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同じ空の下で  作者: 桜油
8章・終章
109/140

103話

時が止まっている。風の音すら響かない。

当たり前か。もうすぐ、俺は死ぬのだから。


……俺は、何がしたかったんだっけ?


そうだ、運命を変えようと思った。

情報を統制されて、魔術師として必要な知識と技術しか教わらなくて、……知らず知らずのうちに『普通』のレールから遠く離れてしまった俺が『立派な人』になれば、俺は俺を救えるんじゃないか、『普通』でなくたって『幸せ』を手に入れられるんじゃないか、そう考えた。

そして、唯笑と出会い、唯笑の考えや過去を聞いて、唯笑と毎日を過ごしている内に、世界を救って唯笑の夢を叶えたら、唯笑が傍で、同じ空の下で笑っていてくれたなら、そう願ったんだった。


じゃあ、どうして、元々の運命を受け入れることが出来なかったんだっけ。


わからない。

考えても、思い出そうとしても、思いつこうとしても、意識しても、瞑想しても、想像しても、記憶を掘り起こしても、推測しても、考察しても、わからない。

ただ分かるのは、今まで最善を尽くしてきたが、結局は提督、桜乃さんたち、拝郷の犠牲を無駄にして、唯笑に守らせてしまったという情けない戦果だけ。


俺の『決意』は、高式のそれに届かなかった。たった、それだけのことだった。


一片の悔いもない。


『本当に?』


ふと、声が聞こえた。

聞き覚えはない。しかし、ずっと聞き馴染んだような声。


『こんな結末でいいの?』


……勿論。

勝てっこない。万が一勝てたとして、唯笑がいない世界に意味などない。そうだろ?


『そんな理屈で、君は納得できるの?』


……。


『自分が思うに。君は、君を、もう少し信じてあげたっていいんじゃないかな?』


俺が、俺を、信じる?

ははは、何を今更。


『別に君が拗ねたまま終わっても自分はついていくだけだけど、1つだけ言わせてね』


煩いな。聞いてやるから、早く言えよ。早く消えたいんだ。


『『決意』とは、『心』。自分の意思、感情を強く発露させて、願いを実現可能な域まで押し上げて、現実にする。世界を騙すことすらできちゃう代物』


……。


『心配しなくていい。自分(・・)は、今までに累計1億2000回、即ち十三億二万六千年も世界を騙してきた者。世界を騙すズル故に、君の願いを全て叶えましょう。さあ、『君の本音』を聞かせて?』


そう言って、それの声は聞こえなくなった。


これは、ただの夢か?必死に答えを探した。

……否。それらしいヒントを既に俺は聞いている。


たとえば、12歳。『軍』に入りたての俺を呼び出して、寿乃は言った。


『『異常性』が後から芽生えることもあれば、後天的に変異することもある』


そして、16歳の秋頃。燿は考察していた。


『『異常性』は、自我を持ちうるのではないか』

『長い時間をともにしたなら、自身の『異常性』に強い信頼を置けたなら。その時、『異常性』は覚醒し、本当に所有者の為になることを実行するようになるかもしれない』


……今、それが起きているのか?俺自身に?

でも、今更、俺が求める資格なんて。


そう考える俺の脳裏に、いろんな走馬燈が過る。


『もどかしいな、この恋は。明らかに負け戦なの分かりきってても、燃え上がって、消えてくれる気配なんて微塵もなくて。 ……恋なんて所詮心のバグだと思ってた当時の私が羨ましい』

『人のことを勝手に好きでい続けて、いいかな?』


執行の失恋。


『人間らしく、貴方の欲に従って生きなさい』


古白の忠告、燿の考察。


『お前は、生きてんだよ。何から造られても、過去がどうであっても、誰が何を言ったとしても、れっきとした人間だ』


拝郷からの激励。


クリスの過去。高式と育の互いへ向ける感情。有栖と有希、紗季の絆。宥と舞月の友情。司と黒守、識名の思いやり。椎名たちの願望。桜乃さんたちの家族としての強い感情。提督の俺を気遣う心情。


『変えたかった。誰もが、自分に関わりのある人全ての幸福を願い、祈れたなら。その目で互いを認め合い、その声で想いを伝え合い、その手で大事な人と手をつなげたのなら、きっと。怜もゆっくり自分を見つけ出して、怜にとっての『大切』を見つけて、怜が怜自身を救ってあげられる。そんな『優しい世界』を、作ってあげたかった』

『さよなら、大好きだよ』


唯笑の、最期の言葉。


「……」


ああ。そうだな。さっきは冷たく返してごめんな。俺が間違っていた。


こんなバッドエンド、俺は不服だ。

こんな結末、認めない。


だから、皆が、唯笑が信じてくれた『自分』を俺は信じる。

我儘になろう。欲張りになろう。そして、世界を騙そう。


1つ。世界を救いたい。

俺の関わっている人はそのままに、『前々回』の『俺』が作り変えたこの『今回』の『世界』が、『本物』ということにする。誰の妄想でもなく、『ここ』が『現実』だ。


2つ。唯笑の死を、消滅を、無かったことに。

恋とか、愛とか、この感情がどっちなのかはまだわからない。だが、家族愛とか、友愛だとか、仲間同士の絆とか、そんなものでは決してない。唯笑の想いに応えて、同じ空の下で笑い合いながら、平穏な家庭を築きたい。


ああ、きっと。


唯笑が『俺は立派な人間になって俺自身を救える』と言ってくれたその日から、きっと特別だった。

怒っている姿、泣いている姿、困っている姿が好きで、でも何より笑っている姿が愛おしかった。

言い切れないほど好きで、同じ空の下で、隣にいてくれるだけで心は温められていた。


俺自身よりよほど大切だった。

幸せに成って欲しくて、幸せにしたくて。

春の嵐の如きこの感情は大きくて、なぜ今まで自覚ができなかったのか不思議でならないほどに。


俺が偽物でショックを受けた理由なんて、偽物だとか、そんな理屈よりももっと重要なことがあった。

俺は釣り合わないと思ったからだ。

俺という偽物よりも別の誰かの隣で笑えるのなら、それがいいと思った。

俺は幸せに成ってはいけないのだと感じたからだ。


だが、『俺だから信じてる』と言われて、心の底から嬉しくて。

だからこそ、俺は改めて唯笑の夢の実現に全力を尽くそうと決めた。

ただただ、この平穏が続けばよかった。

俺が立派な魔術師になれなくたって、それだけで俺は幸せだった。

絶対に護りたかった。


だが、唯笑は俺を庇って死んでしまった。

そのときの唯笑の笑顔はとても綺麗だった。

心が軋み、悴んだ。

同じ空の下で、笑い合いたかった。

さよなら、なんて言われたくなかった。


失うなんてとんでもない。これが叶わないというのなら、時間を超えてでも俺は唯笑に会いに行く。

そして、今度こそ俺は唯笑を護り、夢を叶える。


託され、背負ってきた幾千の願い、幾億の想い。俺が抱えるこの感情。

その全てを胸に、俺は立ち上がった。


「なっ……」


高式の声にふと目を開けば、元の空間に戻っていた。


高式はナイフをもう一度身構えるが、すぐに止めを差しにくるどころか、切っ先はわずかに震えていた。


俺は高式に何か言おうとして、声が出ないことに気づく。

ああ。そういや、頸動脈が切られたっけ?

はは、唯笑と『今回』初めてあった時と状況が似ているじゃないか。デジャブを感じるよ、全く。

まあこんなのは掠り傷だ。それよりもやるべきことがある。


俺は、今しがた自覚した感情をそのまま、世界を敵に回すぐらいに強引に突きつける。

唯笑を想えば無限に湧いて出てくる感情をエネルギー源に、『循環』を展開する。周囲の景色はどんどん巻き戻っていく。


「……は?」


愕然としていた高式だが、はっとした表情で慌てて『実現』で『循環』を無効化しようとする。

しかし、何も状況は変わらない。


「は、え、何で……」


巻き戻しが終わった瞬間、高式は周囲を見回して、「嘘……」と愕然とした。


「『初回』に戻ってる……育が幸せだったあの世界に……」


『循環』とは、ループ。即ち、セーブしたデータをロードするとも解釈できる。

今の巻き戻しも、それと同じ原理で『初回』の世界をロードしている。『初回』つまり『本物』の世界に戻しているのだ。無論、範囲指定は怠っていないので、俺の知る限りの人は全て『今回』のままだが。


『決意』であればとっくに駆使により俺が消えているところだが、もう俺の『心』はそんなちゃちなものでは収まらないので消えることはない。『実現』だって俺の『心』には干渉できない。俺のこの『心』は永久に不変だからだ。


そして。


俺が知っている、俺が愛している唯笑の魂を呼び戻すのも、それと同じ要領でできる。デタラメな論理であっても、俺はその嘘を本当にする。してみせる。

そのまま俺は『循環』を再度展開する。今度は高式は怯えはするが止める様子はない。

そして、その目論見はあっさり成功した。うっすらと俺の目の前に姿が現れた。


彼女は、徐ろに瞳を開けた。


「……え、怜?」


サラサラとした、濃い青、藍色に近い色合いのショートボブの髪、爽やかな青空のような瞳。


違いない。たしかに俺の知る、愛おしい彼女に違いなかった。

やっと、ところどころ散りばめていた伏線を回収できました。

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