62話
こんにちは。
今日は黒守采和視点です。
長らく続いている他視点も、今週の金曜までで一旦終わる予定です。
逸見と戦いながら、俺は昔を思い出していた。
逸見は俺と戦ったことはないと話していたが、厳密には異なる。一度だけ戦場で相見えたことがあるからだ。
もっとも、その時は直接戦ったわけではなく、それ以降俺が戦場に出ることが久しくなかったので逸見の認識は強ち間違ってもいないため、特に否定しなかった。
……あの日は忌々しい悪夢のようだった。
戦場は『評議会』支部。数時間前まで『軍』とは異なる正義に忠じた魔術師が集っていたこの場所は、俺1人の手で血の池、死体置き場と化していた。床に斃れ動かぬ躯が積み上がるその中央で、俺は他の生き残りを捜して手当たり次第に介錯していった。
本来は別の魔術師が回収に訪れるはずが、この時は誰も来なかったために自力で帰投することとなった。その帰路ですれ違いざまに敵性勢力を処分する。まるで道中のゴミ拾いのような気軽さで。
ふと音が聞こえた方向を見れば、男が本来来るはずだった迎えの魔術師を今にも殺そうとしていた。男は俺に背を向けて彼を槍で突いていて、胴体に穴ができて貫通しているであろう彼は助かる望みなどないと傍目から理解できた。彼自身も理解しているだろうが、彼は俺と目が合うと、助けを求める顔をしていた。
俺はそれを見て、逡巡の末に……ごみ処理しながらの帰投に戻った。
彼の顔は確かめず、只管見て見ぬふりをして、さらに敵を虐殺して。
それでも助けに行くべきだという本音と、とにかく数を削るべきだという理性がせめぎあって、理性が勝ってしまった。
気づけば、狂ったように嗤いだして、しばらくそうしていた。ふと、目の前にあった罅割れた鏡を見れば、死を楽しむように残酷に嘲笑う醜悪な顔がそこにあった。
「ちがう」
思わずそう声を漏らした。
違う、違う、違う。
自分は死を愉しむ人間などではないし、仲間を見捨てる人間でもない。
そう否定したくても自身の優秀な脳が先程の光景を鮮明に焼き付けている。
ああ、ああ、と顔を掻きむしる。死体の山より、見捨てられた仲間の怨嗟の表情より、自分の愉悦に嗤う姿を見たくなくて、ついに鏡を叩き割った。
……以後、俺は俺の顔を認識できなくなった。まるで見たくない現実を覆い隠すようだった症状を、兄は心配して戦線から下げたのだ。
「何考え込んでんだァ?そんな余裕あんのかよォ!?」
その言葉にハッと意識を現在に戻す。
意識が他に集中していても、すっかり体に染み付いた動きは数年立っても無意識レベルでできるようで、槍を短剣で捌いていた。気色悪いことこの上ないと自己嫌悪に苛まれる。だが、今はこのおかげで司くんを守れるのだから、案外この過去も捨てたものでは……いや殺人鬼の殺人しまくってた過去に肯定的になれる人など司くんたちだけだろう。むしろあの人達は異常だ……いい意味で。
だからこそ、彼たちがもうこれ以上、裏に巻き込まれなくていいように、俺は裏に戻るべきなんだろうな。
充分いい夢見れたからもう大丈夫だ。
おっと、いけない。また別のことに集中していた。目の前の魔術師……逸見要は、なかなか油断ならない魔術師なのだから。
そう自身を戒めながら、槍の猛攻撃を捌きすぎて砕けた短剣を『魔装』で再構築すると、逸見は槍の柄を押し付けるように振り下ろし、短剣で防いだ俺に今度は蹴りを放ち、俺が後ろに飛び退く。逸見は手を止めていた。
「?どうした、様子見とはらしくないな」
「減らず口を叩きやがって。随分と余裕そうじゃねェか?オイ」
「いや、お前は実力派だと聞くし、正直油断ならないと思っている。『評議会』には倫理や人道を問わない、外道な魔術師が出世しやすいとの噂だが、お前はその中でも選りすぐりだな。これほど体術、槍術に明るく実力のある魔術師は、世界に3人といない。加えて、獣のような敏捷性。……恐らく、ここまでは前哨戦のようなものではないのか?」
「ほォ?よく言ってくれるじゃねェか」
俺の言葉に逸見は目に見えて笑みを浮かべた。
俺は重ねて尋ねた。
「なんで一般市民を殺すためだけにそんな優秀な魔術師を差し向けたのか、甚だ疑問だが」
「あァ?そりゃテメェ、駄目息子の不始末よ」
「駄目息子?」
「おゥよ。駄目息子も猿の同類だけどな……そいつは前から標的と仲良しこよししやがってたし、標的から社会的に恥をかかされたこともあるし、息子に標的を殺すよう命令しても聞かねェの。だから、オレが直々に殺してやるのさ」
「……」
「まァおかげでテメェと戦えてるなら寧ろ褒めてやるとこなんだけどよォ」
そう話す逸見に、俺は眉を顰めただけだった。
「しかし、せっかくの『史上最悪の殺人鬼』を退屈させちまってんのも良かねェ」
逸見は神妙な顔で言った。
「加減無しで、」
瞬間、逸見の姿が消えた。
背後に迫る殺気に俺が視線を向け、目を瞠った。
槍の穂先が眼前に迫っていて、俺は反射で体をほぼ地面と並行に逸らした。真上の鼻先を槍が目にも留まらぬ速度で通過する。
「壊してやるよ」
逸見は強く俺を睨み、体勢を整えている俺を蹴飛ばした。受け身を取ったものの、凄まじい威力だ。遥か後方までふっとばされる。背中から接地し、後転して『風来』で浮かび上がり、『魔装』で弓を創って3発『稲光』を付与した矢を射る。
槍で全ての矢を弾き落とした逸見は、大きく跳び上がって槍を禍々しくそして赤く光らせる。
着地した俺は、その狙いが寿羽と司くんにあると分かった。並大抵の『障壁』では容易に貫通するし、未だ意識の戻らない司くんを連れて回避するのは至難の業。躊躇なく寿羽と司くんを庇えるような位置に陣取る。
多くの魔術師が、逸見要の槍の前に斃れた。彼自身の槍術、体術、『身体強化』抜きでも遜色ないほどの身体能力もさることながら、近接戦メインにも関わらず戦争で重宝される人材であるのには、彼自身が槍にありったけの魔力、『稲光』『紅蓮』などの攻撃性の魔術を付与して、彼自身の驚異的な身体能力から放たれる必殺技にも等しい技、『ゲイボルグ』が深く関わっている。あの光はまさしくその証。
ならば、俺には避ける選択肢はない。避けたら、俺は親友と相棒でさえ見殺しにして喪うことになる。
『障壁』を多重展開する。より厚く、より強く、より多く。
そしていよいよ、それは放たれた。
途轍もない爆風を伴って飛んでくるそれを、10枚の『障壁』で迎え撃つ。あっという間に数枚抜かれた。
「采和……ッ、大丈夫なの!?」
「なんとか防ぐ。だから、寿羽は司くんを守ることに集中してくれ」
「……、お願い、早く起きて……っ」
心配気に寿羽がそう叫ぶ。俺は冷や汗を流しつつも、安心させるように言ってみせた。
残り5枚。
司くんはまだ起きない。槍の勢いはとどまるところを知らない。
残り3枚。
寿羽が、「采和、逃げよ!あたしのことはいいからっ、あたしがなんとしてでも志瑞のことは守るから!早く逃げて!」と悲痛な声で叫ぶ。「うるさい、黙って守られて、残り1枚になったらさっさと逃げろ」と言った。
残り2枚。
槍は、まだ止まらない。
残り1枚になってしまった。
ここまでしても駄目なのか。
罅割れていく『障壁』に、自身に対する失望を感じながら背後に声をかけようと口を開くと、『障壁』の罅が若干修正された。
隣で、寿羽が、『障壁』の魔術式を展開していた。
「馬鹿、さっさと逃げろって」
「あんた残して逃げれるわけないでしょ!また大事な友人残して自分だけ逃げ出すなんて二度とごめんだわバーカ!」
「なっ……」
寿羽の言い草に絶句する俺に構わず、『障壁』の魔術式を更に改良する彼女。
だが、それも少しの延命でしかなく、『障壁』はだんだん罅割れていく。槍の穂先がついに貫通して突き出してきた。
「ーーーーーーー」
ぽつりと寿羽が言った。俺には聞こえなかった。……聞きたくなかった。
返事なんてできる余裕もなく、『障壁』も限界で、いよいよ、せめて司くんだけでも、と死の覚悟を決めたその時、突如槍は勢いを喪って持ち主の元へ戻っていく。
槍の威力が凄まじかった証明に煙がまだ立ち込める中、呆然とした俺たち2人は、ひとまず逃げることを優先することで意見が一致し、未だ目覚めない志瑞を背負って『隠蔽』してその場を去った。
「……なんだァ?索敵にかかんねェ……クソが!」
悔しがる声が背後から聞こえていた。
真白唯笑の知る正史では死亡していた志瑞司、生存成功です。
とはいえ、瀕死の重体で全く万全ではないので…それがどう影響するのか。
ちなみに、本人たちは知る由もありませんが、
槍が勢いを失って逸見要の元に戻ったのは、
古白曜が『このままだと死んでしまう=調整失敗』と判断して
槍を無効化した為です。
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『地獄に置いていってごめんね。大好きだよ、采和』




