弐
こんにちは。
やっぱりGWの期間にこのスピンオフを完結できないのが、書いててはっきりわかりました。
5月上旬での完結を目指します。
そんなこんなでスピンオフの続きです。
昨日と同様、最初は御厨愛知視点、『★★★』を境に視点変更があります。
オペレーターになった私は、必死に勉強したよ。
オペレートする相手をちゃんと正しく把握して、正しく信頼して、正しく導く。それがオペレートにおいて大切なことだって翠さんから聞いたから。私も、暖と留唯の実力を正しく知る必要があるよね。
暖は、『英雄』と称えられるほどの実力者。術師の中でも最強格だけれど、数年前の『大災害』以来、原理不明の『後遺症』で継戦能力がない。術式の対価⋯⋯『血糖』が従来の10倍ほど消費されるから。対策にグルコース注射を持ち運んで、低血糖になったらすぐ打ち込むようにしているけれど、それだって数に限りがある。長時間の戦闘には向かない。
留唯は、落第まで危ぶまれていた劣等生。最近やっと卒業出来たけれど、単独での任務の認可は降りていない。暖が家庭教師となってから鍛えられたから新人として実力は高い。...ペーパーテストの成績や単独行動できない事情のせいで舐め腐られてる。まだ経験が足りないから、暖と協力してサポートしていく必要がある。
留唯はとても明るくて、純粋で、ひたむきに頑張る人だった。私のことも暖かく迎えてくれるし、素直に指示を聞いてくれて、分からないこともすぐ確認を取ってくれる。自分なりの意見まで出してくれるから、私も勉強になる。そんな留唯に暖は心を開いている。留唯も、暖を深く信頼している。暖の継戦能力のなさは留唯が援護して、留唯の判断は暖が補う。とても息があっていて、素敵な2人だと思う。
太陽みたいな留唯に、暖は心を暖められ続けているんだ。
ところで、そんな2人は任務を重ねる毎に絆も深まっていくんだけど......時々、暖が苦しそうな表情を浮かべていることに気づいた。
留唯が眩しくて仕方ないと目を逸らすんだ。
それに、普段の仕事に対する姿勢もなんというか......留唯だけは絶対帰す、みたいな感じかなぁ。自己肯定感がどことなく低くて、『俺じゃなく、他の誰かが生きていたら、もっと救えたかもしれない』『だから、その他の誰かが生きていた未来に近づけたい』なんて言うんだよ。
そんな事ない。......なんて言っても、暖はきっと納得しない。
翠さんが留唯を暖に任せた理由が、少しだけわかった気がした。
留唯みたいに、暖を知らない純粋な人が、それでも暖を信頼していく流れで、暖が自分を信じられるように、大切にできるようにしたかったんだ。
暖の心にズケズケと土足で踏み込むような話だと思うと、あまり調べる気にはなれなくて、留唯が最初に聞くべき話だと思って......ほら、留唯も同じことを気にしてたっぽいけど、敢えて私に聞くことはしないでくれたし、翠さんに聞く様子もなかったから。
ゆっくり、進んでいける。
そう思って、そこは見守ろうって思ってたんだけど。
それが思いっきり裏目に出る事件が起こった。
......留唯が『大災害』の中核になった。
分かりやすく言うと、『大勢』を救うために、留唯を殺さないといけなくなった。
★★★
『留唯が、『災害』の中核となった』
その知らせに集まったのは、術師2人、オペレーター1人だけ。
本当はもっと動員したかったが、致し方ない。
責任者を務める女性、翠は溜息をついた。
というのも、今回留唯が中核となった『災害』の危険性は、留唯自身が術師である影響か、今までに類を見ないほど高いのだ。それこそ、数年前に暖の心を折ったかの『大災害』に匹敵するほどに。それで、腰が引けて、ほぼ全ての術師が動かないのだと理解はしていたし、納得もできるが、しかし人手が惜しいのは違いなかった。
留唯は成長してきて、暖の相棒に相応しい有様へと進歩し続けている。
戦力的価値だけではない。たった一人の肉親として、彼女に生きて欲しかったのだ。
留唯は翠の従妹。もう1人、留唯の姉にあたる従妹がいたのだが、彼女は数年前に留唯を庇って死んでしまった。術師としての育成過程を終えて、やっと華々しく術師として活躍出来ると思われた卒業式直後の出来事だった。
両親まで喪ってしまった留唯を引き取った翠だが、留唯に術師をやらせるつもりは毛頭なかった。
留唯は、泣き虫なのだ。一等寂しがりなのだ。それに、ドジっぽいところもあって、なんというか、『戦場』が似合わない印象の女の子である。
大好きだった家族を喪ってからはいつ何時でも涙が止まらない様子の留唯に、戦うこと......姉の遺志を『繋ぐ』ことを強いるのは、酷に思えた。
だが、留唯は『戦う』ことを選んだ。
『繋ぎたい』のだと、姉のように『助けた人のその先を一緒に見届けたい』のだと、そう話して、勝手に養成所に入った。
正直、途中で諦めてくれると楽観していた。
優しすぎる、中核となってしまった、もう死ぬ運命の人達に感情移入しすぎてしまうだろう優しい留唯。そのくせ、不器用で、ドジっぽくて、身体の操縦に精一杯だから大きい理想についていかない。苦しくて、溺れて、いっそ勝手に落第してくれると信じていた。
......それは希望的観測でしかなかったのだろうか。
落第しそうでも、落ちこぼれだと揶揄されようとも、血のにじむ思いで鍛錬を積み重ねる留唯。どんなに傷ついたとしても、『助けた人のその先を見届けられる』術師になる為に、進み続ける。翠の言葉でも止められないのなら、止められる人は、いない。
だから、翠は、暖を家庭教師につけたのだ。
暖の昔の相棒に似た性格で、でも暖を遺した相棒とは違って『居なくならない』気持ちが強い留唯。暖も留唯の気持ちに応えて、留唯を死なせないように鍛えてくれると願っている。
そうして、その想いは形になり、留唯はそんな早々死なない、新人としてはかなりの実力者となってくれた。暖がいるなら、暖が無茶をさせないようにしてくれる。
そう信じていたから、留唯の中核化は寝耳に水だった。
暖の方を見やる。
暖は俯いていた。地面に丸い染みが1つ、2つと増えていく。
暖がここにいる。つまり、留唯は暖とは別行動をしていたということだ。そうでなければ、暖はここにはいられなかったはずである。
『暖。聞いてもいいか』
『......』
翠は、暖に尋ねた。徐に顔を上げる暖の瞳はどんよりと曇っていて、まるで一筋の光も刺さない深海のようである。後悔で満ち溢れた色。
『留唯が悩んでいる様子はあったか?』
『......』
『些細なことでいい。最近あったことを、聞かせて欲しい。それが、』
『災害』攻略のヒントになる、とまで言えなかった。
暖が翠の胸倉を掴んで凄んだから。
『留唯を、殺すのか』
何も言わなかった。翠も留唯を殺したいわけが無いが、その気持ちが最も強いのは、間違いなく暖だと分かっているから。
そして暖も、ここまで来たら留唯を殺すしかないことくらい、分かりきっているはずなのだ。
らしくない。そう思いつつ、そんなに取り乱すほどに情が乗っていたことも、翠には解っていた。
『............すまん』
絞り出すようなか細い声で謝って暖は胸倉を離したが、その後に逡巡するように視線を右往左往させている。
どうしたことだろうか。
暖を見守る翠に、暖がふと口を開いた。
『......数年前の大災害。覚えているか?』
『ああ。忘れもしない』
『あそこの空間で、ある術式を試験運用しようとしてたんだ』
『確定』した後の『被災地』で、しかも元より危険性が高いところで、使えるかどうか分からない術式の運用。
間違いなく危険なことをしようとしている。
暖は留唯がバディになってからそういった無茶なことをしないようになっていたと翠は認識していた。暖は理由なくリスクを犯す性格でもない。
即ち、その認識を覆すほど危険な行動をする価値がある、大変重要な術式だったということだ。
思わず固唾を飲む。
『その術式は、最近開発できたものでな。一応、確定前の被災地で試験運用した時は上手く起動したんだが、確定した後でも適用できるか試す必要があった』
暖は淡々と話す。
その理屈なら、もっと危険性の低い被災地でも良かったのではないか?
誰も、そう口を挟めなかった。暖の本心が翠には痛いほど理解出来たし、愛知は静かに暖の言葉に聞き入っていた。
さらに言葉は続く。
『成功する保証はない。だから、俺1人で行こうと思ったんだが、......留唯とそこで喧嘩になった。留唯も連れていくかどうかで揉めた』
だろうな。
翠は納得していた。
『結局、まだ試せていない。......連れていけば、良かった』と呟いて、そこで暖は黙り込んだ。
沈黙が降りるかと思われた司令室だが、『暖』と、愛知が声を上げる。
声を張り上げたわけではなく、そもそもあまり大きい訳でもない愛知の声が、この時だけはやけに響いて聞こえた。
『暖。......それで、この後、どうするの?』
『一人で行く』
即答だった。
あまりにも無謀だ。いくら『英雄』と呼ばれる実力者の暖でも、独りで侵入など無茶がすぎる。
もしや死ぬ気か。自暴自棄なのか。背中を冷や汗が伝った。
『俺のせいだ。俺がどうしようもないばかりに、留唯が『中核』になってしまった。俺が責任を取るべきだ』
『待て。無茶は止めてくれ』
『無茶じゃない。愛知がナビゲートしてくれる』
違う、そういうことではない。
留唯を直接、暖が殺すなど出来るはずがない。心理的負担が大きすぎる。
殺せたとして、暖はその後は何を想って生きていくのか。
せめて、その咎は翠が背負うべきで、その為なら大切な後輩の憎まれ役だって買って出てみせる覚悟だってある。
『お前一人で行ったら、ロクな結末にはならない!』
『......っ、お前みたいなお荷物は要らない。ほっといてくれ』
暖は突き放すようで、しかし声が揺れていた。
『ほっとけるか!』
『落ち着いて!』
愛知の珍しく張った声に、は、と2人とも静止する。
暖の方を見て、愛知はゆっくりと話し始めた。
『暖。説明不足じゃないかな』
『......敢えて説明してないんだ』
『確かに前線にあまり出れてない翠さんを連れていくのが心配なのは分かるけど。それでも、現場にも協力者がいた方がスムーズだと思う』
『......』
『留唯を助けるなら、確実にいこうよ』
愛知がそう、穏やかで落ち着いた表情で暖を諭す。
先日愛知の姉が『被災』した時は無力感に押し潰されていた少女は今、暖の焦燥を優しく包み込めるほどに成長していた。
暖も絆されて、諭されて、『ああ......もう。分かったよ、説明すりゃいいんだろ、説明すりゃ』なんて言って、翠の方を改めて見た。
翠は思い違いに気づいた。
暖の瞳はまるで一筋の光も刺さない深海のようであることは違いない。後悔で満ち溢れた色だと思っていたそれは、しかし、『諦めた』『絶望』ではなく、その実は最善策、希望を深海の底から拾い上げたようだった。
自暴自棄などでは決してない。むしろ、『留唯を殺すしかない』と思っている翠に最善策を妨害されたくない、かといって事情を説明して希望を見せびらかしたくも無い、そんな暖なりの優しさがそこにはあっただけなのだ。
『俺が開発した術式の効果だが。理論上『災害』から『中核』を切り離せる』
『つまり』
『留唯を元の人間に戻して、『被災地』も救えるかもしれない』
それは、まさに絵空事のようだった。
すぐに参も投稿しますので、お楽しみに。




