104話
「唯笑」
無事に蘇生できた唯笑を優しく抱きしめると、唯笑は戸惑いながらも抱き返してくれた。
「えっと。怜?私、消えたはずだと思うんだけど……何が起こったの?」
唯笑は状況が把握しきれずに混乱しているようなので、丁寧に説明する。
「確かに消えたとも」
「そう、だよね。じゃあ、どうして……」
「だが、そんな結末は認めたくなかった」
「……っ」
驚く唯笑に、「周囲を見れば分かると思うが、」と説明を補足した。
今度は、高式にも伝わるように声を張って。
「『初回』、いわゆる『本物』の世界に巻き戻した。もう世界が壊れる心配なんて要らない。……無論、俺が一度でも関わった全ての人は、『今回』のままだ」
「え、あれ?いつの間に!?っていうか、そんなに『決意』を使って、大丈夫なの!?」
「ああ。なんせ、俺が使ったのは『決意』じゃないからな」
「『決意』を使わず……?じゃあ『覚悟』?でもそれは暁が克服したって」
「関係ない。俺は俺の思うがままに世界を変える。克服なんてされず、誰にも変えられない、何者の干渉があったとしても不変の事実を形にすることにした」
高式はそこで、俺のからくりに気がついたようだった。
「……僕とクリスが懸念していた、最悪の可能性。こんなところでそうなるとはね」
「何だ。予想はされていたのか」
「一応ね。理論上は可能、もし成立すれば『実現』すら凌駕する干渉力を手に入れることになる。だけど、そこには、膨大な魔力と化け物じみた思考演算能力、そして突出した、世界を揺るがすほどの強い感情が必要。故に、ほぼ成立しないものと推測していたし、その一歩手前の『覚悟』という現象は『実現』の『克服』で対処しきれる範囲内だから、対策など何も講じていない。……講じたとてマトモな作戦とは言えなかったかもしれないけれど」
「そうか。……お前の『罪滅ぼし』は一応成就したと言えるはずだが、それでもまだ戦うのか?」
育との運命を入れ替える前に戻った。育は今、『今回』の有栖とは親交があるし『教会』での活動の記憶なども全て残っているが、記録されている経歴は『教会』とは全く無縁のものになっているはずだ。平穏な生活にほぼ支障はないだろう。
高式もそれは理解しているのか、複雑な表情を浮かべながらも、それとは異なる理由があるのかナイフを身構えた。
「なるほど。じゃあ、改めて決闘といこうか。負けと認めさせたほうが負け、それで良いよな?」
俺の返事に、高式は豆鉄砲を食らった鳩のようにぽかんと呆けた。
「……君こそ、戦う理由がないんじゃないのか?君だって目的を果たしたじゃないか」
「案外そうでもないぞ?」
高式の問いかけに、俺ははっきりとそう応えた。
「お前は『実現』を手放せば自分が消えるのと、育には一から平穏無事な生活をして欲しいから、結局世界をやり直すという目的は変わらないってことだろ?もしくはそうだな、クリスとの約束を律儀に果たそうとしているとか」
「……」
「なら、」
そこで言葉を区切って、俺は宣戦布告をした。
「消えてくれ、高式暁。お前の目指す未来に俺は興味がないし、俺の目指す未来に『実現の魔女』なんて穢れた奇跡は要らない。この悲劇の連鎖をここで終わらせる」
「……っ、随分と言ってくれるじゃないか」
暁が身構えたのを見て、唯笑が警戒して臨戦態勢をとるのを、俺が制止した。
「唯笑」
「……怜。大丈夫なの?」
「大丈夫だ。……それとも、まだ嫌な予感がするのか?」
そう尋ねると、唯笑はううん、と首を横に振る。
「怜を信じてる。もう、大丈夫って安心できてる。……けど、」
「けど?」
「ちゃんと、帰ってくるよね?」
「……きっとな。二度と繰り返さないように全てを終わらせてくるから、見届けてくれ」
そう言って大切に、『結界』を展開して唯笑を囲う。何者であっても、唯笑を傷つけられないように、護る。
そのまま暁に対峙しようとして、ふと思い立って、唯笑の方を再び見た。
「どうしたの?」
「……願わくば、また、初めての場所で」
「……うん。待ってるよ、ずっと」
唯笑は俺との約束に驚いていたが、やがて目を細めて、しっかりと頷いた。
そして、作戦前とは打って変わって落ち着いた様子で、結界内で佇む。
俺はそれを確認してから高式と向かい合った。
「待っていてくれて助かった」
「まあ、約束だし。真白に手を出して、それで育に手を出されちゃ溜まったもんじゃない。ようやく邪魔も入らなそうで安心したよ……さっきは諦めていたのに、どういった心境の変化なわけ?」
高式からそう問われて、俺は間髪入れずに即答した。
「たしかに先程は諦めた。勝ち目がないからって全て投げ出した」
「……」
「だが、負けていたのは俺の心だ。お前が正しいと思い込んでいたんだ。単に俺の心が弱かった」
「……は?」
「お前は『罪滅ぼし』をしたいと、そうせずに『高式暁』を生きられないと、言っていたな。だが、そんなことを考えている内は一生お前はまっすぐ生きられない。お前自身に、お前を大切に思ってくれている周囲の仲間に向き合えない」
「……っ、」
「出自なんてクソ喰らえだ。誰が何を宣ったとしても、俺は唯笑と出会って夢が出来てからの記憶、感情、意思こそが『俺』だと信じる。俺が唯笑に抱いている特別な感情、今までの経験から見つけた俺らしさ。それをお前が偽物だと否定するのなら、俺もお前を『半端者』だと否定する。死力を尽くして、お前という存在を『克服』する!」
黙って聞いていた高式が、ついに怒りを顕にした。
「煩い!どうせ『決意』『覚悟』しか持ち合わせていない癖に!さっさと消えろ!」
俺をめがけてナイフを2丁投げてくる。俺は『魔装』で剣を取り出し、ナイフを防いで弾いた。
「は、……『実現』も併用したのに!チートだろ、チート!バグだ!」
「よく言うよ。『実現』のほうがよほどチートだろ。……まあ、『異常性』なんて全てチートだからどっこいどっこいか」
そしてバグだなんて人聞きの悪い。……執行はバグだと論じていた時期があったらしいが。
まあいい。
チートとかバグとか言われるのは流石に『自称チートのあの存在』に無礼だし。
俺は、もはや『決意』だとか『覚悟』だとか、そんなちゃちなものではないソレを、改めて定義する。
古白が言っていた、『自我の芽生えた異常性』と思しき『あの存在』に名付ける意味も込めて。
「『愛』。『I』とも『Identity』とも解釈してもらって構わない。俺が行使している力は、『初回』以降の『俺』を支え続けて、唯笑と出会う場をくれたこの『自我』も含めて、『アイ』。ぜひとも覚えておいてくれ」
「……」
高式は無言で俺を睨みつけていた。
「お前が『実現』とかいう願望機に何を縋ったとしても、そんな他力本願で自分の本音にすら向き合えていないような半端者の力に俺の『愛』は揺るがない。故に、お前が『実現』を駆使しても、その全てを真正面から無効化してやろう」
「……」
「さあ、行くぞ『実現の魔女』。……魔力の残量は、充分か?」
そして、最後の戦いは始まった。
はい。やっと物語全体のテーマを回収できました。
テーマは『愛』『自己肯定』『Identity』『生きる意味』です。
作中ではよく『助ける』ことを議題にあげていますが、『救済とは何か』はサブテーマであり、メインはそちらというね。
ずっと書きたかったシーンが書けた当時の私はすっごい満足してました。
でも、あとちょっとで完結するから頑張るぞ、むん!と気合を入れ尚していました。
そういう訳で次回、本当の最終決戦です。




