78話
こんにちは。
今日は、拝郷本音の視点です。
では、どうぞ。
某日、世界中が『軍』と『教会』の全権代行の殉職にパニックになっているのも構わず、オレは諜報の仕事で必要最低限の処理を終えた後は仕事を放っていた。
『国際魔術連合』はあの女がトップである以上、平気だろうが、『軍』幹部や城月、真白たちは大変だろう。同情に値するし、本来ならオレも『オブザーバー』として仕事を熟すべきだとは理解している。
しかしそれでも、オレはどうしてもやっておきたいことがあった。
あの女の言動もそうだが、『オブザーバー』だからと提供された、今は亡き魔術師、黒守刹那と『実現の魔女』の戦いの映像を観て、オレは最善策、戦っていた当人が真白に伝えたかったであろうことは容易に理解できた。真白が気づくかは定かじゃないしオレには到底できそうにないが……まあ、城月本人のバフは真白に任せて、オレはデバフを蒔く準備を整えるべきだ。
真白たちも知ってか知らずか、数回『伝達魔術』でコンタクトを図る以外、特に音沙汰はない。どんな理由であれ、今のオレに仕事を振らないでくれるなら何でも良かった。
そして昨日、その下準備は終わった。
作戦は簡単、志瑞司たちのユニットにライブを開催してもらい、志瑞司の異常性『容赦』を広範囲に伝播させるだけだ。
彼が強い意思を以て歌い、踊り、話し……なんなら、そこにいるだけで、『容赦』の影響範囲は広く、効力も強くなる。彼に危機感を抱かせること、歌えば護れることを理解させられたら、彼の性格上、自ずと『容赦』が強力になると推測している。それを伝播させる手伝いをしてやればいいだけだ。そしてその道筋はある程度浮かんでいた。
事前に志瑞司たちのユニットのライブを開催すると通知をする。
志瑞司にはライブを開催することだけ説明し、黒守采和には裏の事情まで説明しておく。
手筈通りにいけば、彼は志瑞司に上手く説明して、そのライブは必ず成功させる、中止には絶対できないという強迫観念を植え付けてくれているところだ。
そして来る当日に『心象操作』を大々的に起動し、ほぼすべての人類に強い負の感情を付与する。暴走するだろうが、あいつに近づけば解除されるので、彼も嫌でも気づく。気づかなくても黒守采和が気づかせるが。
黒守采和が植え付けた強迫観念も相俟って、ライブ開催を決心し、実際に開催する。それをライブ配信、生中継など、今まで築き上げた人脈の全てを駆使して全世界の人々の目に入るように仕組み、更に……2人ほどの、令呪を伴った『覚悟』で映像越しに伝播するように物理法則を書き換える。『容赦』は広く伝播し、『心象操作』は解除される。
廃校寸前の高校に入ってもなお諦めなかった彼の心の強さなら、間違いなく『実現』にも届く。これで『リンク』くらいなら解除できる、即ち『実現の魔女』の人格ではなく高式暁の人格が表出する。真白がしっかりケアをしていれば、高式暁になら城月怜が勝てる可能性は高い。
……もっとも、この作戦が無事成功した場合、オレは世間一般からは『世界征服を目論んだ悪魔』といったような評価を受けるだろう。
真白たちが『実現の魔女』について世間に情報を公開するとは到底思えない。『実現』を悪用しかねない屑ならば、魔術師でも、一般人でも、一定数いるものだと充分理解している。
もし、そうなれば、オレが保護している少女はきっと肩身が狭い想いをするだろう。司もなおさら注目を浴びるだろう。後者は黒守采和が裏からフォローをすると話していたが、そこまで強い注目を浴びてしまった当人が、表で、思い描いたような成功ができるかなど分からない。
最悪、マッチポンプとか変な因縁をつけて非難をする心無い人々のせいで落ちぶれたり、そもそも黒守采和が抜けた後にユニットがそのまま活動を続けるかすらわからない以上、親族がいない天涯孤独の身で孤立する危険性もある。
……だから、オレは、ある女性と例の喫茶店で待ち合わせをしていた。
「……待たせたな」
そして、今、待ち人は来た。
オレが声の方向へ視線を向けると、幼馴染の片割れが、最後に別れたときよりもずっと綺麗になって、憎いと言わんばかりの顔でこちらを睨みつけていた。
「今まで何も音沙汰がなかったというのに、どこから私の個人的な連絡先を入手したというんだ?」
「オレは世界一の情報屋と名高い魔術師だぜ?そりゃあ、そんじょそこらの一般人の連絡先くらい朝飯前よ」
「……ふん。私も、世界一と謳われる劇団の座長をしている以上、情報セキュリティも万全だと思っていたのだが。汚れた裏社会ならば関係のないことか」
「そういうこと。ま、来てくれて助かったぜ。来てくれなかったら直接劇団に乗り込むしか無かったからな」
「絶対やめろ。迷惑だ」
「いやいや、急いでなきゃオレもそんな無作法しねーんだけどね。今回はどうしても急ぎなんだよな」
「そんなのは分かりきっているし、そうだと思ったから私から出向いたんだ。本当、なんだあの内容は。『昔話がしたい』?今更すぎるし、何か別の目的でもあるんだろう。私も忙しいから疾く話せよ、本音」
「おお、10年以上関わりがなかったのに本当によく理解してんじゃん。さすが冬季」
オレたちにとって大切な幼馴染の咲原史祈が、レイプ、虐め、虐待などを苦にして自殺した後、オレは自殺の原因を必死に調べ上げた。
その結果、孤児院と『教会』が強く結びついていることを知り、オレはもう1人の幼馴染、朝比奈冬季だけがいない状況を演出して『紅蓮』で燃やし尽くし、裏社会で情報屋として社会的に『教会』を潰そうと目論んだ。
冬季は路頭に迷うのだが、当時のオレにはそんな後先を考えられなかったし、その可能性に思い至っても護り切る余裕などまったくなかった。
しかも彼女には何も伝えていなかった。
彼女は、オレから帰る場所と頼れる後見人を一気に奪われてしまったのだから、彼女が今こういう態度をオレにとるのも自然なことだ。
彼女が無名な劇団に拾われて保護され、役者や舞台監督として成り上がり、座長を引き継いで劇団を一気に成長させたことは風の噂、情報屋稼業をしている間に情報として入ってきた。オレはもう、唯一残った宝物のような存在の彼女の成功を遠くから見守れるならばそれでいい、とだけ思っていた。
だが、ここ数年の間で、オレにとっての大切な人、きらきらしい存在は随分増えてしまった。
史祈を自殺まで追い込んだ同級生、学校、里親が憎い。彼女の苦悩に気づけず手を差し伸べられなかった自分が憎い。彼女を捨て駒にした『教会』が、『評議会』が、『御伽学院』が憎い。魔術師の苦労など知らず呑気に平穏な日常を謳歌している人間が憎い。いっそ世界すら憎い。
けれど、冬季は、『評議会』のまだ心ある魔術師から預かった少女は、希望を見据え続ける司やその仲間は、よりよい世界にしよう、世界を救おうだなんて絵空事に全力で向き合っている『軍』は、憎いなんて思っていない。嫌ってなどおらず、むしろ彼らのおかげで今日もオレはオレなりに真っ当に生きている。
だから、冬季、ごめん。オレはまたお前を巻き込んで、利用して、不平等に救ける。
オレは覚悟を決めて、息を吸って、口を開いた。
「……史祈は、『教会』に捨て駒にされ、心身共に追い詰められるよう細工され、結果、自殺した」
「……」
「『教会』に復讐して潰すべく。せめて冬季だけでも『教会』に利用されないために。そう想って、今まで裏で色々活動してきた。あんたに何も説明なしで勝手に突っ走って。そんなのエゴだったよな。冬季のことなんて考えている気になってただけだったんだ。本当に、すまなかった」
「……」
「一時期、人間なんて大嫌いだった。けれど今は、良い奴らと出会えてさ。『軍』でオブザーバーをさせてもらってる。案外生きているのも悪くねえって、漸く思えたさ」
「……そう」
「ああ。……で、だ。『教会』との戦いも、いよいよ決着の時が近づいてる」
「……提督が殉職したって聞いたけど」
「おう。でもまだ決着はついてない。なんせ、世界を救わなくっちゃあいけなくなっちまった」
「は、……」
「はは、信じられねーだろ。でも、黒幕様曰く、どうもあと数日で世界は終わるらしいぜ?」
「……何が言いたい?」
「オレ、柄じゃねーけど、ちょっくら世界救ってくるわ」
「……っ」
「オレなりに作戦は考えてる。あとは仲間次第だけど、なんだかんだ8割方成功すると思ってんだよね。その作戦後、冬季にお願いしたいことがあって、それは今のうちに伝えとかないとやべーから。冬季にしか頼めないし」
冬季は暫く黙り込んだ後、「……内容は?」と尋ねた。
「1つ。桜坂学院生徒会って知ってるか?」
「……志瑞司、舞月愛、識名宇海、黒守采和の四人で活動するショーユニットだな。あの桜坂学院の廃校を阻止し、現在は話題沸騰中の超新星。それがどうかしたか?」
「オレ、志瑞司とは仲いいわけ。あくまで表だけで接してるけど。……司のこと、気にかけてやってくれねーかな」
「……」
「あいつ、真剣な顔で、目をキラキラさせて、『世界中の人々を笑顔にする!』って常日頃から言っては毎日ずっと努力してんの。生まれてからずっと持ってた力のせいで翻弄されかねんけど、そんなのもったいねえじゃんな。だから、たとえば、孤立してたらお前の劇団で育ててやったりとか、いい感じに仲間が再集合したらそっちに返してやるとか、その後も時々でいいから絡んでほしいんだよ」
そう説明すると、冬季はまた暫く黙り込み、ふ、と笑顔を浮かべた。
「なるほど。問題ない。私も志瑞少年のことは気になっていた。私なりにフォローしよう」
「頼むぜ?で、もう1つ。オレが情報屋稼業をしてる中で、ある少年から頼まれて保護した少女を養ってるんだけど。そいつと一緒に暮らすまではしなくていいから、指定の場所に、1週間に1回、1週間分の食糧を届けてくれ。光熱費と家賃も頼むわ」
「ふむ?『軍』にでも保護させればいいじゃないか」
「駄目だな。オレはとんでもない悪党だから、オレと繋がってると思われるわけにはいかない……少年とオレの我儘だな。冬季もそうだけど、あの娘には、できる限り裏に関わらないところで平和を謳歌していてほしい」
そこまで話すと、はあ、と深くため息をついた冬季が、じろりとこちらをまた睨んだ。
「承知したが……今度は何をやらかすんだ?」
「やらかすって人聞きの悪い。世界を救ってくるだけだけど?」
「ああ確かにそう言ったとも。でもね、馬鹿にしないでくれ。たしかに裏で生きている以上は悪党だろうが、『軍』に所属できるというのなら、非難されるほどの悪党でもないはずだ。つながりがあるだけでも非難されかねない悪党とはなんだ?自分を犠牲にして、汚名を被って、死にに行くとでも言いたいのか」
「……ばれてら」
「史祈も思い込みが激しい奴だったな。好きな人と結ばれたいけど、汚れてしまっている自分はふさわしくない、だなんて遺言があった。で、お前は周りを振り回して善行らしい何かを積み重ねて満足してるとんでもエゴイスト。私の幼馴染は死にたがりが多すぎる。まともな奴は私しかいないのか?こんなんじゃ世界など救われない!」
「死にたがりって、」
「お前にとっての私が都合いい人であっても何でも良い、やっと頼ってくれたと思えばこれだ!いい加減にしてくれ、死にたがりじゃないっていうなら生にしがみついてみろ、死ぬこと前提で作戦など組むな、何をどう利用してでも生き残れ、託すだけ託して押し付けて勝手に逝くな、……私を1人にするな……っ」
彼女は気づけば涙を流していた。その涙を拭うこともなく、只管オレの自分勝手な、独りよがりな愛に文句を、無茶振りを、言いがかりを言っていた。
案外、嫌われていなかった……いや、嫌おうと思えど嫌うことができなかったのか。冬季は昔から真面目で人情深い性格だった。
安心してほしい。あの女の言葉が真実であれば、冬季は独りじゃない。悲しみも、孤独も、全てオレが持っていこう。世界が救われたら訪れる未来のどこかで、きっと史祈と冬季は再会できるから。そう伝えられないことだけが心残りだが、オレは彼女に最期に愛の言葉を囁いた。
「忘れるなよ、冬季。お前らさえ幸せになってくれれば、オレは何でもいい」
未だうつむいてオレに呪いの言葉を呟いている彼女を放って、オレは席を立って代金を置き、店を後にした。
そして史祈。お前はオレのことを忘れていい。オレのことなんて忘れて、どこか遠くで幸せであってくれ。
そう嘯いて、自身の未練を無理やり断ち切り、オレはSNSを立ち上げた。
そして桜乃とのチャット欄を開き、通話をつなげた。
「あ、桜乃さん?ちょっといい作戦思いついて、その下準備も終わったし、聞いてくれね?」
登場人物一覧、全然改稿できてなくて申し訳ないですが、そちらの更新日は未定です。




