エピローグ
最終話です。
では、どうぞ。
あの最終決戦からしばらくして。
最近正式に結成されたショーユニットのイベント開催で世間が賑わう中、一人の女性が、まるで誰かと待ち合わせているように佇んでいた。
深い青色のセミロングは最終決戦の時より少し伸びて、今日の澄み渡った青空のような瞳は、期待と不安を浮かべている。
『軍』はこの10ヶ月で『卒業』したので、『軍』の制服ではなく私服。しかし、ネックレスには紋章が刻まれているので、フリーではないことだけは分かるだろう。
どこの組織か、と尋ねられれば、彼女ー唯笑は、『全権代行が不在だから、現在何も活動してないんだけどね。……設立しただけであって、無名な組織だよ』と答えるだろうし、勧誘を受けても、『抜ける気は無いかな』と断るだろうが。
そんな唯笑に、これまた一人の女性が声をかけた。
「唯笑。こんなところにいたのね」
「あ、綴ちゃん。久しぶり……髪、伸びたね?」
椎名は、13年間全く変わる様子のなかった外見が、あの最終決戦以降は少しずつ変わるようになり、セミロングを三つ編みにしていたのが腰まで伸びていて、ストレートロングに髪型を変えていた。
彼女の生きていた年代にこの世界が追いついたからだろう。
椎名は、「ええ。似合うかしら」と微笑み、唯笑も「うん。素敵じゃん」と返した。
「そういや、今日フェスでしょ?志瑞くんが参加するっていう、あの。観に行かなくていいの?」
唯笑が椎名にそう尋ねると、椎名は吹っ切れたような顔をしていた。
「彼達はもう大丈夫よ。……だから、私は私の傍にずっといてくれた仲間としっかり向き合っていくの」
「そっか。裏の活動を休止するのもそれが理由なの?」
「そうね。それに……音楽活動が楽しそうに見えたから……私達も本腰入れてやっていきたくなったわ」
「確かに志瑞くんたち楽しそうだよねえ。応援するよ」
「ありがとう」
最終決戦後。ショーを無事大盛況にて完遂した後、黒守は『軍』の『提督』に就任した。
『教会』『放蕩の茶会』『陰成室』と同盟の契約を正式に締結し、『実現の魔女』を巡る紛争での補償、殉職者の遺族の弔問、記者会見など色々こなしていた彼だが……『教会』との同盟をよく思わなかった一部の構成員、『教会』で同様に『軍』との同盟に批判的だった魔術師連合が、同盟契約を破って抗争を引き起こした。
その戦いを鎮めたのは、意外なことに、黒守に裏から抜けて自身のショーユニットの演出を続けて欲しいと願った司、その司から必死に頼みこまれて絆され、『軍』提督になることを決意した育だった。
育はそのまま黒守に勝利し、『軍』提督に就任することを宣言した。『教会』の元構成員、元幹部であり、次期全権代行候補と名高かった暁の妹であり、有栖にも認められている実力ある魔術師。彼女自身が『教会』の構成員であった事実はごく一部を除いて記録から抹消されているし、それを敢えて指摘する人もいない。
現在はフリーであり、更に司や舞月財閥の後押しもあった結果、彼女を『軍』幹部として所属させてから引き継ぎをすることで、黒守は完全に裏から抜けることができたのだった。
他にも、卒業を機に各々が別々の進路に進んだ結果疎遠がちになり焦った司に、拝郷からの言伝で自身の劇団に勧誘する女性がおり、司が紆余曲折を経て精神療養を要するまでのスランプに陥ったり、立ち直った司が舞月、黒守、識名に頭を下げて自身のユニットとして再度活動を始めたり、その矢先に拝郷が保護していた少女の後見人になることになったり、と様々なことがあったが、……間違いなく、今日司たちは本国を代表するアーティストとなり、世界一のスターという夢に大きく近づくだろう。
そして、大規模なフェスへの出演が確定した日に椎名たちは『放蕩の茶会』としての裏の活動を休止する宣言を出し、正式にその手続きを完了させた。
宥は結局財閥よりショーユニットを進路として選んだ親友に「愛ちゃんは確かにそっちのほうがいいよね」なんて苦笑を浮かべながら今日も、その末娘の晴れ舞台を見ようと『視察』という建前まで用意して駆けつけた総帥の護衛の業務にあたっている。
有栖、有希、紗季は『評議会』できな臭い動きがあったからと周囲を警戒しているが、その姿は第三者が見れば『露店を見て回りながら食べ歩きしている仲良し三人組』にしか見えないだろう。
……そして。
「……で、唯笑は……今日も?」
「うん。ちょっと、待ち合わせをね。抜けてるところがあるから、10ヶ月も約束の日を間違えたみたい」
「そう。……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。信じてるから」
そう話す唯笑の表情は、一点の曇りもなかった。
心の底から、深く、その約束の相手を信じていてくれていた。
椎名はふう、と息をついて踵を返し、背を向けた。
「気をつけなさいよ。いくら『協会』がパトロールしているとは言え、『評議会』が何してくるか分からないんだから」
「ありがと。もう少し、待ってみるよ」
椎名が去った後も、唯笑はずっと待っていた。
そして、足音が立つ。唯笑は、その方向へと振り返った。
「何、綴ちゃん。まだ何か用事が、……っ」
そして、俺の姿を見留め、目を瞠った。
「ただいま。待たせてごめんな」と俺は謝ったが、唯笑はまだ固まっていた。
「唯笑、どうした?」と問いかけると、ようやくはっとした表情になって俺を見上げ、「……れん?」と尋ねた。
「ああ。そうだよ。……なんとか、戻ってこれたから、唯笑に最初に会いたくて。本当はもう少し早く帰りたかったんだが」
「……っ、」
そう言い切る前に、唯笑に思いっきり抱きつかれた。
唯笑の頭が俺の胸元に沈み、どこか湿ったような感触がする。
俺は優しく抱き返し、ゆっくりと唯笑のさらさらで綺麗な髪を撫でた。
「笑ってくれないか、唯笑。だって、こんなにも清々しい、快晴の青空だ。こんないい天気で笑わないなんて、損してるぞ?」
唯笑はそれに鮮やかに、「君らしいね」なんて笑ってみせた。
「やっと、同じ空の下で笑えるな」
「……うん。夢みたい」
「安心しろ。現実だ」
「だってまたこうやって2人で会話できるのが既に奇跡だよ」
そんなやり取りをしながら、俺は酷く緊張していた。
唯笑もそれを感じ取ったのか、俺の言葉を待っているようで沈黙が生まれた。
待ってくれているのを幸いに、俺は、すー、はー、と、生まれて初めてとも言えるレベルで深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせようとするが、……一向に収まらない。
唯笑は、もう俺の言う言葉なんて分かりきっているように、期待を向けてくる。
俺も、これを言ったら唯笑がどう想うか、なんて分かっている。
でも、それでも、緊張するものは緊張するんだ。
この気持ちをどうやって言おうか、『本当の心』を言おうとして、気取ってないだろうか?と落ち込み、……絶対諦めないように息を吸い込む。心臓の鼓動が俺の背中を後押しする。
何をどう言えばいいのかわからないなら、いっそそのまま真っ直ぐ伝えよう。
「唯笑」
「うん」
目と目が合う。
やっと、……やっと、言える。
この気持ちは、『嘘』でも『偽物』でもない。
「愛してる」
唯笑の瞳のような青々とした空、穏やかに風が吹いて藍色の髪がなびく。
風に乗ってか、遠くから司たちの『少女を元気づけるためだけの歌』が微かに響く中、俺は唯笑にそう言った。
これにて完結!
このシーンが書きたくてリメイク執筆する決意を固めたので、大満足です。
今まで閲覧していただきありがとうございました。
後日、あとがきや蛇足な解説、スピンオフなど色々書いて投稿する予定です。
執筆次第、逐一公開します。今年の夏までには全て書き終えるつもりで頑張ります。
ので、もう少しお付き合いいただけるととても嬉しいです。




