
これは相当…下から順に塔を見てみると、小さいが頂上らへんにハッキリと岩に穴のようなものが空いているのが見える。
まさか、俺の家はあそこ…?いやいや、まさかな…母親は俺に『学んでこい』と言った。
つまりは追い出されたのではなく、勉強のために外に無理やり出されたというわけだ。となれば俺は帰るためにあそこまで登っていかないといけないというわけだ。
なるほど…飛べるようになるまで帰ってくるなと…………………
愛情深い両親だと思っていたのですが、その実、結構スパルタでした。
とりあえず、森の中を歩いて何があるのかを確かめることにした。
鱗の隙間を通る爽やかな空気に、目に優しい森の緑はなんとも言えない安らぎを与えてくれる。森の動物は俺にビビって出てこないので少し残念だが、
そこで改めて親のドラゴンについて考えてみることにする。ちょっと…いやだいぶ酷いが、さっきの行動は俺を思ってのことだと、冷静になった頭ではよくわかる。
厳しい自然の中では己の体を扱えない未熟はすぐに殺されて食われるだろうし、飛べないドラゴンなんて、体がデカ過ぎてほぼ全てが的のようなものだし、うん、仕方ない。仕方ないんだ。
……仕方ないんだろうけど
俺の足が動きを止めた。
もうちょっとちゃんと教えてくれてもよくないか!?いきなり母親に突き落とされて『学んでらっしゃあい』で誰がわかるんだ!
学んでというなら教えてくれよ!
いや、人間じゃないし、実践なのはよくわかるし、それで死んだならそこまでだったということなんだろうけど、名前もつけてくれているのならもう少し丁寧に接してくれてもいいと思うんだが。
くっそ、入社一年目の教育係の嫌な先輩みたいな教え方しやがって…
ガサガサ、
なんだ?動物か?
遠くの茂みから音が鳴る。そういえば両親以外の生き物をちゃんと見たことがなかったな。食べるのはいつも死んでるやつだったし、生きてるのは洞窟の外からしか見たことがない。
飯のことを考えるとお腹がグー、となる。
せっかくだし、学びとやらで自分でも狩をしてみるか
いつかはできなくてはいけないのなら、今やるべし。先手必勝だ
上半身を低くして茂みよりも目線を下に下げる。そしていつでも飛びかかれるように足は踏ん張っておく
さて、どんな動物が出るかな…
ドンドンとこっちに近づいてくる何かに足の力を入れる。
ガサッ
今だ!
そう獲物に向かって飛び掛かると、茂みから顔を出したのは
なんと水色の髪の毛をした小さい人間の女の子だった。
予想外な種族との遭遇に俺はギョッとせずいはいられない。
(に、人間!?)
「キュウ!?」
この世界に人間が存在していたことにも驚いたが、何よりこのまま行くとこと女の子を殺してしまう。慌てて体を捻り、隣の茂みに飛び込む。茂みがクッションとなったものの、俺はなす術なく茂みに顔面から突っ込み、鼻を強打した。少し痛いが、もともと丈夫な体なので問題はない。
ハッと女の子とことが気になって隣を見ると何が起こったのか分からないと言った様子でこちらを見ていた。
危ない。もう少しで殺してしまうところだった。流石に人間を食べるのは前世の記憶も相まって共食いしてるみたいで勘弁だったのでひとまず安心した。
そこで俺は ん…?と思った。
よくよく考えてみれば、この状況はまずいのではないか?人間の子供がいるってことはそう遠くは出歩けないから集落も近くにあるわけで、ということは付き添いの親が近くにいるんじゃないか?
だんだんと額に汗が出てくるような感覚に襲われる。
ここを早く離れないと俺は人間たちに子供を襲った魔物として、殺されるんじゃ、と考えたところで、人間らしき声が遠くの茂みから聞こえてきた。
『~~*~○☆~!』
まずい!何を言っているのかは分からないが明らかにこの女の子を呼んでる気がする!
早く逃げ、なんだ!?
クンッ、と引っ張られる感触に慌てて後ろを確認すると、なんと俺の尻尾をがっちり掴んだ満面の笑みの女の子がいるではないか。
わ〜なんて素敵な笑顔〜じゃない!こうしている間にも人間の声が近くなってきているのだ。今ここで逃げないと何をされるのか分からない。
(離せ離せ!あーもう!離してくれ!)
尻尾をブンブンと振ってみるが、キャッキャッと笑ってその尻尾と一緒に振られる。違う!遊んでるんじゃない!
『~~*…!』
まずい…!声はすぐそこまで近づいてきている。どうしようと焦った結果、少々強引に人間の子供の腕から尻尾を引き剥がした。するとその勢いに引っ張られて何かが後ろで大きな音がしたが、俺は焦っていたので慌ててその場から逃げる。
『~~!』
逃げてる時に少し気になったため、念のため後ろを見るとその転んだであろう女の子に男の人間が近寄っていくではないか。
(危ない…やっぱり人間だったな…)
いくら種族的に有利とはいっても、このベイビードラゴンが人間の大の大人に勝てるわけがない。女の子、ごめん。
ひたすら走っていると、先ほどとは少し入り組んでいる森に入った。周りを見てみると深い緑色の葉っぱに蔦がたくさん巻き付いていて、俺も歩くとその蔦に引っかかりそうになる。
ここまでくれば安心だろうと気を抜いていると鼻に何か冷たいものが当たる。
ポタ…ポタ…
あ、雨。
空から降ってきた水粒はやがてその数を増やして森や地面を濡らした。
ーあぁ、家に帰りたい。
切実な思いと共に発せられたため息は直ぐに洞窟の中に反響して吸収され何も聞こえなくなる。
獣ならなんとかなると思ったが、人間もいるとなると話が変わってくるな。文明を築けるほどの賢さの生き物だからな、なるべく近づかないのが賢い選択だろう。
いや、むしろこれはチャンスなのではないか?人間からこの世界の知識を得られるチャンスがこんなにも身近にあるじゃないか!
そうだ、そうと決まれば、まずは人間の集落を見つけないといけない!……でも
洞窟の外に目を向けると明らかに豪雨で雷も鳴っている外に、出たいという気持ちがスッと薄くなる。
ーまぁ、明日からでも良いよな!
サラリーマン 三鷹裕司 享年28歳。
異世界にきて初めて1人の夜を過ごしました。