79話
こんにちは。
今日は、今まであまり描写してなかった『軍』幹部、桜乃夫妻の夫の方、桜乃真宙視点です。
では、どうぞ。
執務室。
『教会』もまるで最初からそう決まっていたかの如く有栖が全権代行に就任した以上、『軍』も全権代行に誰かを任命すべきなのだが……オレは、オレ達夫婦は、決めかねていた。
本当はオレや妻が『提督』を務めてしまえば、全て丸く収まるのだろう。
しかし、器じゃない。
家族を国益より優先してしまうと確信しているからだ。
これは持論だが、『全権代行』は、何を犠牲にしてでも『組織』の勝利、『軍』で言えば『国益』を優先できる人材が担うべき役職だと考えている。
そういう意味では、刹那も、城月さんも、適任だった。彼らこそ生きるべき魔術師だったのだが……つくづく、魔術師界隈は良い奴が死にやすいし馬鹿を見やすい。
そして、そんな『良い魔術師』をおめおめと死なせてしまった自分たちは、惨めで、薄情で、無能だろう。自分たちに組織を導くことなどできやしない。自信をまるで持てなかった。
かといって、代案などない。
『JoHN』は進路の違いもあって空中分解しているし、よしんば、辛うじて残っている城月怜、真白唯笑に相談しようにも、繰り返して他の同年代より精神的に成熟とは言え未成年の彼らに重荷を背負わせるなどありえない、と選択肢から除外していた。
しかし他にも相応しい人などいないだろう、と頭を悩ませながら代理として業務を進めていれば、拝郷にしてやられた。よりによって刹那の弟、采和が次期『提督』として名乗りをあげ、あっという間に外堀を埋められていたのだ。本人も合意の上のようだが……刹那は、采和を戦わせたくなどなかった筈だ。こんなところでもオレ達は情けない、と悔しく思った。
仕事など意地で振らないようにしていても事務局に毎日通っている真白は、どういう心境の変化があったのか、「明日、怜と気分転換に外に出てくんね」と連絡してきた。
『陰成室』も『教会』と講和条約を結び、和解したらしい。よほど有栖大登という魔術師は良心的なようで、同盟も検討していると小耳に挟んだ。
『放蕩の茶会』も『軍』とはコンタクトが暫くないが、拝郷と頻繁に会って『作戦』とやらの調整をしていると報告が上がっていた。
『評議会』『御伽学院』に不気味なほど動きがないが、『国際魔術連合』が裏で色々動いているのは明白だった。
……オレたちだけ、立ち止まったまま。時代に置いてけぼりにされたような疎外感さえした。
そんな中、音信不通だった件の拝郷からようやっと連絡がきた。
こちらの言葉も聞かず第一声に『あ、桜乃さん?ちょっといい作戦思いついて、その下準備も終わったし、聞いてくれね?』と勝手に話す彼は、話し方こそ以前と変わりないが、どこか違って聞こえた。
「こういう作戦が浮かんだんだけど、どーしよーもねー犠牲が3人出んのよ」
「オレはその第一人者に立候補な。死ぬ時に一番しんどいポジで身体張ってやるぜ」
「で、あとはぽっくり逝くのが2人。1人でもいいけど、2人のほうが確実に救える」
「青春を若人から取り上げる気はねえのよ。で、並大抵の覚悟を持ってる奴じゃ務められねー大役だからそんじょそこらの魔術師でも駄目だな」
こちらの反応などお構いなしに話し続けていたその電話は、
「そういうわけだから、夫婦揃って世界の為に死んでくれね?」
との一言で締めくくられた。
……深夜。徹夜続きだったオレら夫婦は、次期提督になるからと引き継ぎ業務に精が出る采和に、「お子さんの寝顔くらい拝んできてください」と気を遣われ、数日ぶりに帰宅した。
互いに疲れ切っているから、互いに無言だった。夜も更けた頃、子供は2人とも深く眠っているのか電気は暗く、物音1つない。妻が、中2の娘のところへよろよろと向かう中、オレは大学受験を控えている筈の息子の部屋へと歩を進めた。息子の部屋は当然暗かったが、パソコンの画面が点いたままだった。遠目からでも、作曲の画面だと分かった。
息子は、中学時代に親しかった少女に誘われる形で作曲を始め、その少女が高校入学後に間もなく死亡して以降、塞ぎがちだった。しかし、志瑞司を中心としたユニットに元気づけられ、今は志瑞司たちのライブから音楽に強く興味を持った娘も息子から作曲を学んでいる。
将来は音楽系の仕事をするかもしれないが、自分たち両親がいなくなってしまえば、そうも言っていられないだろう。
貯金、遺産は山程あるが、彼は誠実な性格だ。妹の学費、生活費、妹が夢を叶える為の経費と考えて手をつけないかもしれない。そしてこのご時世、高卒が高給取りになるには魔術師が一番手っ取り早い。フリーの魔術師は儲からないが、今回の戦争で甚大な被害を受けた『軍』『教会』などは人がいくらいても困らない。……そこならまだしも、同じく甚大な損失を受けている『評議会』『御伽学院』に所属してしまったら、と考えると身の毛もよだつ思いだった。
そして、より確実に所属できてしまうのは、残念ながら後者だろう。経歴不問、成績、内申すら考慮しないから、魔術師としての素質はあっても今までそれらしい教育を受けていない息子が『軍』に所属するのは至難だ。
そして、『評議会』に入ってしまった魔術師は基本使い捨てられるし、所属している魔術師の家族にまで手を出す事例がある。彼はまだ高校生、魔術師界隈の事情に明るくない以上、その対策なんてとてもできない。娘だって危険にさらされるかもしれない。
……だから、死ねない、なんて。そんな言い訳をしたところで、世界が滅んでしまったなら、何もかも終わりだと言うのに、それでも諦めきれない。未練が遺り、覚悟に踏み切れない。
これからも息子の成功を、娘の成長を見守りたい。普通の親なら誰でも共通しているこの想いは、この場面では唾棄されるべきものなのだろうか?
……刹那が遺したかった『対抗策』。拝郷がオレ達を頼った『理由』。それはきっと、『何としてでも子供を護りたい』『明るい未来を生きてほしい』『その為になら何でもする』という『覚悟』だと確信している。そして、『覚悟』を決めた大人数人が命がけで拝郷の策を実行したなら、確かに勝機はある。そう思わせられるだけの作戦、根拠だった。
そうだ。だから、分かっている。自分たちは覚悟を決めるべきだ。
そうしなければ、作戦に参加しようとしまいと、世界は終わりを告げてしまうだろう。何もかもなかったことになってしまうかもしれない。
……それでも、子供たちを見守る、陽だまりのような日々を終わりにするのは、オレ達だ。
「……貴方、」
背後から声をかけられた。振り返るまでもなく、生涯を共にしてきた最愛の人のものだと分かる。
「ダサいよな。全然覚悟できねーの。城月さんも、刹那も、いつもヘラヘラしてた拝郷でさえ覚悟決めてたってのに」
「……そうは思わないわ。私だって、見たいもの。咲良が結婚するまで」
「全然満足できねーって。孫の小学校入学……いっそ、孫の成人、結婚まで見たいよなあ」
「ふふ。そうね、ひ孫の顔も拝みたいわね」
妻はオレの隣まで来て、パソコンを徐ろに操作して、作曲途中のそれを再生した。優しい音楽が流れる。
「……本当、いい子に育ってくれたわよね。2人とも」
「おうよ。仕事ばっかりで、家族サービスなんて週に1回できたかできてないかぐらいだってのに、不甲斐ない親から立派な、一人前に育ってきてるよな。真面目で誠実な優夢、明るく活発な咲良。勿体ないくらいいい子だ。まだ魔術師界隈には世間知らずが過ぎるから、もう少し教えてやりたいもんだが」
そう肩をすくめたオレに、「それはそう」なんて返した妻は、オレの方へと身体を向けてまっすぐオレを見た。
どこか、悟ったような目だった。
「……でもね。この子達なら、乗り越えてくれるって。素敵な仲間を見つけて、兄妹と仲間たちとで支え合って生き抜いてくれるって、そう思うの」
「……」
「元気でいて、笑顔を枯らすことなく、他の誰かを深く愛せるわ。もっと、もっと素敵に変わってくれる。そんな幸せな未来をただ願っている。そうでしょう?」
「それは当然だ」
「誰も満たされないより、子どもたちが満たされるほうがずっといいじゃない。私たちは死んじゃっても、未来は続く。歳月が巡って生まれ変わったら、真っ先にこの子たちに会いに行きましょ?」
「喜更は、強いな」
妻はオレとは違ってもう覚悟が決まっていた。
自嘲気味にそう呟いたら、妻は、「死ぬ覚悟は決まっていないわ」と返した。
「私はただ、子どもたちの未来を護りたいだけ。世界の為に死ね、なんて拝郷さんは言ったけれど、覚悟なんて人それぞれでしょう?愛しい子どもたちを護る覚悟だって、きっと、唯笑ちゃんたちが世界を救う布石になってくれるわ。……それに、真宙と一緒なら寂しくないわ。寧ろとても嬉しい」
なんて、はちみつのような甘い眼差しでオレを見ているから。
オレも、物心ついたころからずっと傍にいた、誰よりも愛している女性と死ぬ時も一緒だったなら、たしかにそれは幸せなのかもしれない、なんて思ってしまう。
「……愛してる」
「ええ。知ってるわ。充分に」
「最期まで、作戦決行日まで、」
「その後だって。でしょう?」
そして、オレの覚悟はようやくオレなりに固まったのだった。
閲覧ありがとうございます。
評価、感想などぜひお願いします。
※作中に出てきた桜乃夫婦のこどもについては、本編には関係ないので
ルビをいれる予定ありません。




