91話
こんにちは。
七章も終盤、ようやっと一番設定が意味わからない人物との絡みになります。
では、どうぞ。
翌朝。
唯笑と2人で事務局に向かい、端末を起動すると、3件ほど連絡が来ていた。
1件目は桜乃さん達からだった。昨日の会談、契約の内容や情報を報告として送っていたのだが、代理として行ったことへの礼と、今日の夕方に緊急招集で執務室まで来てほしい、ということだった。今回の招集では、既に各方面に必要事項の伝達は終えている為、俺、唯笑、桜乃さん達、拝郷しか参加しないらしい。
2件目は拝郷からの久々の連絡だった。今日の夕方の緊急招集で計画を話し、明日実行予定なので今の内に心残りはないように、ということだった。追記に、『令呪』の付与について唯笑に確認しておいてほしい、とあったが、令呪の仕様は先日の作戦前に秩佐が教えてくれたので、特に問題はない。
強いて言えば、唯笑から、「令呪は、明確なイメージで、矛盾しないような内容を、強い意思を込めて使わないと効果が上手く適用されないよ。まあ、そもそも中途半端だったら『実現』が打ち消してくるだろうけど」と言われたくらいだ。
そして3件目。古白からの会談の申し込みだった。
古白……燿には、色々聞きたい話があったのでちょうどよかった。渡りに船とばかりに即返事し、喫茶店『ソーサリータクト』へ直行したのだが、店の前で待ち構えていた古白は、今まで情報交換の相手として頻繁に会談をしていた魔術師『燿心白』と、姿は同じなのにまるで雰囲気が異なっていた。
高次元の存在であるかのような圧迫感。どこか、6年前に初めてあった時、宥を殺しに来ていた当時の彼女を思わせる。
「古白曜、か」
「御名答」
「どういうことだ。古白曜は何万回もの繰り返しで精神が疲弊して、燿の人格に潜り込んでいるんじゃなかったのか?」
少なくとも、6年前はそう語っていた筈。今でもそれを嘘だとは全く思えなかったが、実際に眼前ではその説明を足蹴にするように、決して燿心白ではないと断ぜられる人格が表出して、燿らしい仕草など微塵もない。
古白は何でも無いように微笑んだ。
「ええ。だって、あれは半分嘘ですもの」
「はあ?」
「さて……君と2人きりで話したいし、邪魔者は省きましょうか」
そういって古白が指を鳴らした瞬間、辺りの景色が一変して唯笑の姿が消えた。
「な、転移!?」
略式どころか全く魔術式が展開されていない。
そもそも転移、亜空間への収納は理論上運用可能とはされていても、色々な物理法則に干渉しないといけない都合上、実用的な魔術式が一切開発されていないという魔術研究界隈の難問に数えられていたはずだが、こともなげに目の前の魔術師は、あろうことか魔術式展開すら飛ばしていきなり使用してしまったのだ。
「魔術では実現がまだできていないけれど、人間の可能性を信じるなら、多分近い将来に実用化されるのでしょうね。私も、少しズルをさせてもらったわ……あ、置いていくつもりはないのよ。話が終わったらちゃんと相棒のところへ戻してあげる」
「……『異常性』か?」
「んー……『この世界』では確かにそのように呼称されるでしょうけど、似て非なるものね。私の故郷では、皆が普通に出来ていたから」
「はあ?どこにそんな面白そうなところが、」
「既に滅んだわ」
「……なんかスマン」
「気にしてないし、今はどうでもいいわ」
本当に興味がなさそうに古白は肩を竦め、「そんなことよりほら。周りを見てみて?」と催促した。その言葉に周囲を一望し、絶句した。
ひび割れるように空の青が、コンクリートの灰が、アスファルトの黒が砕けた端からどこか遠くへ流れたり頭上から降ってきたりする。露呈した向こう側は墨を垂らしたように黒く、一切の光もない暗闇だった。眼前に広がっている景色は、今足で踏みしめているはずの大地は紙より薄い。まるで薄氷の上で立っているかのような不安定さを思わせる。
更に異様なのは、辛うじて崩れていない景色も、東は自由の女神像が拝めて、西はマーライオンを見下ろすようで、北は万里の長城、南はスカイツリー。高低差も方向感覚も距離感も滅茶苦茶になっている。まるでここに世界中の遺産や有名な建物が流れ着いたかのようだ。
「なんだ、これ」
「桜坂市郊外の様子」
「嘘だろ」
「嘘じゃないわ。何回も繰り返して、何回も褪せていく彼の記憶で世界を再現していった結果だね。明日の黄昏時には桜坂市の中心部もこうなって近日中に全て崩壊するんじゃない?『次回』には13年も持たないっしょ」
「それは前から聞いてはいたが。こんな状況だとは、知りたくなかった」
割り切りはしたが、それでも俺自身、この世界を構成する全てが偽物であるという事実を見せつけられているようだった。
古白が、「私はずっと昔から知っていたけれどね」と鼻で笑うように話す。
「でも、知ってても知らなくても何も変わらない。おまえたちはどこへだって行けない。過去に戻れないし、未来にだって進めない。不可逆的だわね。生きていれば、その不可逆性から逃れる術などないに等しいの。君の力だって、一度その結果を願ってしまえば、取り返しはつかないということ」
「……」
「ふふふ。本当は、おれはこの惨状を放置してもいいのよ。ただ、結局、ここが行き止まりだからどこへも行けないわけ」
「当然だ。桜坂市が一番マシなんだろ?」
「いえ、別世界に逃げる選択肢だって、あたしにはある」
別世界。普通の魔術師がそれを語っていれば戯言だと切り捨てるであろう単語だが、先程だって未知の方法で転移をしてみせた彼女が言えば、全く絵空事のようには感じられなかった。
「魔術よりも『奇跡』がまかり通った世界。『奇跡』こそ存在しないけれど、『科学は魔法』を体現した世界。ごく一部しか『奇跡』を行使できない世界。『奇跡』も『科学』も何も取り柄がないけれど、もっとも人間に可能性を感じられる世界。色々存在するけれど、全て等しく『詰んでいる』。そんな状態で、どこへ逃げましょうか。どこへ、逃げられましょうか。ねえ、城月怜?」
「……さてな。どちらにしろ、世界を救うしか無いのは間違いないだろ。そんなことより、お前の本当の素性について説明しろよ。6年前の説明では、お前は眠っている人格だったんじゃないのか。それとも、燿がまた演技しているのか?とんでもなく悪趣味だな」
本題を切り出せば、古白は「えー」と少し面倒くさそうに答えた。
「ちょっと野暮用があって、古白曜という人間をお借りしたのだけど。どうも自我が死んじゃったらしくて。その人格を極力再現したのが燿心白。まあ、そんな自覚はないし、もうその人格データは不要だから消したけど」
「はあ。じゃあ、胸元を攻撃した時に激怒してたのは?」
「ああ。燿心白は、私という人格を認知していたし、私が最近あまりに無反応だったからか、ああいう感じで誤解してたみたいね。でもあながち嘘でもないのよ?私じゃなくて燿心白が消えるけど」
「正直、怪しすぎる。つい先日までは普通の魔術師だったのに、急に『自分は人外です』みたいな言い草して、使っている魔術だって無茶苦茶だ」
「そう言ってんだよ、馬鹿」
「……この光景については理解したが、お前の素性をきりきりと吐け。黒幕なのか?『実現の魔女』を生み出したとかいい出さないだろうな?」
「それを知ってどうするので?貴方、今の状況理解できてます?先ほど懇切丁寧に説明して差し上げましたけれど。世界が亡びるか、貴方たちが死ぬか、どっちが先でしょうねって状況。ま、そりゃ自分にとっては世界がどうなろうと関係ないけど」
「行き止まりでどこにも行けないのに?」
「だって、本当に世界の全てが台無しになるわけじゃないし。代替がきくよ?結局、わたくしは主が心から笑えればそれでいいわけですよ」
くすくすと笑う彼女は、一人称を、二人称を、話し方が不安定なまま語る。
話すことすら、二転三転とする。
それでも、なんとか彼女から情報を得ておきたかったので、話し続ける。
「主?誰かの手下なのか、お前」
「持論、人間が神様を創ると思っているんだよね」
俺の質問には答えず、古白は持論を語り始めた。
「宗教がわかりやすいかな?もしくはお天道様が見てるとか、そういう考え方。でもね、結局神様はこちらのことなんて気にしちゃいない。そりゃそうさ、人間が戒律とかいうルール作って、教典にまとめて、倫理観とかいうステレオタイプも浸透させてるだけ。神話だって結局は人間の妄想だろ?でも、人間はその妄想の登場人物で神様という設定のそれをありがたがる」
「身も蓋もない考え方だな。穿ってみればそうなのかもしれないが」
「要約すれば、人間が神様を妄想する。想いのチカラがあれば、神様を創れるってわけ」
「……」
後半は理解できる気がした。『実現』はまさに神様の所業と表現しても過言ではないだろう。あらゆる法則を超過するのだから。
一旦その話を置いといてさ、と彼女は言った。
「神様って万能設定が多くない?」
「……」
「本当に万能、全知全能だとして。すごく退屈で、すごく窮屈だと思わない?」
「そいつに人間らしい感情が備わっていれば、そうだろうな」
「感情ある設定の神様が多いから、多分備わってるよ……そこで、さっき言った持論の話になります」
「つまり?」
「人間の想いが強かったら神様に代替できると思わない?そしたら、仮に存在する正真正銘の神様らしいナニカも、その役割を解放されて退屈も絶望もしなくて済むでしょ?」
「……主は、その神様らしいナニカということか」
「御名答」
古白は、あどけない笑顔を浮かべた。視界の端に入り込む世界の破片が、エフェクトのように輝いた。
明日も続きます。
ちなみに途中、古白の口調が安定していないのはわざとです。




